第12話 貴女の顔が見たい

「......バロン、少し上をお願い」

 裸のアイナが、髪を洗われながら指示を出す。


「ここですか」


「あぁ〜 気持ちいい。やっぱり、バロンも入学させて正解だった」


 アイナの髪を洗うために入学することになるとは、人生何が起きるのかわからない。

 私の体事情と夜遅い、ということで部屋に設置されたシャワールームにいる私たち。


「水かけますよ、目を瞑ってください」


「子どもじゃない......」


「それでは、明日からお一人でお風呂に入ってください。お嬢様」


 シャワーから流れる熱湯の影響で湯気が部屋に立ちこむ。


「バロンの意地悪っ」


「ここは、私たち二人しかいません。なので、通常営業をします」


「......二人っきり」


 アイナがボソッと何かを言ったと思うが、シャワーの音でかき消されていたのでよく聞こえなかった。


「次は、背中を流します」


「......お願い......します」


 屋敷から持ってきたアイナ愛用のスポンジと特別に調合したボディーソープを取り出す。調合に必要な素材類は学園でも手に入る代物。ここで渋って使うことはない。


 液体をスポンジに垂らし、泡立てアイナの背中を洗う。

 この体に転生して初めは、アイナの背中を見ることすらままらなかった。元が男性で......童貞だった私に取っては刺激が強すぎたのだ。でも、今は慣れたもの。湯気先輩の力が大きいが......


 私はつい、指をアイナの背中に当てた。特に意味はなかった。単なる好奇心。

 触った瞬間に、アイナの体がビクッと飛び跳ねてた。


「きゃぁ............ち、ちょっと!?」


 私がいつもとは違う行動に驚くアイナ。

 顔を後ろに動かすアイナは、少し顔を赤くしていた。

「すみません、綺麗な背中が目の前にあったもので」


「次から、事前に言ってよ......」


 私が微笑むんだ後、顔を戻すアイナ。

 湯気のせいだろうか、さっきよりも火照ってる?


「次、バロンの体を洗ってあげるわ」


「いいですよ、主の洗わすなど従者としておこがましいです」

 まー、内心では狂喜乱舞してますが。


「いいから」


 無理やり、椅子に座らせられた。


「バロンの体......いいな」


「お嬢様、洗う口実で私の体をまじまじ見ないでください」


「だって!? バロンの体を見る機会、なかったから。いつもメイド服だったし、お買い物に一緒に行っても肌が見えない服装だったし......」


「お忘れですか。私、吸血鬼ですよ。多少は日の光を浴びても大丈夫な体ですが、それでも予防はしないと。それに、私はお嬢様のメイド。メイドが主に肌を見せるのはいかがなものか」


「憧れだもん」


「『憧れ』でありますか」


「くびれた腰、いいお尻、ほっそりとした太もも。それから......」


「お嬢様、流石に言葉で表されると恥ずかしいのですが」


「それくらい、私はバロンを見ているの!!」


 私の背中を抱きしめるアイナ。

「バロンが初めてだもん。今の私に臆せず歩み寄ったの」


 呪いのせいで、当初家族すらアイナと会わない所、会話もしなかった。ゲーム内ではアイナがいつでも女性を求めたのは、呪いだけのせいではない。自分を見てくれる存在は欲しかったっと、物語の途中で判明する。


 前世の私はテキストのみでも涙を流す程度だった。だが実際のアイナはどれだけ、孤独を味わったのか私にはわからない。そんな失意の中で、倒れていた私と出会った。


「あの時は、死のうとしたくらいだった。バロンをメイドにしたのも、単なる気まぐれ」


 背中越しにすすり泣きが聞こえる。


「知ってますよ」


「一緒に生活するにつれて、罪悪感が募るばかりだった。だから、全てを話した。たとえ軽蔑されても、いいやって」


 腰に置かれたアイナの腕を放し、アイナを正面から見た。アイナは、ポロポロと涙を流していた。


「結果、私はアイナの側にいます」


 アイナの手を強く握る。


「それに、告白の後、言いました。絶対にアイナを見捨てない。何があっても、離れないと」


 アイナが近づく。

 私たちは唇を交わした。


 アイナの唇はあたたかく、柔らかかった。

 私の吸血衝動を抑えるために、首筋を噛んだりはしたが、キスはお互い初めてだった。胸の高鳴りが止まらない。自分で止まれと念じても一向に止まない心臓の音。


「責任、取ってよ」


「お嬢様......」


「アイナ、と呼んでっていつも言ってるじゃん」


「アイナ」


「私の選択は間違っていなかった。あの時、バロンを助けたから、救われた。ありがとう!!」


「アイナ。もう一度、誓います。何があっても、アイナを護ります。そして、二度とこの手を離しません」


 指が絡まり、口は再び相手の唇へ。水の音が聞こえないくらい、私たちはお互いを見ていた。













 上の天井をずっと、見ていた。布団から両腕を出し、自分の顔を覆った。


(終わったぁああああああああああ!!!!!?!?!??!?!?)


 体があり得ない曲がり方をしながら、悶えてた。

 吸血衝動とアイナからのに体のコントロールが効かず、抗えなかった。

 自分の顔が熱いのか、昨日ののせいのか、手のひらが火傷するくらい熱かった。


 横で寝音を立てているアイナが目に入る。

 気持ちよく寝ていて、頬が緩んでしまった。


 前髪をどかし、可愛らしい超絶美少女の顔を凝視する。

 アイナのおでこに軽くキスをした。


「大好きです、アイナ」



 ベットから抜け出し、制服を着る。スマホを取り出すと、『恋人への道標ラブ・カウンター』のアイコンにビックリマークが浮き上がっていた。


 非常に嫌な予感。でも、見て見ぬ振りはできない。

 意を決して、アプリを叩く。


「ぎゃあああ!?」


 私の絶叫に反応して、アイナが起き上がる。


「も〜う、うるさいよ」


「すみません、アイナ。あぁ!?」


「あぁ!? お、おはよう......バロン」


 お互い、昨日の出来事がフラッシュバックし、目を合わせる事ができなかった。

 後、アイナ。服着てください、眩しい肢体が目に毒です。


「何かあったの」


 私を見ずに会話をしだすアイナ。


「それが......非常に言い難いのですが」


「私たちは......身も心も一つになったんですから。今更何も驚きません」


「そ、そうですね......では、こちらを」


 スマホの画面を見せる。

 流石に横目では見難いので、正面を向くアイナ。

「『恋人への道標ラブ・カウンター』じゃん......はぁあああ!?」


 何度も私と『恋人への道標ラブ・カウンター』の好感度の進捗度の画面を見るアイナ。私とアイナの好感度がお互い100%になっていた。つまり、私たちは一心同体の関係に進展した。決して、千切れる事のない絶対的な契りを現す証明であった。


「......昨日の影響ですね」


「そうですか。えっと、不束者ですが、よろしくお願い致します」


「こちらこそ、流れ者のメイドですが、よろしくお願い致します」


 私たちの学園生活は怒涛の幕開けを迎える。

 でも、二人なら乗り越えれる。そんな気がする————————。



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百合ゲーに転生したTSメイド、主人公のカップル成立のために奮起す 麻莉 @mariASK

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