第32話 どうして俺を殺したの①

「悟。手に持ってるそれを、ドアのハンドルに差し込んで」


 ダイニングルームのドアは内開き。アイアンのステックハンドルの間に棒を一本通すだけで、侵入者はこの部屋に入ることができない。健斗から目を離さず、言われた通りに後ろ手で金槌をドアに通した。


「神田先輩に、邪魔をされたくないからか?」


 都合が悪くなると答えなくなるのはいつもそうだ。


「沈黙は肯定と受け取るぞ」

「ちょっと! 神田先輩がこの部屋に入れないじゃない!」

「佐々木さん。ちょっと、これ食べない?」

「え! なになに、チョコレート⁉ くれるの?」

「うん。はい、お口、あーん」

「あーん」


 なぜか目の前でイチャイチャを見せつけられている。

 佐々木がもぐもぐと口を動かし首を傾げる。バタンと床になにかが落ちる。それが崩れ落ちるように床に転がった、佐々木の身体であるということに一呼吸おいて気付く。


「佐々木さん、お酒に弱いから、ウイスキーボンボンを食べると一時間昏睡する」

「なにその体質、こわっ」

「本当は、佐々木さんもこの場に呼びたくはなかったけど、引き離す手段がなかった」


 ぐっすりと寝息を立ててる佐々木を一瞥し、とりあえず毒物を口にしているわけではないことを知り安心する。おそらくこれからの所業を佐々木と神田先輩には見られたくない、のだろう。


「さて、役者は揃った。推理を始めよう」

「健斗。今は咎めないよ。でも後で必ず訳を聞く。お前の口で、ちゃんと、聞く」

「依頼は、――『俺を殺した犯人を知る』こと。この屋敷に訪れた人物は四人。依頼者である彼は、この屋敷で殺された」


 集められた三人をじっとりと眺め、健斗はため息をついた。


「そっか。お前ら三人、全員か。悟。――ありがとう」

「ちょっと待って、健斗」


 集められた彼らをチラリと見る。

 彼らは異常に大人しい。奇妙だ。健斗が彼らを脅していたのは数十分前のこと。下手な脅しで犯人が供述するはずがない。むしろ煽って逆効果だ。それからなにがあった?

 怯えるような顔、青ざめる顔。


「……健斗、健斗が依頼者の願いを叶えることが目的だとしても、俺は止めるよ。復讐なんてさせない。そんなことをしても……、いいや、俺はそんなことを言いたいわけじゃないんだ」


 それがその人の願いだとしても、俺は正しくないと思う。――『復讐は間違っている』なんて、つまらないテンプレートな正義感からそう抗議しているわけじゃない。


「俺は、櫻木大和さんがどうして死んだのか、どうやって殺されたのかを全部見た。犯人が彼らであることも全て知った。……どうして殺したのかも知った。全部知った。分かっちゃった」


 健斗に初めて出会った黒猫の事件からそうだったんだ。

 俺は心が読めるだけじゃない。その場にあった出来事、その人がどんな経験をしたのか、その人が死んだ後の出来事も。空から地上を俯瞰する鳥のように、すべて見通して。感情も、想いも、行動も、全て知ることができる。


「櫻木大和さんが本当に知りたいのは、彼らが自分を殺した理由」


 健斗は彼らになにを、言ったんだろう。


「話さないなら、俺が全部、話すよ」

「仕方なかったんだ。少しだけ、少しだけ痛い目を見てくれたら……殺すつもりじゃ」

「おい、朔弥。お前っ」

「もう、無理だよ。湊さんの言いたいことも分かる。あいつがちょっとくらい、僕らの気持ちを分かってくれれば――。天才じゃなきゃ、よかったんだ。今でも真っ当に生きられたはず」


 あんなことをしなくても良かったんだ。

 と、八代はぼそりと呟いた。


「それが本音?」

「そうだよ」


 八代の表情は晴れやかに、少し涙ぐんでいる様にも見える。


「――それ、半分本当で、半分嘘だ」

「え?」

「八代朔弥さんは、櫻木大和さんをこの洋館に呼び閉じ込めた。彼を行方不明にし、堕ちたオーディションの代役をかってでた。貴方は代役を見事に演じきり、大成功を収めた。うなぎ上りに仕事が増え、今じゃテレビで見ない日はない」


 彼らを初めて見たあの時、俺はどこかで見たことがあると感じた。知り合い? いいや違う。顔を見合わせたことはない。帽子を深くかぶっていた。それは顔を見られたくない理由があったから。


「ふたりに隠れていたから気づかなかったけど――、八代朔弥さん。貴方、俳優の永代朔弥ながしろさくやさんだ」


 焦燥、爆発するような感情を抑え、口は平常心を。


「なにを言っているんです?」


 演者だ。表情とセリフには一切の感情が込められていない。

 目の前にいるのは誰かを演じ切るプロ。体験したことがないことを、あたかも体験したように演じ、観たものの心を震わせる。心が読めなかったら、きっと騙されていただろう。


「俺には演技なんてボロ布をまとっているようにしか見えない」


 彼の演技はプロの俳優そのものだった。心の中の動揺を見事に隠し表情には決して出さない。けれど俺は、彼より演技が上手い相手と対峙したことがある。彼と比べればこれはただの模倣に過ぎない。俺は完全に騙されたのだ。幼馴染である自分を欺くほどの演技力の持ち主に。

 彼と比べたら――……。


「この屋敷に僕らを呼んだのは、君?」


 俺がなにも答えられないでいると八代は腕組みをする。


「君は僕を疑っているようだけど、君のいうことはただの妄想だよ。どこにも証拠がない。証拠がないのに犯人扱いだなんて、そんな探偵、三流以下だ」

「分かってる」

「分かってる? そもそも彼はこの洋館に死体があるといってたけど、それと僕らになんの関係が? 僕らは雨に降られてたまたまここに立ち寄っただけだ」


 落ち着け。会話のペースを向こうに取られている。

 これじゃあの黒猫の事件と同じだ。全く変わってない。証拠なんてない。あの死体が誰か分かったのもこの能力のおかげ。

 それはどんなに主張しても証拠にならないのだ。

 この能力は空虚だ。ただの妄想と吐き捨てられる言いがかり。


「八代さん、あんなに櫻木さんと仲が良かったのにどうして殺したんだ」

「だ、か、ら、誰なんだ櫻木って! 僕らは知らないよ」

「嘘を言うなっ! あんなにっ!」

「君はなんだ、探偵気取りもいい加減にしろ! 僕の正体を知って僕について調べたのか? それで知り合いが行方不明になっていると知って、疑いをこちらに? よくもまぁそんなくだらない妄想を吐けるものだね」


 もどかしい。彼が犯人だと分かっているのに。心を読めば全部お見通しなのに。健斗はじっと俺の様子を見ていた。ポンと肩を押され健斗は歩を進める。


「悟。まずは冷静に推理をしよう。初めに貴方たち三人がここに立ち寄った理由をお聞かせ願いませんか? ここはかなりの山奥です。来るにはだいぶ苦労したでしょう」


 彼らは言っていた。ここに来たのは大学時代に映画を撮ったから。山奥の洋館に辿り着いた三人。洋館に住まう殺人鬼。この状況に酷似しているシチュエーションであるが、おそらく彼らはこの映画を撮った時は人数が違ったのだろう。

 健斗は俺を探偵にしたいらしい。どうしてそんなことをするのか、そんなことを考える余裕はない。ここは健斗に乗ることにする。


「俺はさっきこう言った。『依頼は、――『俺を殺した犯人を知る』こと。この屋敷に訪れた人物は四人。依頼者である彼は、この屋敷で殺された』貴方たちが大学生の時に撮った映画は、洋館に来た三人と、殺人鬼の一人。つまり最低でも四人が必要だ。けれど貴方たちは三人。一人足りない。どんなトラブルがあったのかは分からないけど、一人はどうしてもここに来れない理由がある」

「一人足りないからそれを殺しただなんて、言いがかりもいいとこだ」


 俺は探偵としては未熟で誰かに導かれなければ答えに辿り着けない。あの通路にいたからこそ彼らを観察することができた。確信的な証拠はない。ただ、人の心を読むことができるからこそ、人が嘘をつく時にどんな行動を取るのかをよく知っている。

 矛盾しているのだ。言動と行動が。


「そう。――言いがかりなんです」

「え?」

「大学の時にここに訪れて映画を撮ったとしても。その人数が当時と変わっていようと。地下室に死体があると言われたとしても。その死体と自分達が関わっているなんて言いがかりをつけられたとしても、普通はすんなり受け入れない。健斗の脅しに対してすぐに冷静になるなんて変だ。地下室に死体が見つかった、そう言われたら佐々木さんみたいに健斗を問い詰めるのが通常の反応。それをせずに受け入れるなんて、あらかじめ、そこにあることを知っていたみたいじゃないですか」


 健斗が地下に死体があると言った時、佐々木だけは知らないようだった。健斗に問い詰め騒いだ声がこっちにまで聞こえていた。それに対して彼らは冷静だ。その後になにか会話があったとしても彼らは恐ろしいほどに静か。佐々木と違ってなにも疑問を持っていない。

 ――なんで俺らの中に犯人がいるって?

 彼らはここに呼び出された理由に対して疑問を持っていないのだ。


「この屋敷に呼んだのは、俺ではない。でも俺が知った相手だ。その彼は地下の死体の彼から依頼を受けた。どうして自分を殺したのか。そして当時の関係者をなんらかの方法で集めて、俺たちの合宿にこの屋敷に来るように手配した。初対面のフリをして。相手のことをみっちりと調べて」


 そういえばこの屋敷に彼らが来た時、佐々木は健斗の顔色を妙に伺っていた。普段は健斗のことなんて気にせず行動する彼女にしては珍しい行動だ。佐々木にとっては彼らの訪問はイレギュラー。健斗にお伺いをしなければならないほどの想定外だったのだろう。

 しかし、健斗はおそらくそうではない。俺に事件を解決させるため、健斗がこの屋敷に彼らを呼んだのだから。


「だからそれは誰なんだ!」

「まぁ、まぁ。悟。――あと他に推理は?」


 健斗は俺の推理を期待している、いいや。そうじゃない。俺だからこそ分かる心の声を読めと言っているのだ。今ならば筒抜けになっている心の声を。


 だけど。

 俺は、健斗の右手を見る。そこには包帯が巻かれている。

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