最終章 どうして俺を殺したの
第25話 毎年恒例! 東京学院大学探偵部、夏合宿! 今年の舞台は古びた廃墟! おあつらえむきに訪れた三人の男女! さぁ、推理せよ探偵部諸君。この中に犯人はいる!
「毎年恒例! 東京学院大学探偵部、夏合宿!」
佐々木がこぶしを空高く掲げ、真夏の日差しが肌を焦がす。
単位を修得するための試験やレポート期間も終わり、大学生の長い長い夏休みが始まるころ。実家に帰る予定がなかった俺は、バイトを詰め込みたっぷりと稼ぐつもりだった。
しかし、死んだ魚のような目をした健斗に呼び出され、探偵部の夏合宿なるものに呼び出された。佐々木から話を聞いて面白そうだと思っていたし、そういうものがあるのかと感心した。
俺は、大学生のリア充イベントがないからこそバイトを詰め込む予定だったからであり、好き好んでバイト三昧にしたかったわけではない。夏合宿という心高まるイベントを前にしてバイトを優先させるかというと否である。『へぇ楽しそうじゃん』と話に乗ったつもりだったし、健斗と一緒に百均に駆け込んで準備もしたはずだ。
健斗はなにを勘違いしているのか俺を絶対に連れて行く気満々だった。いや、引きずってでも連行する気だった。健斗が行くなら初めから俺も行くつもりだったのだが――、まぁそれはいいか。
苦痛に顔を歪め懇願する健斗は、とても面白かったから。
「はい! 質問です! ここはどこですか!」
「ふっふっふ! よくぞ聞いてくれたよ、悟っち!」
東京駅から新幹線で二時間。それからバスとタクシーを乗り継ぎ、たどり着いたのは麓の村から山道を進んだ先。健斗が嫌だ嫌だと懇願した理由は目の前にある建造物を見て理解した。
探偵部二年の佐々木恵梨は、明るく活発な変人である。
どこからともなく事件を持ち込み、無理やり人を巻き込んでは紹介料を掠め取る。淹れる珈琲は絶品。好きなものは廃墟。
――そう、好きなものは廃墟。
「パパがね? 去年の誕生日に買ってくれたんだ。好きにして良いって言ってたから、今回の合宿場所にしようかなぁって」
立派な大玄関とシンメトリーな窓。白鳥を模した噴水。
ヨーロッパの風景集を眺めていた時に見た、栄華を極め多額の財を成した貴族の邸宅。それをそっくりそのまま持ってきましたと言われても信じてしまうだろう立派な洋館が建っていた。
かつてはカチャカチャと食器がメロディを奏で、優雅なお茶の時間を慈しんだのだろう。主人は消え去り、洋館があったことも忘れ去られ、誰にも知られず廃れ崩れ落ちていく。
金持ちのお嬢様であることが唯一の利点の、変人に拾われるまでは。
「佐々木さんがお嬢様だってこと、改めて認知したかも」
「え! なんで⁉」
どこで認知したの? と追求を受けた。
なにか感覚が常人とかけ離れている。猫の捜索に十万を出すご近所の奥様といい、やはり感覚はズレている。
「佐々木さん。普通、欲しいから洋館を買ってもらうってことはないんだよ。それは良いんだけど……」
健斗がめんどくさそうに荷物を下ろす。ドサリと降ろされたのはたくさんの掃除用具である。
「これ、人が入れる状態になってる?」
「うん、なってる! たぶん!」
「……たぶん」
「ヘルメットが必要じゃないくらいには住めるよ! 大丈夫。保証する。屋根は崩れてないよ!」
目の前の洋館は立派も立派。だが、人が入らなくなって随分経った廃墟であることは明確だ。近所の子どもたちが肝試しと称して不法侵入してしまうくらい――人ならざるもの、その他諸々の幽霊が出そうなほど鬱蒼と静かで怖い。
「なんか出そう」
「いいですね。最高です。僕、今日を楽しみにしてたんですよ」
期待以上ですよ、といつのまにか隣にいた神田先輩が俺の顔を見て微笑んだ。ふわりと優しそうな笑顔。そして素手で殴りかかってくるかのような膨大な心の声。
ぐらりと視界が揺らぐ。
「悟、大丈夫か?」
健斗が声をかけてきたのは掃除用具を全て運び入れ、それぞれの部屋を割り振った後だった。
玄関に入るとまずホールがあり、そこから廊下が伸びそれぞれの部屋に繋がっていた。俺と悟、神田先輩は二階の部屋をあてがわれ、荷物を置いてくるように佐々木に言われた。
荷物を置いたら各自この洋館の掃除を行うように、と。
要するに雑用をするために俺たちは呼ばれたのである。健斗が嫌だ嫌だと首を振っていた理由はこの洋館が廃墟だからだと思っていた。――が、それを健斗が言わなかったあたり、掃除をするために人手が必要だったからというのも含まれるだろう。
「……ちょっと。疲れただけだから気にしないで」
「そう? 俺、隣の部屋だからなにかあったらいつでも言ってきて。メッセージ入れても良いし」
神田先輩の心の声を聞きすぎた。くらりと酩酊するような感覚は、あの猫の事件を思い出す。
「健斗。そういえばさ」
「なに」
健斗は不機嫌そうに見えた。
見えた、――というだけだから俺がそう感じてしまったからなのかもしれない。伝えるべきか迷っていたことを、ずるずると伝えられなかった。引っかかった骨のように飲み込めなかったのだ。
健斗なら、きっと必要以上に心配してしまう。
「俺、小学校の時に取り憑かれてたじゃん」
「……うん、そうだね」
「アレ、まだ俺のところにいてさ」
「――ぇ」
健斗の表情が固まって視線が一点から動かない。
なにを考えているのか? 健斗の口がパクリと開いて言の葉を紡ごうとした時、遮るように頭の上を指差した。
「といっても、怖いとかじゃなくてこう、頭の上に乗ったり肩に乗ったり自由に遊んでる感じというか。どう思う健斗?」
「え?」
「こいつ、あれからずっと俺に付き纏ってて。昼でも夜でもずっと。どういうこと? 幽霊は夜じゃないと活動できないんじゃないの?」
健斗には見えるはずだ。
俺の首に腕を回し引っ付いてくる少年が。
「べぇーだっ! お兄ちゃんは渡さないもん。ずっと一緒にいるんだもん!」
「……流石にそれは嫌なんだけど」
あっかんべをする少年と健斗の目線が合う、――合ったはずだ。
「……――」
健斗はなにか口元で呟いていた。が、口元を隠されていて読唇することができない。パッと表情を変えてようやく目線が合う。
「お前か。まだいたんだな」
――もしかして視えていなかったのだろうか。
「お前、名前は」
「えぇー、怖いお兄ちゃんには教えたくなぁい」
「答えろ」
首筋に触れられているわけではないのにツンと冷たい感触がする。
「俺も呼びずらいし。教えてほしいな」
少年は名前を決して教えてくれなかった。部屋に一人でいる時に話しかけられるならまだ良い。けれど誰かといるときなら名前が無いことはデメリットでしかない。
「ない、んじゃないのか。名前」
健斗の目は冷たい。
普段からそういった目をしているところを見たことはある。再会してからは頻繁に。怖いと思っていた目。変わってしまったことに困惑した。けれど、その目は俺が危ない道を進まないように釘を刺すための目なのだと気づいた。
「健斗、別に心配しなくてもいいよ。今のところなにをされたとかないし。俺をあの世に連れて行きたいわけじゃなさそうだよ」
「別に心配とかじゃ」
「そう? お前がその目をするときは、俺に対してそう思ってる時の目だと思ったんだけどな」
少年は俺の首にかけた腕をキュッと締める。
「覚えてないだけだし。ない、――じゃない」
グスッ、と湿った声がする。顔を埋めて今にも泣き出しそうに。
「泣かしたー‼ 健斗が小さい子、泣かしたー! なーかした、なーかした! 健斗が小さい子、なーかした!」
「え、ちょっ」
「なーかした! なーかした! かわいそー! なんでそんな酷いこと言うの! 人でなし! 健斗の人でなしぃ!」
「ちょっと、悟。俺は……」
「なんて酷い人なのッ、お母さん許しませんよ!」
「なになに‼ なにか面白いことでも起きた⁉」
「佐々木さんは話を余計にややこしくするから、部屋から出て行って⁉」
バンっとドアが開き入ってきたのは、埃まみれになった佐々木である。エプロン姿に頬に煤をつけ、ワクワクと期待に満ちた瞳をこちらに向ける。
「健斗くんがいじられてる気配を察知! 私もその場に加えていただきたく存じます!」
「よし来た! 健斗がまた俺のこといじめる!」
「うわっ、ひどい。健斗くんの人でなし!」
「お前ら俺のこと嫌いなの⁉」
佐々木さんと顔を見合わせ意思疎通を図る。
面白いから、ただそれだけである。違うよねぇ、と言い合い。でも面白いんだよね、と意見が一致する。
「健斗くんは普段が完全潔白鉄壁超人な分、こう、欠点を見つけるといじりたくなるというか。加虐心をくすぐられる! というか」
「分かる。修学旅行で好きな人を言い合う時の真っ赤な顔の健斗とか、ホントいじりがいがあって……」
「悟っち、その話、詳しく」
キラリと佐々木の目が光る。
「ところで、健斗くんが泣かした子って?」
こそこそと内緒話をしようとした時、健斗は佐々木の手を引っ張って部屋から出て行く。
「佐々木さんは掃除をするんでしょ! 手伝うから悟の部屋から出て行って!」
「なんで健斗くんが悟っちの部屋から出て行けっていうのさ。悟っちの意見は? 君は悟っちのなんなんだよぉ。彼女? 押しかけ女房? それとも心配性のお母さん?」
「いいから! 掃除でもなんでも手伝う! 俺を執事でもなんでもこき使えばいい!」
「本当⁉ 健斗くんを執事にしていいの? わぁい、パパに言っとこー。健斗くん、燕尾服を仕立てるから体のサイズ教えて!」
「……ッ、もういい! 執事になってやるから、もうなんでも命令すればいい!」
腕を引き摺りながら部屋から遠ざかっていく二人の声。なかなかいいコンビである。健斗が見事に振り回されている。おそらく俺が入学する前は健斗と佐々木のコンビで時間の調査をしていたのだろう。俺がいなかった時間が垣間見えるほど、あの二人はなんだかんだと相性が良い。それは入部してから今日まで幾度となく見てきたのだ。
健斗が猫を被らずに素を出せる、数少ない相手。
「お兄ちゃん、ボク、名前」
「あ、そっか」
佐々木の突入でうやむやになったものの、根本的にはなにも変わっていない。
「俺、つけようか? 仮名っていうことになるけど」
「いいの?」
なにがいいだろうか。期待に満ちた目がこちらを向いている。名前名前……こういった感性を問われるものは苦手である。
「ユウ、とか? 英語でユーっていうじゃん? 君っていう意味だけど。ずっと君君、呼んでたからそれを英語にしてみた……。ぅわ、気に入ってない顔」
「安直すぎる。センスない」
「そんなこと言われたって。俺、こういうの苦手なんだよなぁ。健斗ならもっと上手く……」
「良い。それで良いよ」
そうか? と、聞き返したものの返ってくる返信はない。代わりにユウが質問してきたのは健斗のことだった。
「あのお兄ちゃん、ボクの事、視えてなかったよね?」
健斗の驚いた顔、そして口元を隠してなにかを呟いていたこと。思い返してみてもあれはおそらく、目の前にいたはずのユウが視えておらず、なにか呪文のような物を唱えた……もしくは、なにか文句を言った。――のように見えたのである。
「お兄ちゃん、ボクに名前をつけた事、あのお兄ちゃんに怒られても知らないよ?」
「え。なんで」
「そういうのが分かんないくらいお兄ちゃんってほんと……」
まぁいいんだ、とユウは呟く。ふっと体にかかっていた重石が落ちる。振り返るとそこにはなにもなく、窓から吹き付ける風のみ。あぁ、本当に幽霊なんだなと思いながら、ユウが言ったことを思い返す。
健斗に怒られる、名前をつけたことが。
「うーん、でもさぁ。俺だって呼びずらいしぃ」
ユウがいなくなってあたりは静かに――ならなかった。物音がする。ユウと話していたから気が付かなかったがなにやら外が騒がしい。誰かが話している声。二人が出ていってからそんなに時間は経っていない。数分、いいや、一分にも満たないだろう。なのにどうして。
健斗や佐々木さんの声ではない。その二人とは異なる声だ。俺は部屋を出て下を見た。部屋から出ると、バルコニーのように吹き抜けになっており、そこから一階にある玄関口がよく見えるのだ。
健斗と佐々木が誰かと話している。
三人組の男女だ。
誰だろう。
「お願い! うちら、道に迷っちゃって。ここに泊めてもらえない?」
「急に雨が振ってきたんだよ、ほら見えるだろ?」
――雨。
さっき窓を見た時には晴れていたのに、玄関の外から見える空は真っ暗だった。外はバケツをひっくり返したよう。
雷鳴も遠くで聞こえる。
「うーん、部屋は余ってるけど……」
佐々木は腰に箒を差し考え込んでいる。健斗の顔をおそるおそる見上げ、健斗の様子を確認しているようだ。
そういえばこの洋館の部屋ってどのくらいあるのだろうか。
疲れてしまい自分の部屋に引きこもっていたから、まだ洋館の中を見回れていない。掃除をしていた佐々木や健斗、あとはここに来てから興味津々で歩き回っていた神田先輩は詳しいかもしれない。
「部屋は空いてるんじゃない?」
「う、うん。二部屋なら大丈夫かも。さっき掃除した一部屋を使って……」
俺は彼らをじっと見つめていた。化粧が派手な女と、大柄の男。ふたりに隠れるように帽子を深くかぶった男。佐々木たちは受け入れるつもりのようで、三人を奥に案内している。
あれ、あの人。――どこかで見たことがあるような。
「悟っち! もうすぐご飯だから私が呼んだら下に降りてきてね。私はこの人たちの部屋を見繕ってくる!」
佐々木はバルコニーから下を見下ろしていた俺に気づいて手を振ってくる。時間はすでに夕方七時。健斗が無理やり連れて行かれていくのを一瞥し、呼ばれるまで部屋で休んでおくことにした。
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