第31話 仕立て上げられた、探偵

「超絶美少女探偵、佐々木恵梨が来たからには! 事件はちゃちゃっと解決よ!」

「どこにいるんです? 超絶美少女探偵」

「ここにいるでしょ!」


 ダイニングに集められたお客が三人。探偵は二人。

 推理小説のクライマックスならば、交通網を両断された陸の孤島で、窓に打ちつけられる雨風を聴き、探偵が血塗られた事件の犯人について推理を披露する。犯人はお前だ! 証拠はあるのか! と言い合いになり、探偵が理性的に推理を披露する見事なエンディング。犯人は探偵の推理に慄き、自らの罪を認めるのだ。

 ――しかし、探偵が迷探偵でなければ。


「健斗くんもう! 打ち合わせもしっかりしたでしょ⁉ 私を名探偵にしてよ!」

「……佐々木さんを名探偵にする、ねぇ。考えただけで蕁麻疹が……アレルギーなのかも。佐々木恵梨探偵アレルギー。生理的に無理というか。ダメです、眩暈が」

「なんでよ!」


 健斗はどうしても佐々木に探偵役をさせたくないらしい。が、そうも言ってられない。我々の命運は彼らにかかっているからである。

 佐々木さん、健斗のことは無視して思う存分振り回して。


「悟くん」


 バッテリーが点滅をしているスマートフォンは朝八時。

 こちらに外の光は届かないが、外はすっかり日が上がったのだろう。使用人通路は洋館のどこの部屋にも面している。よって耳をすませば外の様子が分かった。こちらからは起きた出来事がすべて筒抜けなのだ。捜査には非常に都合がよく、外に出る手段がないことだけがデメリットだった。


「僕らは僕らで最後の推理をしましょう」


 外から聞こえる健斗と佐々木の声。


「みなさんをここに呼び出した理由は……」


 ダンっ、と破裂音がした。おそるおそる耳を澄ますと、どうやら健斗が机を叩いたようだ。


「この洋館には死体がある。それが何者なのか、貴方たちは知っていますね?」

「――……ちょっと待ってぇ、健斗くん!」

「貴方たちはここに呼び出された。その理由をご存じのはず」

「えっ、えっ、え? その情報、私にも教えてくれないかな⁉」

「面倒だから。佐々木さんが演技できるとは思えないし」


 大丈夫だろうか。――大丈夫だろうか……?


「死体、って、え? なんで?」

「口を割った方が身のためだ」

「そもそも死体は、さ? ねぇ! 健斗くん!」


 佐々木さんは知らなかったんだろうか。ここの所有を任されたのなら建造物の構造くらいは把握しているはず。不動産に詳しい佐々木さんならばこの通路の存在に気がつくはず。


「なんで俺らの中に犯人がいるって?」

「います。自白するなら今のうちだ。早く答えろ」


 神田先輩がちょいちょいと肩をつつく。覗き穴の向こうに気を取られていた俺は驚いて飛び上がる。


「……健斗くんは、もう犯人がわかってるのかもしれませんね」

「あ、ぁあ?」


 そうなのだろうか。俺には彼らを煽っているようにしか聞こえない。証拠もない。煽っても彼らを怒らせるだけだ。それとも健斗にはなにか確信があるのだろうか?


「お兄ちゃんの能力ってさ、本当に人の心が読めるだけ?」

「……読める、だけ?」

「うん。お兄ちゃんは本当に観測者でしかないの?」

「なにを言って……俺は読むことしかできないよ。心を読むだけ。それ以上のことは」

「やってみたこと、本当にある?」


 真っ黒な双眼がこちらを覗いている。それはまるで深淵から覗く悪魔のようでゾッと背筋が凍る。


「ない。試したことはない」

「なら。やってみよう? お兄ちゃん。あのお兄ちゃんが……罪を犯すのは嫌でしょう?」

「なんで? 健斗が、なんの罪を」

「知りたい?」

「いや、なんか嫌だ」


 くすくすと笑う口元。こちらを観察するような瞳。楽しそうだ。きゃいきゃいと子どもみたいに遊びたいと乞う無邪気な時とは違い、俺を遊び道具として見ているユウがそっと耳打ちをする。


 ボクが手を貸さなくともお兄ちゃんはこの問題を自分で解決できるはず、だ――。


「触れて、意識を彼に」


 ユウに唆されるままミイラ化した肢体の胸元に手を当てる。

 ごつりと皮と骨を直に触る。手は少し震えている。小学校の理科室にあった白骨標本を触った時とはまた違う。目の前にあるのは作り物のプラスチックではない。掌を皮膚に当てるとより一層生々しい感触が伝わってくる。生命だった頃、人体を支える骨格。

 人間の死体なのである。


「……ふぅ」


 息を吐く。なぜ死んだのか。あなたは誰か。手を当てて分かったのなら警察などいらない。そんなことが分かったら苦労しない。それでもユウの言われるがままにそうしたのは。


「誰、なんだ君は」


 恐怖は無い。目の前にいるのが正気のない骸骨だろうと意識は落ち着いている。自分でも不思議なくらいだ。それよりも目の前にいるものに意識が向く。どうして君はここに閉じ込められてしまったのか。

 どんな死に方をして誰がこんな目に遭わせたのか。

 教えて欲しい。

 知りたい。


「君はなにを後悔してるの」


 頭をコツンと委ねて目を閉じた。祈るように。濁流のように記憶が傾れ込む。そういえば健斗と黒猫の事件を解決した時も、こんな風に猫たちが語りかけてきた。どんなに苦しく惨たらしく殺されたのか。自分たちがなにを望むのか。健斗が死者の魂の願いを聞くやしろだとして、その願いを聞き届ける者は誰なのだろうか。

 もしかしてそれは。


「お兄ちゃん。お兄ちゃんはボクに助けて欲しいと願ったけど、ボクはその願いを叶えることはできない。ボクらはなにも残せない。誰の記憶にも残らない。だからボクらは、ボクらの声を聞いてほしいと願うんだ。お兄ちゃんはボクらにとって灯火そのもの。だからみんなお兄ちゃんを欲しがる」


 それはそうだ。死者は生者になにもできない。それは俺が当たり前に考えている信念だったはず。あの黒猫の事件の時も健斗にそう言った。俺は幽霊なんて信じてはいなかった。


「お兄ちゃんは人を羨んだことはある? きっと誰だって一度くらい、他人を羨ましいと思ったことがあると思うんだ。ボクらはどうやったって生きていた頃には戻れない」


 ユウは耳元で囁く。


「あのお兄ちゃんは、能力を制御されている。本来持つべきじゃなかった能力を生者の身に宿したために、少しでも体を持たせるために能力を制御している。能力を使い続けるほど自分の生命力を削る。そういうデメリットがあっても不思議じゃないよね」


 あの黒猫たちも、ストーカーをしていた彼女も、おそらくこの死体の主も。健斗を頼り自らの願いを伝えた依頼者だった。夢の中で見た、俺が忘れてしまった過去。想いを伝えられない彼らの想いを解き明かす、そのこと自体が与えられた役割だとしたら。

 健斗の姿を取り、殺されそうになった俺を助けてくれたのは誰なのか。


『別に。お前を助ければ、俺が得をするからだ』


 どうして俺を助けたのか。


「もしかして、健斗の役目って」


 ユウの口元が笑う。クスリと笑って嘲るように。あぁ、やっと気づいたんだね。どんなにヒントを与えても気づかなかった謎に、気づくまでどれだけ時間を有したのかと馬鹿にするように。


「――この洋館には被害者と被害者を殺した犯人、依頼者から犯人を捜すよう依頼を受けた探偵がいる。俺は、俺を閉じ込めた人も三人の中の誰かだと思っていた。けれど違う。この館には、殺された被害者から直接、依頼を受けることができる探偵がいる」


 俺がここに閉じ込められたのは、ただ死体を見てしまったからだと思っていた。けれどよくよく考えればおかしいのだ。死体が隠してあった通路が開いているはずがない。初めからこの通路に誘導され、何者かは背後でこっそりと追いかけていた。この使用人通路は外の様子を得るに都合が良すぎる。

 まるで、探偵として仕立て上げられているような、違和感。


「探偵は事件を解決することが目的の、ハズだ。けれどその探偵はただの探偵じゃない。この事件の探偵は犯人を見つけることが目的じゃない。探偵の役割はその先、依頼者の願望を叶えること」


 人の心を読む道具。

 お前の役目は――俺がいて初めて完遂できる。

 いいや、俺がいなければ絶対にその役目を全うできない。


「――俺の読心能力を知っている人物は、この館にひとりしかいない」


 この洋館に訪れたその日に訪問者が三人。部屋をずらしたために二人部屋になったのも、疲れて早く寝てしまったのも、誰もいない時間に俺を呼び出し閉じ込めるため――。

 俺に、犯人を探し出してもらう、ため。


「神田先輩。ここから出ましょう」

「え。でも、僕らを閉じ込めた犯人が誰なのか分かっていませんよ」

「いいんです、それは。それより、金槌が落ちてませんでしたか? おそらくそれには血がついているはず」

「金槌。あぁ、それならここにあります」

「――証拠だから、外ではなくて中に隠しているはず。事件を解決して、俺たちを解放した後にこっそりと回収するために」

「悟くん、これですよね?」

「……そうそう、柄はこのくらいで、頭に血がべっとり……って、えぇ! 持ってたんですか⁉」

「はい。悟くんが向こうで話してる時に見つけました。けれど、策もないままここから出るのも危険ですからね」

「確かにそうですけど!」


 神田先輩は素知らぬ顔。天然なせいで変なところで振り回される。探偵部には佐々木さんといい、神田先輩といい、他人を無意識に振り回すのが性分なのだろうか。

 いいやよそう。ここから出る道具は確保できたのだ。


「……本気で殴らなくてもよかっただろうに」


 ハンマーについた血を拭う。


「これでドアを?」

「そうです。ぶっ壊しましょう」


 ぶっ壊す。神田先輩が反芻する。


「俺らを閉じ込めた犯人が分かりました。彼は俺らを殺すつもりはない。……詳しく説明ができません。信じてもらえないかもしれませんが殺意はない。これだけは保証できます」

「ふぅむ。僕らにもう推理できる情報もない。乗りました。ぶっ壊しましょう」

「本当に良いんですか?」

「なにがです?」

「え、あの、……案外すんなりと了承するなと思いまして。俺の推理が間違っていると思わないのかなと」


 神田先輩は首を傾げこちらを見る。


「なにを怯えてるのです? 自信、持ってください。僕は悟くんに賭けただけ。面白そうな方に選んだだけ。悟くんが失敗しようがしまいが、君の責任じゃない」


 嘘偽りなく、なにを当然のことを恐れるのか? 彼にとって俺の行動こそが不可解だったのだろう。


「それに、後輩の失敗をフォローするのは先輩の役目。悟くんがそうするのなら僕は君を信用して乗るだけです」


 この人とここに閉じ込められてよかった。俺一人だったのならば心細くてなにもできないままだったろう。もしかしたらあえて、神田先輩を選んだのかもしれない。


「早く壊しましょう。早く出ないと、いけないんですよね?」

「……止めないと。目的が違う。犯人を特定することじゃない」


 この通路には置いていなかっただろう金槌。

 ハンマーの片方は丸く、片方は釘を抜くために鋭利に尖っている。俺は血がついていない釘抜きの方を思いっきり振り下す。

 ガチン、と金属が弾かれる音がする。

 ドアはミチミチと音を立て壊れていく。

 おあつらえむきに置かれた金槌と、俺が気絶した時に見た金槌。

 ――いざとなったらこの金槌でドアを叩いて出ろ。


「あぁ、久しぶりの外ですねぇ」

「神田先輩。俺、先にダイニングに行ってますね」


 金槌を握りしめたまま走り出す。

 早く、早く、あいつの元に。ダイニングのドアを開けると、目に飛び込んできたのは健斗と佐々木、そしてあの三人だった。


「……どういう状況だ?」

「悟。あぁ、出られたんだな」

「お前、どの口でそれ、――言ってんだ」


 健斗の目は冷ややかだ。


「いや、今はいい」


 あいつが俺を利用するために近づいてきたのかもしれない。

 そんなことは、何度も何度も考えてきた。


「俺、犯人が分かったよ。殺されたあの人の名は、櫻木大和さくらぎやまと。そして犯人は」


 健斗に対するように座る三人を順に見る。


「――ここにいる、お前たちだ」

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