後編

 「何様って・・・・・・僕はマドリンの夫だよ。こうして、マドリンに綺麗になってもらいたいと、化粧品を持ち帰るぐらい、マドリンを愛している優しい夫さ」


「ローラさんの使いかけを嬉々としてもらってくるあたり、気持ち悪いのひと言に尽きるわ。せめて、私のために新しいものを買おうとは思わなかったの?」


「いや、ローラさんが使ったものじゃないと綺麗にならないと思うよ。だってさ、美女が使った白粉には特別な御利益が宿っていると思わない?」


「全く思わないわ。しかも、わたしの顔をローラさんと比較して『やっぱり、ダメなんだなぁ』とは! 私に言わせれば、ケントンのほうがよほどダメ夫でしょう?」


「失礼な! 僕はサマーズ伯爵家の次男だぞ!」


「そう、です。サマーズ伯爵家の財産をひとつも相続できないなのよ! そのあたりはわかっていらっしゃいますか? 美人のローラさんを羨ましがっていますが、サマーズ伯爵家当主になるスティーブ義兄様だから娶れたのです。夫婦にも恋人にも釣り合い、というものがありますからね。それに、ローラさんの手が綺麗なのは当然でしょう? あちらにはメイドが何人もいるじゃない? うちには一人もメイドなんていないのよ」


「つっ・・・・・・でも、兄上が亡くなれば、僕がサマーズ伯爵家当主になる可能性だってあるんだぞ」


「残念でした。ローラさんのお腹の中には、すでに新しい命が宿っているそうよ。義兄様が亡くなっても、その子が次期当主です」


 ショックを受けているケントンだけれど、私はこんなことでダメ夫と責めたのではありません。はじめから家督を継げないことはわかっていたことでした。


「私が怒っているのは、誰のお陰でこの生活ができているかを考えてほしいということよ。私とケントンの生活を支えているのは誰?」


「僕はマドリンの夫で、一家の大黒柱だよ。それに名門サマーズ伯爵家の次男だから、もちろん僕が生活を支えているのさ」


「大黒柱? ケントンはサマーズ伯爵家の事業を手伝っていますけど、サマーズ伯爵家の執事のほうがよほど高いお給料をもらっていますよね?」


「兄上の事業を手伝うのは弟として当たり前だし、お金のことをとやかく言うのは貴族としては下品だよ」


「もう一度思い出させてあげましょうね。この屋敷は私のお父様が結婚祝いにくださいました。小麦粉や野菜や調味料などを送ってくれるのは、私のお母様です。王都でも評判の高級仕立屋に嫁いだお姉様からは、ケントンの服や私のドレスを格安で作ってもらっています。つまり、私とケントンの生活を支えているのは、私の家族です」


 今更思い出したように顔を青ざめさせたケントンですが、私の勢いは止まりません。なおも、ケントンをののしりつづけました。


「ケントンって自分の顔を見たことがある? 私はケントンの優しい性格が好きで結婚したけれど、いたって平凡で私の容姿にケチをつけるほどの美しさはありませんよっ!」


 しゅんとしたケントンを家から追い出し、鍵をかけて思いっきり泣きました。


「マドリン。顔のことを言ってごめんよ。確かに、あんな美女と比較した僕が悪かったよ。マドリンの暴言を僕は許すよ。だから、気持ちが落ち着いたら知らせてよ。僕はしばらくサマーズ伯爵家に泊まらせてもらうから」


 ケントンの声が扉越しに響いたけれど、心には全く響きませんでした。


 なぜ、私が許してもらう立場なの? なんなら、一生許さないでほしい、と思うくらいムカついていたのです。


 私は心が狭いのでしょうか?


 粉々に砕けた自分のプライドを拾い集めて、私は離婚をする決心をしました。幸い、私たち夫婦に子供はいません。義兄嫁に懸想する夫なんていりません。


 一生、義兄嫁の自慢話を自分の夫から聞かされるなんて、まっぴらごめんです。まるで、私にはなんの価値もない、と言われているようで惨めすぎますもの!


 まだ、私の人生は長いのです。私を惨めな気持ちにさせる夫なんていらないと思いませんか?





 ☆彡 ★彡



 ※視点変わります。ケントン視点。

 

「ごめん。兄上。ここにしばらく住まわせてくれないか?」


「どうしたんだ? マドリンさんと喧嘩でもしたのか? しょうがないやつだな」


「いや、ほんの少しだけマドリンが拗ねているだけなんだよ。しばらく帰らなければ、向こうが反省して謝ってくると思うよ」


 兄上は苦笑しながらも、客室のひとつを使わせてくれた。


 



 ところが、その三日後、サマーズ伯爵家にマドリンの姉であるエルザベスさんが、数人の男たちを伴って来訪した。男たちは治安隊の制服を着ており、なにごとかと戸惑う。


 エルザベスさんは怒りに顔を歪ませており、ローラさんを見るなり舌打ちする。


「サマーズ伯爵夫人、いつも当店で多くのドレスを仕立てていただきありがとうございます。ですが、お代のほうはまだひとつもいただいておりませんよね?」


 それを聞き、僕と兄上は驚きの声をあげるが、兄上は苦笑しながらも金額を尋ねた。こんなところまで取り立てに来るなんて、さすがに下品だと僕たちは顔をしかめたのだ。


「およそ2,000万ダラですわ。(1ダラ=1円)当店でお仕立てするドレスは一着100万ダラ以上ですから。請求書はサマーズ伯爵閣下にお渡ししますね。詳細な内訳も書いてございます。奥様のクローゼットにあるドレスが増えても、請求書が届かないことをおかしいとは思わなかったのですか?」


「いや、私は妻のクローゼットをいちいち覗く趣味はない」


「ふーーん、そうですか。サマーズ伯爵夫人が私を脅していたのはご存じでしたか?」

「脅してなんていないわ。人聞きの悪いことを言わないでよ。もちろん、お金は後でお支払いするつもりでした」


「『妹のマドリンさんを私はとてもかわいがってあげているのよ。でも、私がちょっとケントンにマドリンさんを悪く言ったら、きっとマドリンさんは悲しい目に遭うわよ。だって、ケントンは私を崇拝していますからね』と、おっしゃったんです」


「なんだって? まるで、マドリンさんの幸せは自分が握っているとでも言いたげじゃないか。まさか、ローラはそんなくだらないことを理由にして、お金を払おうとしなかったのか?」


「サマーズ伯爵閣下。その通りです。ですが、このたび、マドリンはケントンさんと離婚する決心をしました。ですから、お代はきっちり払っていただきます。もう遠慮する必要もありませんからね。ついでに、恐喝罪で訴えます」


 治安隊員がローラさんの身柄を拘束し、裁判の結果でローラさんは檻の中の人になった。エルザベスさんの夫が経営する仕立屋は王室御用達でもあり、エルザベスさんは王妃殿下のお気に入りだったからだ。 


 






 僕はローラさんに良いように利用されていたことに気づきマドリンに謝ったけれど、マドリンは決して僕を許さなかった。離婚された僕は、ローラさんに邪な気持ちを抱いていたと兄上から疑われ、サマーズ伯爵家からも追い出され兄弟の縁を切られた。



 こんなはずじゃなかった。僕はただ、マドリンに綺麗になって欲しかっただけなのに・・・・・・



 とぼとぼと歩く僕の頭にカラスがでかい糞をした。カラスにまでバカにされた僕って・・・・・・







 おしまい

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