ある音楽家の終演

葉山 海

第1話 ある音楽家の終演

女は笑った。白い肌に浮かぶ真っ赤な唇がそのようになった。唇は開いた。泳ぐようにそれは動いた。僕はその移ろい方を知っていた。




「僕のね、世界が変わっていっていることを君はわかっているね。もう、すぐなんだ。もう、明日、目が覚めたら、変わり終わっているよ。うん、僕にはわかるんだ。

君に初めて伝えたときは、泣いていたね。僕も知ったときは人生が終わったんだと思った。だって、僕の人生は音楽だから。音がなくちゃしまいだ。人より優れたものだったのに、音楽は僕なのに、皮肉だね。だから、僕は死ぬけど、もう君とはお別れだけど、生まれ変わった後の姿が今からわかっているなんて幸運なんじゃないかとも思うんだ。しかも、大人からスタートだ。勉強しなくていい。次の人生は世界中旅するんだ。いろんなとこへ行ってね。

 あと、君に最後にお願いがあるんだ。色々無茶を言ってきたけどさ、これが本当に最期。明日、歌を歌ってほしい。」

 もう僕には消えかかりそうな声で、君は必死になって声を張り上げた。

「はは、もう僕には君が届けようとしている声の半分も届かない。でも、何を言ったかなんてわかってる。何回も君から言われているからね。ごめん、もう、僕は無理なんだ。君の歌が大好きなんだ。」

 君の目が僕に答えた。 

「はは、今までありがとう」




僕は聞く。視線は女の唇だけにあった。それでも、女の表情が以前よりわかるような気がした。



彼は聞く。視線は私の唇だけにあった。彼に歌う。この歌は二人のお気に入りだった。彼は瞬きをしなかった。そして、自分の口から溢れ出るメロディにも気づかなかった。私は男の誕生を祝った。

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