第30話 復讐

「なるほど。以上が悟くんが持っている情報ですか」


 ここに閉じ込められていた神田先輩のために、自分が持ち得る情報の全てを開示する。話聞いた会話以外にも、――心を読み得た情報を彼らが話した情報であるかのように。


「佐々木さん、カップ麺を買ってきたんですね」

「そこですか?」

「去年はキャンプをしたのですが、その時はカップパスタを買ってきまして。外で食べること自体が珍しいので楽しいそうです」


 神田先輩が気になったことはそこなのか。他に気になる点はあっただろう。神田先輩にとっては重大なことだった。表情を曇らせ困った表情をしながら申し訳なさそうに口を開く。


「カップ麺かぁ、事件を解決した後の晩餐にしてはやや物足りないですね……」

「や、やる気は出しましょ、神田先輩!」


 推理力を誉められたものの神田先輩の鋭い視点も捨て難い。カップ麺だからと気を落とされれば敵わない。

 早くここから出て事件を解決させなければ。


「神田先輩って、なんでオカルト研究部に入らなかったのかなと不思議だったんですけど。こうして話していて思ったんです。ここに一緒に閉じ込められたのが神田先輩でよかった」

「オカルト……あぁ、僕が好きだから? オカルト研究部は姉さんがいるから会いたくなかったんだ。姉さんはその手の話をすると止まらないから」

「神田先輩もあまり変わらないとは思いますが」

「そう?」


 頭に疑問符を浮かべながら神田先輩は首を傾げる。あざとい言動が多い先輩だが、顔が良いのでそういう言動は控えたほうがいい。おっとりとした性格と甘いマスク。なんだか少し頼りなさげに見えるけれどやることはしっかりやる良い先輩。ぽわぽわとしているので彼と話しているとなんだか毒気が抜けていくような感覚がある。

 健斗はなぜ毛嫌いをしているのか。そこだけがよく分からない。


「神田先輩、なにか策はあるんですか?」

「策。――詰んでますね。犯人がどうして僕らをここに閉じ込めたのか分からない。ただ出ても僕らは犯人に殺されるだけ。佐々木さんと健斗くんと連絡する手段は途絶えている。僕らにあるのは謎を残した一体の死体。犯人がその死体の復讐を遂げた後、僕らを始末しに来るかもしれません。……あまり時間もないでしょう」

「健斗と連絡がつけば……、あ」


 神田先輩から離れ、死体を改めて確認する。


「神田先輩、この人って自分をここに閉じ込めた犯人を恨んで死んだんですよね?」

「そうですね。爪を引っ掻き、死に物狂いでここから出ようとした」

「あれ、それなら、健斗のところに……?」


 この死体の主は、自分をここに閉じ込めた犯人を恨んで死んだはずだ。健斗は言っていた――『俺の元に来るのは、死してなお叶えたい願いがあるものだけ』だと。


「健斗は俺らがここにいることに気づくかもしれません」

「それは難しいと思うよ、お兄ちゃん。あのお兄ちゃん、ボクらは視えてないんだよ。お兄ちゃんが視えなければ無駄だと思うけど?」

「願いの違いだとすれば? ユウは別に誰かに復讐したいとか思ってないでしょ。健斗に視えるのは強い願いを持った霊だけ――? 健斗が契約したのはそういう神様だから」


 ユウのように、際限なく生み出される願いに対してはどうしようもない、と健斗は言っていた。


「なにさ、ボクの力が弱いっていうの⁉」

「そんなことは言ってないだろ。ユウは今まで見てきた中で『誰かと遊びたい』という想いは一番だったよ」


 無残に殺された猫。

 振り向いてもらえなかった初恋の人を想う盲目のストーカー。

 健斗が見ることができる霊は、死した後でも届かない思いを抱えるものばかり。その思いは誰にも届かず歪みを生んだ感情。

 能力があるから救うことができる。

 けれど、それはやりたくてやっていることではない。その役目を与えられ、そうあるべきと定められてしまったから。いいや、やらざるを得ないようにがんじがらめに囚われているから。


「健斗は、彼を救おうとする。願う依頼者がいる限り……」


 もし、今回も健斗に依頼をした者がいて、それが彼だとするのならば。彼はどうしてここに閉じ込められ、どうしてここで死んだのか。どんな願いを健斗に託したのだろうか……。

 もし、彼を殺した犯人があの中にいるのならば誰なのか。


「悟くん、君が話している少年は誰です?」

「あ」

「健斗くんが復讐とかなんとか、どういうことです?」

「あ、いや! フクシュウ……復習ですよ! 起こったことをもう思い返して復習! 見落としてることがあるかもなぁーって!」

「フクシュウ。あぁ、なるほど。確かに見落としていることがあるかもしれませんね」

「そう! この死体についても、ほら、暗くてあんまり観察できてませんし……!」


 危ない。

 急に割り込んできたユウに睨みを聞かせ神田先輩との会話に戻る。

 なぜいきなり割り込んできたのか。

 急いで神田先輩と距離を取り、ユウに耳打ちをする。神田先輩の視線を感じたものの、ここまで距離を取れば会話の内容は聞かれない。


「ユウ、健斗に連絡することはできる?」


 幽霊なんだから壁を抜けることができるはず。できる、よね? 幽霊ってそういうものだろう。けれどユウは不機嫌そうにほおを膨らませて拒絶する。


「嫌。なんでボクがそんなことしなきゃいけないのさ」

「俺が殺されてもいいの⁉」

「お兄ちゃん。別にそれはもう死んでるボクには関係ないよ。むしろボクは、」

「あぁ、もうっ! ユウが健斗に俺らの居場所を伝えるしかないと思ったのに……!」

「あのお兄ちゃんボク、嫌いだし。お兄ちゃんの方が好きだし。お兄ちゃんがここにいて、ボクと同じになってくれればボクはずっとお兄ちゃんとあそ……」

「俺は健斗を止めなくちゃいけないんだ。殺されたから復讐するなんてそんなことはおかしい。そんなことをしたってその人は生き返らない。俺は……止めなくちゃ。救わなくちゃいけないんだ。死んでしまったこの人が、復讐を望んでいようとも!」


 健斗は死者の願いを叶えるためにあり、望まれればその思いを否定しない。それが復讐であっても。健斗に復讐を手伝わせてはいけない。復讐する前に絶対に止めなければ。


「だからお願い……力を貸して」

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