第6話『千春が旅立つまで』
数日後。ナツは千春が起きてこないのを心配して部屋を見に行った。中に入るとベッド脇に睡眠薬の瓶が転がっており、中から薬がこぼれ落ちていた。
「くそっ、睡眠薬の
千春の体を揺すっていると横から腕を押さえられ、振り向くと千秋が無言で首を振っていた。
「お義母さんの決断を尊重してあげて」
「どういうことだ?千秋はママから何か聞いてたのか?」
「お義母さんはお義父さんが亡くなってからずっと生きることに悩んでいたのよ。それは、お義父さんの生まれ変わりである私を見つけてからも一緒。お義母さんの心の空白は決して埋まらなかった。そして、先日の冬羽の一件があって、遂にお義母さんは自分の人生を終わらせることにしたのよ」
「冬羽のことは不運だった。でも、生まれ変わった人格に罪はないって言ってたじゃないか?」
「人間の気持ちはそう簡単に割り切れるものじゃないのよ」
「何だよ、それ。全然分からないよ。そうだ、じゃあ千秋がママの体に入るってのはどうだ?」
「は、それ本気で言ってるの?私がお義母さんの体に入って何になるの?それはお義母さんと私、二人への冒涜だわ」
「そうだね、変なこと言ってごめん」
「ホント最低…。いつまでもママ、ママって…このマザコン!」
ずっと溜め込んでいた言葉を吐き捨てて千秋は部屋を出て行った。
人類がアンドロイドの体に魂を乗り換えるようになって、火葬場はアンドロイドを焼却する必要が出てきた。そこで、金属の混じったアンドロイドも焼却可能な新型の火葬炉が開発された。千春の体はこの新型によって焼却され、秋介が入ったものより一回り大型の骨壷に収まり、秋介と同じ墓に埋葬された。そして、これは後になって分かったことだが、秋介は千春の元の体を焼却したあと骨壷に入れて保管していた。ナツと千秋は、千春の元の体が入った骨壷もあわせて墓に埋葬した。
「今では亡くなった魂は転生することが常識になっているのに、未だに墓を作って故人を埋葬する文化は無くならないのね」
「そうだね。昔、そこに私は居ないからお墓の前で泣かないで下さいって歌った歌手が居たけど、ホントその通りだよね」
「残された人間の自己満よ、こんなの」
「故人が居た証拠を作っておきたいんじゃないかな。故人の家みたいなもんさ」
「でも、そこには居ないのよ」
「そうだね。やっぱり自己満だ」
「ナツ、そう言えばお義母さんのことだけど、転生後の場所を特定して会いに行くのはやめてね。私はナツとお義母さんに出会えたことに感謝しているけど、本来、転生後の人間は過去世で交流のあった人間とは交わるべきでは無いと思う」
「分かった。僕には千秋と冬羽が居る。それだけで十分さ」
ナツと千秋は、秋介と千春の墓を後にした。
小説『カルマ karma』 渡辺羊夢 @watanabeyomu
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