現代版ウサギとカメの裏話

でんでんむし

現代版ウサギとカメの裏話

「おい、カメさんよ。俺とあの丘まで、かけっこで勝負をしろ」


 楽しそうに動物たちが団らんをしている中、ウサギがカメに対して勝負を申し込んだ。

 ウサギはカメに対して嫉妬をしていた。自分より人気があるカメが許せなかったのだ。

 そんなウサギに勝負を申し込まれたカメは、困ったように表情を曇らせている。


「それが嫌なら謝れ。そうすれば、許してやる」


 皆の前でカメに謝罪させる。それがウサギの目的だ。

 カメより自分が上だと周りに証明することで、自らの人気を上げる作戦である。

 どうせ平和主義なカメの事だ。きっとこの勝負には乗ってこない。

 これで間違いなく自分も人気者だろう。楽しみだ。


「分かりました。勝負をしましょう」


「……え?」


 しかし、意外な事にカメがこの勝負に乗ってきた。

 ウサギを含めて場にいる皆が思う。勝てるわけがない、と。

 そもそも丘まではかなりの距離がある。カメがゴールすること自体が無理のある話だ。

 仮にゴールできたとしても、カメの足では十日はかかる。

 カメには何か必勝の策でもあるのだろうか。


 ×××


 勝負当日、この話はそれなりに話題となっていた。

 これはウサギにとって好都合だ。この勝負で圧倒的な勝利を収めて有名になってやるのだ。


「では、始めましょう」


 そうしてスタートが切られた。瞬間、ウサギは全力で駆け出した。

 ウサギは周りの同族と比べても足の速さには自信があった。速さだけなら誰にも負けない。

 実はこう見えて、ウサギはストイックな性格である。いつでも走る努力は欠かしていない。

 この足ならば、数時間でゴールに到達する事も可能だ。

 実際、これはとんでもない能力で、ウサギは生物としての限界を超えていた。本来なら、大きく話題になるはずなのだが……


「くそ、誰も見てねえのかよ!」


 残念ながら、その速さはあまり注目されていなかった。誰もウサギに興味が無かったみたいだ。


「どうして、誰も見てくれないんだよ」


 何のために走っているのか分からなくなる。自分はこんなに速いのに、誰も褒めてくれないし、驚いてもくれない。

 本当はもっと注目されたかったのに。皆を驚かせたかったのに。

 誰にも見てもらえないのが悔しい。

 悔しくて、悔しくて、それを力に変えて、とにかく走った。


「……………?」


 ふと、違和感を覚える。いくらなんでも見られている気配が無さすぎるのだ。

 もう少し注目されてもいいはずなのだが……

 それどころか、カメの方に注目が集まっている気がする。いったい何が起こっているのか。


「な、なにっ!?」


 そのからくりを知ったウサギは、驚愕の声を上げた。



「ど、動画配信をしているぅぅ!?」



 カメは自らの様子を『動画』を使って配信していた。

 動画……それは神から与えられし、奇跡ともいうべき神秘の秘術である。

 自分の行動を映像として記録し、それを他の動物も見る事が出来るのだ。

 まさに異次元の魔法。まるで高位種族の『ニンゲン』が使うような、理解すら追いつかない魔術なのだが、ウサギを含めて誰も使いこなす事ができなかった。

 しかし、カメだけはその術を理解し、使いこなしていたのだ。

 カメは長生きで、一万年くらい生きていると言われている。これが年の功というやつなのだろうか。


『皆様、おはようございます。カメです。今日から『カメちゃんねる』を配信していこうと思います。まず、今日は私がこの勝負を受けた理由についてお話ししましょう』


 ウサギも足を止めて、カメの動画を見ていた。


『確かに私はこの勝負で勝てないでしょう。ですが、私はこの勝負を『旅』と思う事にしたのです。これまで私は長距離を移動したことがありませんでした。ゴールまで何日もかかると思います。だからこそ、今回の勝負はちょうどよい機会と思う事にしたのです。皆様と一緒にこの『旅』を楽しみたい。そう思って、動画を配信することにしました』


 高いトーク力を誇るカメ。分かりやすい内容の配信に、ウサギもついつい見入ってしまった。

 すると、カメの動画にコメントが送られていく。


『最後まで見ます! 頑張ってください!』

『勝負の事は忘れて、のんびり行きましょう』

『というか、ウサギの事は気にしなくていいよ』

『ウサギ嫌い。あいつ、うざい』


 動画を配信するのは難しいが、コメントに関しては誰でも簡単に投稿できるようだ。ご丁寧に動画の端にコメントのやり方まで記載されていた。

 そんなコメントを見て、ウサギは思い切り地面を踏みつけた。


「くそお! やられた!」


 これがカメの作戦だったのだ。最初から真っ向から競争するつもりなど無く、自分の動画を配信して皆の注目を集める戦略だ。

 完全にカメの狙いに事が進んでいた。『旅動画』があまりに珍しく、皆の興味を惹きつけてしまったせいで、もはや誰もウサギの事など見てはいない。

 それどころか、ウサギに対する批判までコメントされている。自分が本当は嫌われ者だと気付かされてしまった。

 もう終わりだ。結局、ウサギは誰からも見られることは無い。こんな勝負、続けても無駄だ。



「ふっふっふ。してやられましたな、ウサギさん」



 その時、何者かがウサギに話しかけてきた。


「お、お前は……サル!」


 それはニンゲンに近い知能を持つと言われたサルであった。

 知能は高いらしいのだが、何を考えているのかよく分からず、いつも理解不能な事ばかり言っているので、皆からは敬遠されていた。

 言ってしまえば、サルもウサギと同じく嫌われ者である。


「ですが、ご安心を。このサルめがあなた様のお手伝いを致しましょう。皆の目をウサギさんにくぎ付けにさせてみせますぞ」


「なんだと?」


「私に任せて下されば、全て解決です。あなたは幸せになれるのです。さあ、私と組みましょう!」


 嘘っぽい笑みを浮かべて、両手を広げるサル。

 はっきり言おう。怪しさしかない。


「話してみろ」


 だが、ウサギはサルの提案を受け入れた。ちょっと自棄になっていたようだ。


「ふっふっふ。さすがはウサギさん。良いご判断ですぞ」


「それで、何をするつもりなんだ?」


「相手が動画を使って注目を集めているのならば、こちらも同じ事をして対抗すればいいのです」


「いや、無理だろ。俺、動画なんてやった事ない」


「ご安心くだされ。私は動画の使い方を熟知しております」


「本当か!?」


「ええ、カメなんぞより、もっと強烈な動画を配信して、皆の注目を集めましょうぞ!」


 思ったよりまともな案だった。確かにサルの知能なら動画を扱えても不思議はない。

 ウサギの方も動画を扱う事が出来れば、カメと対等に渡り合う事が出来るはずだ。


「問題はどんな動画を配信するか、ですな」


「俺の走っている姿なんてどうだ? 足には自信がある」


「悪くはないですが、現時点でのインパクトは薄いでしょう。確かにウサギさんは脚力に自信がおありのようですが、今はわざわざ時間を使って見る方はいません。それより、ウサギさんが普段は決してしない事をして、注目を集める方が有効です。その後に、あなた様の足の速さを見せつけてやればよいのです」


「おお、なるほど」


 さすがは知能の高いサル。先を見据えた作戦に、ウサギも従う事にした。


「では、俺は何をすればいい?」


「私に良い案があります。ふっふっふ」


 かくして嫌われ者のウサギと怪しさ全開のサル、この二匹による奇妙な動画配信が始まった。


 ×××


『第一回、ウサギさん配信。【余裕で勝てるから、あえて寝る事にしたわww】の回』


 仰々しいテロップと共に、横になっているウサギの姿が映し出されている。

 『何もせずに、あえて寝る』。これで注目を集めるのがサルの案である。


(こ、こんなので注目されるのか?)


 疑問はあるものの、言われたとおりにやってみる。


『えっと、俺だ。ウサギだ。なんつーか、あれだ。カメなんて楽勝だし、寝る事にしたわ。ギリギリになったらら、走る事にしたわ。……つーわけで、うん、寝るわ』


 そうして、ウサギは本格的に寝始めるが……


(失敗したっっ!)


 どもっているし、声はボソボソだし、噛んだし、おまけに何が言いたいのかも分からない。さっきの自分を思い出すと、恥ずかしくて死にそうになる。

 そう考えると、カメの動画の凄さを思い知らされた気分だった。皆の前で、はっきりと分かりやすく喋る。ただこれだけの事が、こんなに難しいとは……


 それが当たり前のようにできるカメは、ひょっとして大物だったのでは? そして、その当たり前すらできない自分こそ、本当の無能だったのではないか?

 カメの人気の理由が分かり、そして自分が嫌われる理由も分かってしまった。


 自分はカメのようにはなれない。このまま永遠に嫌われ続ける無能な生物なんだ。

 この動画も、どうせ誰も見てくれない。そんな思いから、ウサギの心に深い絶望が芽生え始めていた。


「いけね。マジで寝ちまってた」


 本格的に寝てしまったことに焦るウサギ。


「ん?」


 そんな時、自分の動画にコメントが投稿されている事に気付いた。

 こんな寝ているだけの動画を見る奴がいるとは……。それどころか、コメントまでするなんて、いったいどこの変わり者だ?


「え!?」


 ウサギは更に驚いた。コメントは一つだけではなかったのだ。


『俺、ウサギの方が好きだったりする』

『お前もかww』

『異端者は俺だけじゃなかったのか』

「つーか、マジで寝るとかww」

『いや、普通にウサギの方が面白いでしょ。みんな分かってないだけ』

『みんなでウサギを応援しようぜ。こっちの方が面白い』


 しかも、中にはウサギを絶賛するようなコメントまであった。


「お、おおっ!」


 コメントを見て、ウサギは胸にこみ上げてくるものを感じていた。

 絶対に荒れると思っていただけに、このコメントは予想外だった。

 もちろん、批判コメントの方が多かった。しかし、それは予想していたので特にショックを受ける事は無かったし、ウサギはよく悪口を言われていたので、慣れたものだ。


 それより、生まれて初めて褒めてもらえた。そちらの方がよほど衝撃的だ。

 こんな寝ているだけのどうしようもない動画で、ここまで喜んでもらえるとは……


 カメになれなくてもいい。ウサギはウサギのままでもいい。そう言ってもらっている気がして、救われた気分となったのだ。

 どの世界にも変わったものが好きな生物はいる。世の広さを知ってしまったウサギであった。


「ち、視聴数はたったの百ですか。批判コメントも多い。頭の悪い馬鹿ばかりで、気が滅入りますな」


 サルの方は悔しそうに爪を噛んでいた。満足のいく視聴数ではなかったらしい。

 確かにカメの動画は千匹以上の動物が視聴している。対してウサギの動画は百匹なので、比べると弱い印象だろう。

 しかし、それでもウサギは嬉しかった。なにせ初めて注目されたのだ。


「思った以上に伸びませんな。もう動画はやめましょうかね」


「え? あ…………いや、もう少しだけ、続けて見ん?」


「ほう?」


 ウサギの意見を聞いて、サルの目がキラリと光った。


「では、続けましょう。そうですね。こういうのは続けるのが大事ですな。ふっふっふ、まだまだこれからですぞ」


「あ、ああ。そうだよな!」


 その夜、あまりの嬉しさから、ウサギは徹夜で自身に向けられたコメントを何度も見返していた。


 ×××


 一方、カメの方は安定感のある配信で着実に視聴数を伸ばしていた。


『ウサギさんはもうゴールした頃でしょうか。こちらは無理をせず、自分のペースで旅を続けていきたいと思います。『無理はしない』。それが旅を楽しむコツですね』


 カメの動画にコメントが寄せられていく。


『ウサギはまだゴールしていないみたいだよ』

『あっちも動画を配信しているらしい』


 ウサギたちの方もカメに対抗するべく、過激な動画に挑戦していた。


『おい、お前ら。今日はやばい事をしてやるぜ。ウシの食べ物を俺が先にペロペロしてやる。名付けて、草ペロ動画だ』


 そうして、ウサギはウシの食料である草を次々と舐め始めた。


「へ、へへ。やってやったぜ」


 そのままウサギは立ち去った。

 その後、牛が現れて、さっきまでウサギが舐めていた草を食べ始める。

 それを見た皆のコメントは……


『えっと、どういうこと?』

『分からん。何がしたかったのだろう』

『マーキングでは?』

『それなら、おしっこかけた方がよくない?』


 全員が首を傾げていた。ウサギも同様である。今回の動画は失敗だったようだ。

 企画を考えたサルだけが、この反応に対して怒っていた。


「くそ! なんだこの反応は! 誰も理解していないとは……頭の悪い奴らですね!」


「いや、すまん。俺も意味が分からん。お前、何がやりたかったんだ?」


 真面目なウサギは分からないままでサルの演技指導に従っていたようだ。


「分からんのですか!? とても気持ちが悪いでしょ! 生理的嫌悪感とか感染症の問題とかヤバさが半端ないでしょ!」


「セイリテキ? カンセンショウ? すまん。なにを言っているのか、さっぱりだ」


「くうう! このレベルの話は、動物どもには理解できませんか。断言しますが、これがニンゲンだったら、絶対に話題なっていましたよ! それくらい気持ち悪い動画だったのです!」


「気持ち悪かったら、ダメだろ」


「ふ、分かっていませんね。気持ち悪い方が注目は集めやすいのです。袋叩きにできる悪を演出してやれば、皆がそれに群がってきます」


「袋叩きって……それ、理解されたら、俺の身が危なかったのでは?」


「………………あ」


 今さら気付いたかのように、サルは目を逸らした。


「…………おい」


「はっはっは。まあ、今回の失敗は忘れて、次に行きましょ……ふぎゃ!」


 とりあえず、ウサギはサルにラビットチョップをぶちかましておいた。

 以降、危険そうな動画には、ウサギがストップをかける事にした。


 ×××


 競争が始まって一週間。カメとウサギは動画配信を続けている。

 奇しくも方向性が違う二匹の動画は、それぞれにファンが付き始めていた。

 ただ、視聴数で言うならカメの方が圧倒的に多い。


『そういえば、今は春ですね。春はニンゲン族の間で『始まりの季節』とされている節があるようです。始まりならショウガツと言われる冬の方が有名みたいですが、学びに関しては、春からガッコウと呼ばれる場所で勉強を始める種もいるみたいですよ。私もこの春から旅の動画配信を始めたわけですが、皆様も新しい事に挑戦するなら、春に始めてみてはいかがでしょうか』


 そして、コメント数もカメの方が上である。


『カメさんは物知りですね!』

『面白かったです。明日も楽しみにしています』


 コメントが多い理由として、カメはコメントを拾って、うまく雑談につなげていた。


『いらっしゃいませ、ブタさん。ご兄弟は大変でしたね。でもレンガの家だけでも無事でよかったです。三匹で仲良く暮らしてくださいね。スズメさん、舌を切られた事を思うと、胸が痛みます。それでも治ってよかったです。ニンゲンとのトラブルは多いです。私の知り合いにも恩人に玉手箱を渡してしまった事があって……』


 一方、ウサギはコメントをガン無視であった。カメと違ってトーク技術が無いので、うまく拾えないのだ。

 この差が大きく、カメが有利に見えるが……


『なあ。この動画、実は微妙じゃね?』


 最近になってカメの動画にはこの手のコメントが目立つようになってきた。


『旅動画とか言うけど、ただ歩いて喋ってるだけじゃん? 何が面白いの? なあ、モン太はどう思う?』


『ピョン吉さんの言う通りです。こんなのを面白いと思っている方は馬鹿です。それより、もっとレベルの高い動画を見た方がいいですよ。例えば、ウサギさんの動画とか』


 コメントしているのは、モン太とピョン吉という二匹だ。

 言うまでもなく、ウサギとサルである。


『モン太とピョン吉うざい。嫌なら見るなよ』

『文句があるなら、お前がやれ』

『ウサギの動画、そんなにいいの?』


 そんな感じでコメントを投稿していたウサギとサルは、一息ついている。


「……これでいいのか?」


「くく、完璧です。こうすれば、我々の動画に誘導できます。更にカメの動画のレベルの低さも指摘できて、一石二鳥です。まさに攻防一体の策ですな」


「お、お前。いい性格してんな」


 ウサギはちょっぴり複雑な気分であった。


「俺としては、自分の視聴数を伸ばす方だけに集中したいんだが……」


「む、そうですか? なら、このやり方は止めましょう。こう見えて、私はクライアントに従うタイプなのです。ふっふっふ」


 相変わらずよく分からない事を言うサル。だが、サルが自分の言う事を聞いてくれた事がウサギにとって意外だった。

 当初、サルの事を怪しいと思っていたウサギだが、どうやら自分を騙したり利用したりするつもりはないようだ。

 この機会にウサギは前々から思っていた疑問をぶつける事にした。


「なあ、お前。なんで俺なんかと組んだんだ? カメと組んだ方が、有名になれたんじゃないか?」


「ふん、カメなぞ眼中にありません。それに、あいつは私の言う事は聞かんでしょう」


 サルは寂しげに空を見上げた。それは初めて見せる表情だった。


「どいつもこいつも、馬鹿しかいません。つまらないモノばかり面白いと絶賛して、本当にレベルが高いモノを理解しようとしない。悔しいですよ」


「お前、悔しかったのか」


「ええ。誰も私の言う事に耳を貸さない。ですが、私を信じたウサギさんは馬鹿どもとは違います。まったく、どうして他の奴らは、私を信用しないのか」


 ウサギは初めてサルと会った時の事を思い出した。あの嘘っぽい笑みだ。


「いや、まあ……あれは怪しいぞ」


「なに、そんな馬鹿な! あんなに笑顔の練習をしたのに!?」


 最初に見せた怪しげな笑みは、練習したものだったようだ。


「あと、『あなたは幸せになれるのです』ってのが、一番怪しかった」


「馬鹿な! そう言われたら、誰だって信用するでしょ!」


「んなわけあるかよ………くく」


 思ったより馬鹿正直だったサルを見て、ウサギは思わず笑ってしまう。

 そして、最近になって気付いた。


 もうかけっこの勝敗など、どうでもいい。それより、こんな時間が続いてほしい。


 ウサギはただ、寂しかっただけだ。本当は一人だと死んでしまうくらい、ただの寂しがりやだった。

 かけっこ勝負を仕掛けたのも有名になりたかっただけ。勝負そのものより、一匹でも多くの動物に自分を見てほしい。

 視聴数でカメを超えたい。それが今の最大の目標である。


「絶対に、カメの視聴数を超えて見せますよ!」


「そうだな。一瞬でもいいから、俺はカメより目立ちたい」


 この点に関して、二匹の目的は一致している。


 ×××


 かけっこ勝負が始まって二週間。ついにカメがゴールに近づいていた。


『おお、あれがゴールですか。いよいよこの旅も終わりが見えてきましたね。そう思うと、寂しい気持ちになってきました』


 カメの動画は人気がピークに達している。

 ウサギの方は、ゴールから一キロ以上離れた所で寝ていた。

 あれから色々な過激動画を配信したが、何故か最も人気があったのが『ただ寝ているだけ』の動画だった。


 ウサギもサルも、この結果に首を捻っていた。需要とはよく分からないものだ。

 仕方ないので、寝ているだけの動画をひたすら配信していた。

 カメがゴールに近づいたタイミングで、ウサギが起きて一気に追い抜く。そうやって注目を集めるのが最後の作戦だ。

 だが……


「おっと。寝すぎちまった」


「こら! ウサギさん! なにをしているのですか!」


 欠伸をするウサギに、サルは珍しくご立腹だった。


「いくらなんでも離されすぎです! こんなの絶対に勝てませんよ!」


 カメは既にゴールまで残り五メートルだ。普通なら追い着くのは不可能である。


『はあ、はあ。あと少しです。……え? ウサギさんはまだゴールしていない? さっきまで寝ていた? おお、これは勝てますね!』


 カメの動画は大きく盛り上がっており、ウサギの動画は完全に荒れていた。


『ウサギさあ、起きるのが遅いよ』

『さすがに余裕こきすぎだろ』

『ウサギはやっぱり馬鹿だな。もう見なくていいわ』


 コメントを見たサルは歯ぎしりをしている。


「そんなに怒るなよ。別に無理に勝たなくてもいいだろ。盛り上がればいいんだよ」


「こんな大敗で盛り上がるわけないでしょう。ギリギリ感のあるレースを演出しなければならなかったのに……」


「分かった分かった。今から盛り上げればいいんだろ? カメに追いついてやるよ」


「なにを言ってるのですか。追いつけるわけがないでしょう」


「ま、見てろ」


 そうして、ウサギは一気に駆け出した。


「ええ!?」


 その速さに驚くサル。サルだけではない。見ている他の動物たちも同様の反応をした。


『え? ちょっと待って。ウサギ、速すぎん?』

『やべええええ! ウサギはえええええ!』


 猛烈な追い上げを見せるウサギに、コメントが一気に盛り上がってきた。

 それに触発されて、カメの方も盛り上がりを見せていた。


『ウサギさんがついに動き出したのですか? しかし、ゴールまであと少しです。大丈夫でしょう。え? ウサギさん、もの凄く速い? むむ、これは頑張らなければなりませんか!』


 カメも速度を上げるが、ほとんど変わっていなかった。たった五メートルとはいえ、カメにとっては短い距離ではない。


『ぜえ、ぜえ。たまにはカメも頑張りますよ!』


 必死で進むカメに、更にコメントが盛り上がる。


『頑張れ! カメさん!』

『急いで! このままじゃ、追いつかれちゃうよ!』

『ウサギ、めちゃくちゃ速いよ!』


 ウサギはグングンとカメに迫っていく。それに比例して動画の視聴数もコメントも伸びていた。

 カメの動画のコメント欄から、ウサギの異常な足の速さが拡散されているのだ。


『あいつ、化け物かよ!』

『ウサギって、こんなに速かったのか!?』


 コメントをチラリと見たウサギは、胸が高鳴っていくのを感じた。

 今までどれだけ速く走っても、誰も見てもらえなかった。でも、今は違う。

 やっと自分を見てもらえた。それがひたすら嬉しかった。

 嬉しくて、嬉しくて、その気持ちを力に変えて、とにかく走った。


「…………あ」


 しかし、ウサギは何かに気付いて足を止めてしまった。

 いきなり放心をしてしまうウサギ。そして、その間にカメがゴールをした。

 結局、勝負はカメの勝ちである。

 その後、息を切らせたサルがウサギに追いついた。


「ひい、ふう。ちょっと、ウサギさん。なぜ止まったのです? あのまま走れば、勝てましたよ」


「すまん。嬉しくて、つい……」


「嬉しい?」


「俺の動画が、カメの視聴数を超えたんだ」


 その足の速さが強烈にバズって、とうとうカメの視聴数を超えていたのだ。

 それがあまりに嬉しくて、ウサギはつい足を止めて放心しまった。


「お、おおおおおおおおお!」


 これにはサルも大喜びだ。最後の最後で、目標を達成していたのである。


「なんだよ。お前、泣いているのか?」


「なにをおっしゃるウサギさん。あなたこそ目が真っ赤ですぞ」


「元々だよ」


 かけっこでは負けた。コメントは少なからず荒れている。

 今回の出来事を物語と呼ぶのなら、ウサギは寝すぎたせいで負けた愚かな悪役として描かれるだろう。完全に裏方に徹していたサルは、登場すらしないのだろう。

 それでも、ウサギは自身の目標を達成して満足だった。自分だけが知る物語が、確かにここにあったのだ。


「ですが、ウサギさん。これで満足してはなりませんぞ。ここからです。我々はこれからもっと有名になるのです! 我らの野望は始まったばかりです!」


 それと、少しヘンテコな相方もできた。寂しがり屋のウサギとしては、これが最も嬉しかったのかもしれない。

 もちろん、それを言うと、サルは間違いなく調子に乗るので、絶対に口にはしない。


「ま、今日くらいは祝ってもいいでしょう。よし、このサルがご馳走をしてあげますぞ。ちょうど近くに私が仕込んだ柿の木があります。やたらとウスやらハチやらに気に入られているうざったいカニがいるのですが、奴をぶちのめして、私が美味しい柿を調達してまいりましょう。楽しみに待っていてくださいね!」


「おい、馬鹿! やめろ! 嫌な予感しかしねーぞ!」


 ニンゲンに近い知能を持つサルなのだが、実はアホではないかと、最近になってウサギは思い始めていた。

 いや、高位生物と思われているニンゲンも、本当はアホなのかもしれない。

 その後、完全にやらかしてしまって大ピンチとなったサルだが、裏からウサギが手をまわしたおかげでなんとか事なきを得た。それは後に『さるかに合戦』と呼ばれる物語の隠された裏話へと続くわけなのだが、それはまた別の話である。

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