あの雪の日に縋って

あじねこ

霜焼けと雪景色

 君がいなくなってどれくらい経っただろうか。

 会いたいだなんて、何度思っただろう。

 コートから煙草を取り出して、それに火をつける。


「……はぁ…」


 辺りに降り頻る雪が、煙草の火をつけてくれない。

 煙草に触れた火は虚しく消えていく。

 今日は何年ぶりかの記録的な大雪。

 電車も止まり、タクシーも満員、駅前は人がごった返していて雪を楽しむ余裕もなかった。

 まぁ、たとえごった返していなかったとして、今の俺に楽しむ余裕なんてものはないだろうが。

 降り積もる雪をどれだけ見ても、今の俺は感動なんてできなくなってしまった。

 駅前にいても何も変わらない、どうせ二〜三駅、歩けば一時間も経たずに家に着く。

 そう思って駅前から出て、降り積もる雪に濁った足跡をつけていく。

 冷たい風を打ち付けられる体は冷え切って、足先も指先も真っ赤になっていることだろう。


 君の街にも、きっと降っているんだろうな、この雪は。


 住宅街に入ったくらいのところで不意に溢れた思考は、積もる雪に埋もれていく。

 俯きがちに、足取り重くいつもとは違う見慣れない道を歩く。

 ちょうど電灯に照らされたT字路に入ろうとしたところで、唐突に楽しそうな声が聞こえてきた。

 大雪の夜、どこを楽しめる要素があるのだろうか、そう思いながらT字路に入る。

 降り頻るべたりとした重い雪とは裏腹に、どこからか聞こえる明るく軽やかな男女の声。

 顔を上げれば、住宅街のT字路の奥、電灯の灯りに照らされながら雪で遊ぶ二つの人影がある。

 高校生くらいだろうか、二人で雪だるまを作っているらしい。


 俺にも、あんな頃があったんだろうか


 思い出すのはまだ青かったあの日の記憶。

 あの日も記録的な大雪で、高校生にもなって大人げなく俺ははしゃいでいた。

 一人ではしゃいでいたわけじゃない。

 俺のそばには大切な人がいた。

 二人で雪だるまを作った。

 電灯に照らされて、降り頻る雪に囲まれながら、子供のようにはしゃいでいた。


 それを見た時、胸にちくりと痛みが走った。

 肉体的な痛みじゃない。

 タバコは吸っているが、あまり好きではないし、そこまで吸わない。

 思い出した記憶があったのだ。

 心に釣り針のようにひっかかった、とげのような記憶


 あの日もこんな大雪だった。

 高校生だった俺は住宅街に静かに積もった雪に、年甲斐もなくはしゃいでいた。

 けれど一人だけではしゃいでいたわけではない。

 隣には大切な女性がいた。

 恋人だった。

 明るくて、屈託のない笑顔を浮かべる人だった。

 雪合戦をして、雪だるまを作って、まるで小学生のガキみたいに無邪気にはしゃいだ。

 電灯に照らされて、ロマンチックなキスをした。

 大人ぶって誓いも立てた。

“ずっと一緒にいようね”だなんて。

 もうずっと前の記憶だ。

 あの頃のように純粋に雪を楽しむことは、今の俺にはできない。

 誓い合った君も、もう側にはいない。

 二度と戻ることはない、色褪せた青い春の記憶。


 あれから何年も経っているのに、独りで思い出す。

 ひっかかった釣り針は錆びて、もう抜けてくれない。

 痛みを感じながら、それでもこの思い出を手離せない俺は惨めで醜い。

 今、君は何をしているんだろう、誰といるんだろう。

 降り頻る雪を綺麗だね、なんて呟きながら誰かと見ているんだろうか。

 君に今一度会えたとして、君は笑って言葉を返してくれるだろうか。

 俺は君にどんな顔をすればいいんだろうか。

 果たして笑顔でいられるだろうか。

 君は前に進んでいるだろうに、俺の足は霜焼けで動かないまま、あの日積もった雪に埋もれている。




ご覧いただきありがとうございました。

このお話は1話完結となります。

思い出話とか、掘り下げても良いかとも思ったのですが

きっと掘り下げない方が読者の皆様に読み終わってからも

楽しんでいただけるのではないかと考えこのような形になりました。

面白い、良い話だったと思っていただけたなら、

ぜひ評価をいただけると幸いです。

ではまた、次のお話でお会いできれば。

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あの雪の日に縋って あじねこ @azineko25

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