二章 どうして貴方は振り向いてくれないの

第9話 新人探偵の君には、最初のミッションを命ずる! 一ヶ月以内に、自力で事件を解決し、レポートを提出すべし! 殺人事件も可!

「今年の! 新入生はぁー!」


 講義が終わった後に無理やり連行されたのは探偵部部室。

 一歩踏み入れるとクラッカーが鳴らされタスキをかけられた。なにが起こっているのか分からないまま前に立たされ、佐々木がマイクをこちらに向ける。


「吉沢悟くんでーす! ささ、まずは自己紹介を!」

「……えっと、吉沢悟です。出身は東京」

「趣味は! 好きな本は! 高校時代はなにに打ち込んでましたか? 得意教科、これだけは負けないぞってことは? 今後の意気込み。サークルに入った志望動機をお聞かせ願えないかなッと!」

「なんで最後、面接みたいになったの?」


 マイクをグイグイと押し付けてくる佐々木はさて置いて、部室にいるのはたったの四人。佐々木と、健斗と、俺。

 そして、初日に佐々木と一緒に部室に入ってきた先輩らしき人。

 まだ話したことはなかった。いつも本を読んでいてなんとなく声をかけづらかったからだ。


「佐々木さん、部員ってこれだけなの?」


「いや。いるはいるよ。バイトで忙しくてすぐ帰っちゃうの。所属はしてるけどほとんど顔を出すことはないな。唯一、三年生以上で顔を出してくれるのがこの人。神田蓮かんだれんさんだよ」


 佐々木が紹介したのは、例の先輩らしき男だった。

 神田先輩は、目線を本からふわりと浮かせ、会釈をした。


「神田さんは部長さん」

「……よろしくね」

「あ、はい」


 目線は本にまた戻る。

 だが、その一瞬。はちみつを溶かした柔らかなブロンドヘアが風に揺らめき、シルバーフレームの眼鏡の奥にそれは見えた。ツンと済ました顔がくしゃりと崩れる時、あどけない少年のまなざしがこちらに真っ直ぐ向けられていた。

 健斗とはまた違った方面で人を狂わせそうな人だ。


「こっちも一人ずつ紹介していこー! そういえばちゃんと自己紹介したことなかったよね?」


 そういえばそうだ。健斗が面倒臭そうに頭をかいているのを横目で見る。


「私! 佐々木恵梨。二年。学部は健斗くんと同じ文学部。でも英文学科だから健斗くんとはそこが違うね。趣味は廃墟巡り。事件に首を突っ込むこと。エクストラ、エクストラ」

「……和田、健斗。文学部日本文学科」

「健斗くんに関しては悟くんに紹介することもないからいっか! いいよー、健斗くん。そんなにめんどくさそうに睨んでこないで!」

「佐々木さん、俺のこと去年根掘り葉掘り聞いたもんね。大抵のこと知ってるっしょ」

「だってぇ。初めて会った時は爽やかイケメンって感じだったのに素を知った途端、手のひらくるりんこするんだもの! でも、嫌々だけど付き合ってはくれたよね?」

「……そりゃ、あんなとこ行くような馬鹿が連れてきた……に、俺は迷惑……」

「さ! 次は、ぶっちょう!」


 健斗の心の中はぐちゃぐちゃに混ざり込んで読むことが難しい。ムスッと佐々木を睨みつけ、なにやら口元でぶつぶつ言っている。

 猫の事件で自分は心霊の声を聞いた。霊能力者にでもなったのか? と思ったが、おそらくそうではないだろう。自分は、心の声を読むことができても、心霊の声は聞こえない。


「なんでぇよぉ。廃墟好きなのにぃ。怖いの? 健斗くん怖かったの?」

「違う。そういう問題じゃない」

「じゃあなんで?」

「……いい、もういい」


 健斗は分かりやすくふくれっ面でそっぽを向いている。健斗がもし猫だったら、不機嫌に尻尾をぶんぶんと振っているだろう。


「佐々木さんは、……良いけどさ……」


 健斗の心の中を読んでいるとぐにゃりと意識が歪む。単純に数が多いというのもあるだろうが、乗り物酔いをしたように酩酊の渦に飲み込まれていくような感覚に襲われる。

 意識を強く持っていないと足元から引き摺り込まれて飲み込まれるかのような、深淵の闇のようにそこに光は無く、ただただ恐ろしい。

 健斗は平気だと言っていた。そう、だけど。

 ――健斗がいつか取り込まれてしまうのではないか……。


「で、新人たる悟くんには最初の課題を命じる!」


 考え事をしていたせいか、佐々木の話を聞いていなかった。


「五月中に、自分で一つの事件を解決してレポートを提出すべし! 先輩の力を借りるのはなし!」

「ふぇ?」


 レポート。なんだそれは。


「なんでも良いよぉ〜。探し人でも、浮気調査でも。ここに舞い込んでくるのを斡旋しても良いけど……一応は自力でお願い!」

「え。ちょっとまって、聞いてなッ」


 どういうことだ。

 そんな実践的なことをするサークルだったのか。いいやなんとなく迷い猫の調査からお気軽なお遊びサークルとは違うと思っているけれど。大学のサークルとは、先輩から取りやすい単位を聞いたり、試験の過去問を譲ってもらい楽々スルーするためにあるもの……。

 いやいや、そんなものをあてにしてはいけないのだけれど。


「健斗くんが手伝いをしたそうにしていたけど、それも絶対ダメェー! 健斗くんはぁ、例の調査がまだなんでしょ! 悟くんは一人で! 頑張って! レポートを! 一ヶ月以内に! 提出すること! 以上!」

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