褒められて嬉しくなる

「リカちゃん、音程が少し違うわ」

「うん! ええっと、こう?」

「よくなったわ! リカちゃんは呑み込みが早いわね」





 エブちゃん先生はそれなりにスパルタである。僕に対して忖度のない意見をしてくれるというか、聖女である僕をただ甘やかすだけではなく、ちゃんと意見をくれている感じがする。




 僕は歌を上手く歌えるようになりたいと思っていて、僕が聖女だからといって僕の全てを肯定するような人間は望ましくないのである。それだと僕は自分の歌が下手なのに上手だって勘違いしたまま進むことになってしまうから。





 僕は歌うことは好きだけど、こうやって誰かに歌を習うことは当然初めてだった。だからエブちゃん先生の指導が甘いものなのか厳しいものなのかは僕には判断がつかない。






 とはいえ、ウィメリー達曰く、結構厳しめの指導ではあるらしい。エブちゃん先生はその性格や見た目に反して周りに対して厳しい一面を持ち合わせているので、指導を受けた生徒たちの中にはそれに耐えられない者もそれなりにいるんだとか。

 特に貴族の令嬢とかだと周りから厳しく接されることが少なく、エブちゃん先生のような指導をされると心が折れる人も多いようである。

 辛い経験をしてこなかった人っていうのはそれだけ打たれ弱くて、ちょっとしたことでそうなってしまうそうだ。






「リカちゃんは見た目に反してか弱いとは違うわよね」

「僕、そんなにか弱く見える?」

「そうね。聖女という肩書だけではなく、見た目が可愛らしいからちょっと何かあれば折れてしまいそうなそんな雰囲気はあるわ」

「僕は可愛いって言われるのは好きだけど、か弱くはないと自分では思っているよ。そもそもそれだけ精神が弱かったら、いきなり孤児から聖女になってやってなんていけなかっただろうしね」








 僕は見た目からしてとてもか弱く見えるらしいけれど、本当に僕がそれだけ本当にか弱かったら……聖女としてやっていくことも出来なかっただろうって思う。




 孤児院からいきなり聖女になって、周りの環境はがらりと変わった。僕に対して様々な理想を押し付けてくる人が多くて、女性として振る舞う必要もあったし、色々と気にするタイプの人間だったらその段階で凄く悩むんじゃないかな。

 孤児の身で聖女になったから、聖女になりたがっていた令嬢たちには最初はよく思われていなかったし、そういう環境が耐えられないぐらい僕がか弱かったらどうなってたんだろう? 誰かに縋ろうとしたかな? それこそザガラからの断罪の場で倒れちゃうぐらいか弱かったりしたら――まぁ、そうだったなら誰かが無条件で助けてくれる的な感じだったのかもね。

 僕は全然そんな感じではないけれど。










「リカちゃんは孤児から聖女になったというのに立ち振る舞いがちゃんとしているわ。それはリカちゃんの努力の証なのね」

「うん。だって聖女らしく振る舞うことがあの国では第一だったもん。褒めてくれて嬉しい」








 思えば聖女らしく振る舞うことは、聖女として僕が生きていくのに最低限あの国で求められていたことだった。そうやって振る舞えることが当たり前という認識だった。

 多分これまでの聖女が孤児ではなかったから、最初からそういう教育はこれまで必要だったことって少なかったんだろうなとは思う。周りは孤児である僕が聖女であること、平民としては当たり前の振る舞いが聖女らしくないこと。そういうことで最初は周りは僕という存在に難色を示していたんだよなぁ。






 とはいえ、僕がそういう聖女らしいふるまいを出来るようになってもこういう風に褒めてもらうことなかったから……なんだか、普通に嬉しい。





「孤児から国が認める聖女になったリカちゃんを断罪するなんて本当に王国の王太子は見る目がないわね。陛下から聞いたけれどその王太子がリカちゃんにちょっかい出しているのよね?」

「うん。ザガラは僕のことが好きみたいだよ。なんかよく分からない独りよがりの恋文が送られてきてたもん。僕は恋愛対象、女の子なのにね。エブちゃん先生も別に男の人がそういう対象ではないんだよね?」

「ええ。私はこういう性格だけど、恋愛対象は女の子だわね」








 エブちゃん先生は女性のような口調はしているけれど、別に男の人が恋愛対象というわけでもないらしい。






 僕もエブちゃん先生もそう考えるとちょっと似ている境遇である。周りが勝手に決めつけている感があるというか。僕はとっても可愛くて、女の子みたいだから男が恋愛対象でもおかしくないって多分思われている。エブちゃん先生は女性のようなふるまいをしているけれど、それはあくまで個性なのにそれで男性が恋愛対象だって勘違いされたりしている。

 うーん、なんで周りはそうやって本人に確認もせずに決めつけるんだろうね?

 ザガラもさ、なんだか僕がザガラを好きになるのが当たり前みたいな書き方で、手紙に書いていたからね。








「エブちゃん先生、僕、迎えに来なくていいよって返事はしたけどその後の返事きてないんだよね。ちゃんと納得してくれるかなぁってちょっと心配」

「振られたのに未練がましく付きまとってくる男は駄目よね! かっこ悪いわ。その王太子がやってきても陛下がどうにしかしてくれるわ。もちろん、私もリカちゃんが攫われないようにするわ」

「ふふっ、確かにちょっとかっこ悪いよね。ありがとう。エブちゃん先生」






 ザガラへの断りの手紙。それに対する返事はまだ来ていない。納得したのか、していないのか僕にはさっぱり分からない状況である。

 とはいえ、サシャもエブちゃん先生も……周りが皆、僕が攫われないようにしてくれると言ってくれたので嬉しくなった。


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