第9話 救いの手<終>

 

 救いの手は、意外なところからもたらされた。


 ジャングルジムの向こう側から、誰かが叫んでいる。


「おおーい! 誰かいるの?? こっちへおいでー!!」


 ジャングルジムの向こうにある、建物の一階から女の人が数人、こちらに向かって手を振っていた。


「こっちだよー!!」


 なぜ、そんなところから声を掛けられているのか分からないが、とにかく今唯一の救いの手だ。

 しかし、知らない人に付いて行ってはいけないとも言われている。

 どうすればいいのか……?


 ミコト姉ちゃんを振り仰ぐと『行って、電話を借りよう』と言った。

 ああ、そういう手があったかと、そんなことも思いつかなかった自分に驚いた。

 祖父の家の電話番号など知らない私には、思いつかないのは当然だ。


「5人いまーす! たすけてくださーい!」


 ヒロヤ兄ちゃんとケンジ兄ちゃんが大声で返事をする。

 すると傘をさしたエプロン姿の女性が、数本の傘を携えながらぬかるんだ地面を走って来た。


「怖かったでしょう? あそこは幼稚園だから大丈夫よ。一緒に行きましょう」


 と、手を差し出してくれた。

 私たちは傘を受け取ると、走って幼稚園へ避難した。




 今日は、幼稚園は夏休みだったが運がいいことに先生たちは仕事があり出勤していた。

 雨の中、なにか声が聞こえたが大雨でかき消され、雨足も強く良く見えなかったそうだ。

 やっと雷がおさまり、よく見れば土管の中に子供たちがいて驚き、あわてて声をかけてくれたとのこと。


(たすかった……)


 私は、渡されたタオルで水気をとりながらやっと安心してイスに座れた。

 ずっとしゃがんでいて、足が少し痛かったがそれもどうでもいいことだった。


「お父さんお母さんを呼んであげるけど、電話番号はわかる?」


 先生は、一番年長者のミコト姉ちゃんに聞く。

 ミコト姉ちゃんは、おじいちゃんの家の電話番号を暗記していた。

 私は、自分の家の電話番号は分かるが、さすがにおじいちゃん家の電話番号までは把握していなかった。


 やはり、ミコト姉ちゃんはすごいなと、私は羨望せんぼうの眼差しで見つめた。

 



 そうして、無事に両親たちが車で迎えに来た。


 告げた行先と違うところに行ったことをこっぴどく叱られもしたが、泣きながら抱きしめられればそれも仕方のないことのように思えた。


 ずいぶん探し回ってくれたのだろう。


 親たちは私たちよりもずぶぬれだった。



   *



 こうして、私たちは雷の中、無事に生還した。


 ミコト姉ちゃんは行先を違えたことを反省したが、大人たちからはみんなを守ってくれたと褒められた。

 ヒロヤ兄ちゃんとケンジ兄ちゃんは冒険だったと武勇伝ができ喜んだ。


 私はというと、あれより怖い雷はもうないはずと開き直り、妹のリンちゃんは雷がトラウマで大嫌いになった。

 


 もう、祖父母も亡くなりもうあの家には誰もいないので、従姉弟いとこ同士で一斉に集まることもない。



 ただ、大人になった今でも雷が鳴る頃になると、妹のリンちゃんは不機嫌になり、私はリンちゃんの手を離さなかったと少し誇らしい気持ちになる。




 私は、あの日より恐ろしい雷にまだ出会ったことはない。




<おわり>


* * * 


注意:ジャングルジムに落雷があったという内容になっていますが、子供の頃の私の視点からするとそう見えたというお話です。

 大人になった今考えると、そんな近距離に雷が落ちて無事でいられるものか? とも思うので、ジャングルジムの向こう側の建物の避雷針などに落ちたのかもしれません。その点、ご理解ください。


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【実話短編】雷の鳴るころ 天城らん @amagi_ran

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