第2話『千春とナツが残されるまで』

 秋介はすぐに自分の魂の接続先をアンドロイドの体に変更することは無かった。人のことは許可も取らずに勝手に色々といじくるくせに、自分のこととなるとやっぱり怖いのだ。目を閉じて眠って、その先が真っ暗で続きが無かったら…。誰だって死の恐怖はある。私だって強がり言っていたが、実際自分の死が近づいてきて毎夜眠るとき怖くて仕方なかった。自分を支配していたあの死の恐怖から開放されて、正直嬉しい気持ちもあった。ただ、それと同時に自分の人生に終わりが無くなったという別の恐怖が生まれた。この先どれだけ生きるのだろう?生きなければならないのだろう?秋介がいる。ナツもいる。寂しくはない。ただ、どこかで飽きるのではないか。もう終わりにしたいと思うのではないか。やはり簡単に秋介のやったことを許すことは出来なかった。


 千春の存在が公になると、人々は熱狂した。千春と同じようにただ死を待つだけだった難病患者、老い先短い高齢者、その他今の肉体を捨てて新しい肉体を得たいと思う者全てが歓喜した。秋介は特許を無償で公開した。元より金儲けをする気は無かった。千春と一緒に居られればそれ以上何も要らなかった。アンドロイドメーカーは大儲け、受注が追いつかず高値で転売される始末。それはそうだ。人類がずっと夢見てきたこと、永遠の命。それがこんなにも簡単に手に入れられるようになったのだから。しかし、世の中そう思う者ばかりではなかった。


 秋介がある講演会に参加した帰り、私達の目の前に一人の男が立ち塞がった。

 

 「お前のやっていることは神への冒涜だ!」


 男の叫び声に続いて響く一発の銃声。横を振り向くと額から血を流し崩れ落ちる秋介。


 「秋介!秋介!嫌だ、私を置いて行かないで!」


 秋介の体を必死に揺するが既に体を支える力は無く首がだらんと垂れ下がる。即死であった。もちろん秋介の魂の接続先をアンドロイドの体に変更する時間は無かった。


 数日後に行われた秋介の葬儀。千春は淡々と式次第に則って進行し、秋介はあっという間に両手で抱えられるサイズの骨壷に収まった。あんな小さな銃弾一発で壊れてしまうなんて、人間の体ってなんて脆いのだろう。千春は涙が枯れるまで泣いた。世界は人類を次のステージへと導いた天才科学者、秋介の悲劇的な死を悼んだ。


 「ママ、パパをもう一度この世界に呼ばなくて良いの?」

 「うん、良いの。そもそもパパは生きている人間が睡眠状態にあるときにその魂の接続先をアンドロイドの体に変更する技術を確立しただけであって、死んで五次元領域へと戻ってしまった魂をもう一度アンドロイドの体に呼び戻すことはどうしても出来なかった。だから、仕方ないわ」

 「でも、僕もっとパパとお話したかった!」

 「ママもそうよ」

 「じゃあ、僕パパの研究を引き継ぐ!松果体の研究を続けて、もう一度パパとお話出来るようにする!」

 「もしそれが可能になったとして、パパはもう一度この世界に戻って来ることに賛成するかな?」

 「だってパパはママの許可も取らずにママの魂の接続先をアンドロイドの体に変更したんでしょ?なら僕もパパの許可を取らずにパパの魂をアンドロイドの体に呼び戻す!これでおあいこでしょ?」

 「そうね。ナツにそう言われたら秋介も許すしかないでしょうね」

 「やったね!僕頑張るね!」

 

 こうしてナツは秋介との再会を夢見て秋介の研究を引き継いだ。

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