澆季

三鹿ショート

澆季

 今では、どのようなものも取り合うようになっていた。

 不味い食物であろうとも泥水であろうとも、腹を満たし喉を潤すことができるのならば、人々はそれを求めていたのである。

 だが、人々が何よりも求めているものは、快楽だろう。

 相手が生命活動を終えようとも、人々がその肉体を汚し続けている光景を何度も目にすれば、自然とそのような思考を抱く。

 そして、使用することに抵抗を覚えるほどに劣化すると、その肉体に火を放ち、別の獲物を探しに向かうのである。

 だからこそ、私は彼女を隠し続けていた。

 食物を探しに行く際は、危険だが必ず一人で行動し、自宅に戻るときは尾行している人間が存在していないかどうかを確認しながら、遠回りの道を行っていた。

 それが功を奏したのか、今のところ、私以外の人間は彼女の存在に気付いていないようである。

 彼女は私に苦労をさせていることが申し訳ないのか、何度も謝罪の言葉を口にするが、私は常に笑顔を向けていた。

 愛する人間のためならば、私はどのような労苦も厭わない。


***


 その日もまた、私は食物を探すために家を出ていた。

 途中、一人の女性に対して、複数の男性たちが群がっている光景を目にした。

 何をしているのかなど、想像するに難くない。

 男性たちが恍惚とした表情を浮かべ、涎を垂らし、激しい運動を繰り返している一方で、女性は涙を流しながら助けを呼んでいた。

 そのとき、私は女性と目が合った。

 失態だと思ったときには既に遅く、女性は私を呼び止めた。

 男性たちは揃って私に目を向けるが、私を追い払うような真似をすることはなく、仲間に入るかどうかを問うてきた。

 彼らが私に危害を加えるかどうかは不明であり、親切から声をかけている可能性も存在したが、私は彼らを刺激することがないように言葉を選び、誘いを断ると、足早にその場を去った。

 背後から私を責めるような声が聞こえてきたために、私は耳を塞いだ。


***


 女性を見殺しにしたということを伝えた場合、彼女は私にどのような態度を見せるのだろうか。

 笑みを浮かべながら食事を進めている彼女を見つめながら、そのようなことを考えた。

 彼女は、外の世界の事情を知っており、それに加えて、私だけが食物を運んでくることに対して申し訳なさを覚えているために、私を責めるような真似をすることはないだろう。

 しかし、かつての私の姿を知っているために、人間が変わってしまったと落胆するに違いなかった。

 だが、私が彼女を支えているように、他者のために動こうとする人間など、今の時代には存在していない。

 もしも私が、かつてのような言動を続けていれば、彼女と生活を開始した数分後には、道端に転がり、彼女の肉体が汚される様子を見ることになっていただろう。

 今や正しい人間が生き続けることなど不可能であり、誰もが明日を迎えるために必死に生きているのである。

 ゆえに、私がくだんの女性を見殺しにしたことは、仕方の無いことなのである。

 しかし、私は自分のことを情けない人間だと思っていた。


***


 食物を入手し自宅へ戻った私は、開いている扉を見て、一瞬にして血の気が引いた。

 何時間も探してようやく入手した食物をその場に落とし、私は自宅の中へと急いだ。

 果たして、彼女は見知らぬ男性たちによって、その身を汚されていた。

 呆然と立ち尽くす私に気が付いたのか、彼らは揃って私を見た。

 そして、全員が同時に、醜悪な笑みを浮かべた。

 彼女は抵抗したのだろう、男性たちの顔面や身体には、引きかき傷が多く出来ていた。

 だが、今の彼女は、何の抵抗もしていない。

 生命活動を終えていることを考えれば、当然のことである。

 私は叫びながら、彼らに向かっていった。

 多対一であるために、敵うことはないということは理解していたが、相手の顔を憶えるには充分な時間だった。


***


 傷が癒えると、彼女を襲った人間たちを探しては、一人ずつ始末していった。

 やがて、全員の生命を奪うことができたが、達成感などというものは存在していなかった。

 何故なら、何をしたところで、彼女が戻ってくることはないからである。

 何のために生きるのか分からずに放浪していた中で、私は再び、一人の女性が襲われている光景を目にした。

 その女性は、私と目が合うと、やはり助けを求めてきた。

 その姿が、襲われていた際の彼女と重なった。

 全員の毛が逆立つような感覚に陥ったが、私がその女性を救うことはなかった。

 彼女を救うことができなかった代わりに、彼女と同じような目に遭っている女性を助けたところで、その行為には何の意味も無い。

 私に助けられたとしても、別の男性たちに襲われるのが落ちである。

 ゆえに、私はその場を後にした。

 私を責めるような声が聞こえてきたが、罪悪感は無かった。

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澆季 三鹿ショート @mijikashort

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