第5話 トラブル
エノが吹き飛ばされ、戦場に混乱が走る。
「何が起きた?!ユミンッ!」
「え、新しい魔獣が……だから先に前の魔獣を、いやでも……」
リックが状況の説明を求めるが、混乱したユミンは上手く伝えられない。エノを攻撃した魔獣は、ユミンを次の標的と定め、突進を始めた。
「ここまでです!戦闘に介入!ガクはユミンを、ニースはエノを!」
「えぇ!」
「おう!」
傍観できる段階は過ぎた。ガクには突進する魔獣からユミンを守らせ、ニース先輩にはエノの治療を任せる。
「リック!そのまま目の前の魔獣の攻撃を耐えろ!」
僕はリックの方へ駆けていく。まずはこの疲弊した魔獣を先に倒すべきだ。身体強化魔法をかけ加速、抜刀したレイピアで魔獣の横腹を切り裂く。ターゲットがこちらに向いた魔獣の鉤爪での攻撃は読めていたため、最小限のバックステップで避ける。
「リック、ヘイト交換!」
「はい!おらっ!こっち向け!」
リックに魔法の指示を出し、僕とリックに対する魔獣の敵愾心を交換する。これでまた僕はフリーで攻撃できる。
「ガク!ペイション!」
「らっ!あぁ、こんな攻撃屁でもねぇ!」
ユミンの方に向かわせたガクは期待通り、遅延を目的に耐えてくれている。その間に僕はリックと共に魔獣を削る。
「頑張れリック、こいつはあと少しだ」
「うっ……はいっ!」
エノの魔法で魔獣の体力は粗方削れていた。足運びとフェイントで攻撃を避けながら、リックと共にトドメを刺しにいく。
「リック、盾!」
「はい!」
鈍った魔獣の攻撃をリックの後ろに回り、防御してもらう。攻撃の隙を逃さず、魔獣の心臓を突き刺す。魔獣は絶叫をあげ、倒れ込んだ。
「よしっ……リックはここで休んでろ」
「はぁ……ぅっ、はい……レンさんは?」
「俺はガクのところに行ってくる」
リックを置いて走る。ガクたちの所へ戻ると、ニース先輩はエノの回復を終え、ガクと共に戦っていた。
「お待たせしました」
「ええ、さっさと終わらせて帰りましょう」
「はい、あの魔獣の弱点も多分、氷魔法です。僕がサポートをするので、ニース先輩は攻撃してください」
「あら、いいの?」
「先輩の火力の方が効率的ですので」
「わかったわ」
ニース先輩は杖の向きを逆にし、魔力を溜め始める。
「ガク!5秒後に魔獣を左に弾け」
「了解!」
ガクが魔獣をユミンやエノがいない方向に弾き、そこにニース先輩の超火力が飛ぶ。
「効果あり、このままいきます」
その後は定石通りに戦闘を進め、2体目の魔獣討伐も完了した。
――――――――――――――――――――
帰り道、行きと同じように郊外を歩いていた。新人たちの足取りは重い。
「さて、反省会といこうか。まずはそれぞれ、自分の反省点を聞こうかな」
後ろを振り向いて尋ねる。3人とも悔しそうに暗い顔をしている。
「俺は……2体目の魔獣が現れた時、何が起きてるのかがわかっていなかったです」
「私は、突然のことで焦ってしまって何もできませんでした……」
「僕が倒れてしまったせいで陣形は崩れてしまいましたし、もっと早く1体目を倒せていれば良かったと思います」
皆、搾り出すように言った。
「そうだね、リックはもっと戦闘中に後ろを確認した方がいい。今回は少し耳に頼り過ぎていたように思う。何が後ろで起きてるかある程度は把握してなきないけない。ユミンは落ち着くのもそうだし、決断力を持って方針を決めた方が良かったね。チーム全体が何をやるか決まってないの状況が一番良くない。エノは……ニース先輩お願いします」
「エノの言う通り、一番に倒れるのは良くないわね。周りをちゃんと警戒しなさい。火力は十分だから、もっと立ち回りを見直した方がいいわ。タンクとの距離感とかね」
流石ニース先輩、僕では言いづらいことをバサっと言ってくれる。
「ありがとうございます。あとは戦闘開始場所も気になったかな。二体目の魔獣に強襲されたのも、木が多い場所で戦ってしまったからだ。通ってきた道を少し戻ればもう少し開けた場所があったよ。そこならまだ戦いやすかったはずだ。ガクはどう思った?」
指摘ばかりで場の雰囲気が重いと感じたので、ガクにも振ってみる。
「んー、リックはもっと自分の状況を報告しても良かったと思うぜ?多分氷魔法の影響で少し動き鈍ってただろ。タンクの状況なんて後ろは言われなきゃわかんないんだからな。まぁなんだ、悪いことばっかり目についちゃうが、一体目は順調に攻略できてたんだ。そこは自信を持っていい!しかも皆んな今回のトラブルを、異常事態じゃなく、ちゃんと自分たちの失態として受け止めれてる。絶対成長できるから、そんな気を落とさなくていいってもんさ!」
こういう時にガクがいてくれると助かる。僕やニース先輩ではどうしても淡々とした反省になってしまうからな。
「その通りだね。それじゃあ、何か質問とかある人いるなな?」
「あの……」
ユミンが控えめに手を挙げた。
「どうぞ、ユミン」
「どうしてレンさんは2体目も氷魔法が弱点だって気づいたんですか?」
「あぁ、別に確証はなかったんだけど、同じ熊型の魔獣で、1体目よりも少し小さかったから親子かなって思ったんだよ。親子だと弱点が同じことが多いから」
大方、親が襲われているのを見ていて、ピンチを感じたから勇気を出して木から降りてきたのだろう。
「あの一瞬でそんなことまで……指揮も的確でわかりやすかったですし」
「それは俺も思った!戦い方まで指示してくれてすげぇ戦いやすかったです!」
「そりゃレンだもの。こいつの司令塔としての力量は本当にすげぇんだぜ。ま、アタッカーとしてはミアには全然及んでなさそうだったけどな」
「うるさいな、あいつに正面火力で勝てるやつなんかそうそう居ないよ。それに、複数対複数の戦闘だったら負けるつもりはないよ」
ミアの火力は騎士の中でもかなりの上位層にある。新人アタッカーの僕がそこで勝負しても勝てるわけがない。人には向き不向きがあるんだ。
「……それに、シリック先輩はヒーラーもできるんですね。魔法アタッカーとは思えない回復力でした」
「ニース先輩は学園初期はヒーラーだったからね」
「そうね、あまりの周りの不甲斐なさに嫌気がさしてアタッカーに転向したのよ」
役職変更は実は、ニース先輩が先輩だったりするのだ。
「はぇー、先輩たちはなんでもできるんですね」
「お二人ともすげぇっす!ガク先輩も……なんかすごかったですよ!」
「ぅおい!2人を褒めたんなら俺のこともちゃんと褒めろよ!」
リックが明らかに適当にガクを褒める。確かに、今回のガクの戦い方は地味だったからな。
「いや、ヒーストン先輩も十分凄い働きをしていた。レン先輩の指示を完璧に読み取った上で、堅実な動きをしていたように思う」
「おぉ、エノ!良いこと言ってくれるじゃないか!流石メガネ、よく見えてるな!」
「いや、メガネは関係ないですよ……」
ガクがエノの肩を掴んで体を揺する。解放されたエノは疲弊した顔でメガネを直した。ガクの言う通り、エノは良い目をしている。あの混乱した状況のなか、そこまで読み取れるのは素直にすごい。
――――――――――――――――――――
なんて話していたら王都中心部に近づいてきた。空はオレンジ色に染まってきている。
「新人組はここで解散でいいですよね?」
「えぇ、少し早いけど大丈夫でしょ」
「じゃあ3人とも、今日は解散、お疲れ様。報告は僕らでやっておくから、ゆっくり休んでね」
「お疲れ様です!」
「ありがとうございます、お疲れ様でした」
「お疲れ様です」
初めての戦闘実務だったのだ、肉体的・精神的な疲れはかなりあるだろうから、しっかりリラックスして明日からの業務も頑張ってほしいものだ。3人が散っていくのを見とどけて、残りの仕事への気合を入れる。
「じゃあ、僕らも行きましょうか」
「あ、レン君!」
隊舎へ向かおうとしたところで、横から声が聞こえた。そちらを向くと、第一隊の白い制服に身を包んだリオラがいた。今日は金髪をハーフアップにしている。
「ガク君も!お疲れ様。今帰り?」
「いや、さっきまで外で仕事してて、隊舎に戻るとこだよ」
「リオラは帰りか?」
「うん、今日は仕事が早く終わったから。……シリック先輩もお疲れ様です」
「えぇ……お疲れ様」
僕とガクに対する態度と、ニース先輩に対する態度は明らかに温度感が違う。その理由は……まぁ嫉妬とかだろうとは思うが。
「そうだレン君、借りてた本を返したいんだけど近々空いてる日ってあるかな?」
「んー、明日の夜か、明後日なら一日中空いてるよ。休みだから」
「じゃあ明後日でいい?私も丁度休みなんだ」
「わかった。いつも通り、リオラの家に行く感じでいいか?」
「うん、ありがとう。じゃあ、残りのお仕事頑張って」
「あぁ、お疲れ」
髪をひょこひょこ跳ねさせながらリオラは去っていった。リオラはニース先輩がいる場では2人の話をしたがる。去年の似たような状況で先輩を紹介してから、こんな感じだ。
「用が済んだらさっさと行くわよ」
「あ、はいすみません」
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