昔、電車で知らないオジさんの膝に乗った話

黒星★チーコ

◆「おい黒星、顔真っ赤だぜ」って言われそうな思い出


 こんにちは! 黒星★チーコです。

 私の作品や言葉遣いなどで薄々お気づきの方もいらっしゃるでしょうが、私はけっこういい年こいたオバさんです。

 人間、長く生きているといろんな経験をするものですよね。特に私は恥とネタにまみれた人生を送ってきていると自分でも思います。


 ガチでこれ死ぬかも……と思ったことは幼少期から青年期に数回、つい1年前にも一度ありましたが、ホントのガチなやつは個人を特定されるような稀有なエピソードだったり、ただ痛いだけや怖いだけの話だったりするのでエッセイには向かないかなと思います。


 なのでここでは若い頃に「恥ずか死ぬ!」と思ったお話をひとつしようと思いました。

 タイトルでもうおわかりでしょう。私は知らないオジさんの膝の上に乗ったことがあるのです。





 皆様、電車の乗車率や混雑率という言葉をご存じでしょうか?

 電車の混み具合を示す数値なのですが、実は混雑率100%というのは、それほど混んでいません。全ての座席が埋まり、立っている人はつり革や手すりに全員掴まることができ、安心して立っていられる状態のことなんです。


 詳しくは、一般社団法人日本民営鉄道協会の鉄道用語→「混雑率」のページがわかりやすいかと思いますのでご興味のある方はこちらをご覧になると良いかと思います。 https://m.mintetsu.or.jp/knowledge/term/16370.html


 さて、所謂「朝のラッシュ」とか「満員電車」で皆様の多くがイメージする混雑状況、これは大体混雑率200%以上を指します。200%でまあ何とかスマホが見られる(でも周りには画面を覗き見られるリスクあり)、250%だとスマホも見られないかも、というイメージです。


 近年では鉄道会社のダイヤの見直しや相互乗り入れ、さらにオフピーク通勤やフレックス通勤のアピールと社会への浸透、さらに新型コロナウイルスによりリモートワークが一般的になったことなどから、昔ほどの混雑はあまり多くなくなった印象ですね。


 私が若い頃はそうではなかったのです。JR山手線の朝は渋谷~新宿~池袋間の混雑率250%などしょっちゅうで、電車遅延が起きれば稀に300%になることさえありました。よくニュースなどで、駅員さんが乗客の背中を押して無理やりドアの中に押し込む映像が流れていましたね。

 そしてその山手線の駅に向かう私鉄も、終点が近くなるほどに混雑して250%ぐらいになる事もありました。


 私は当時小田急線を利用し新宿駅に向かっていたのですが、これも神奈川県から東京都に入ると凄い混み方でした。確か、小田急線は線路を増やす複々線化工事中だった筈なので過去最も混雑率が酷い時代と思われます。


 さて、混雑率200%以上ですと当然ながらつり革や手すりに掴まることが出来ない人も多々います。

 ひとつのつり革にふたり以上の手が掴まっている……なんて光景もよくありましたし、つり革は一度掴んだら死守しないと手を離した瞬間に他の人に奪われて当然……という地獄の世界を具現化したような状況でした。


 当時の私は、今のようなふてぶてしい身体と精神を持たぬうら若き乙女でした。……え? 誰ですか「こういうのは言ったもん勝ち」とか言う人は!

 ホントに殊勝な子だったんですよ! 多分。だから他人からつり革を奪うなどできなかったのです。


 その日、運良く(後から考えると運悪く)座席の前、つまりつり革をがっちりキープできる場所に立てた私はのほほ~んと車窓を眺めていました。しかし、新百合ヶ丘駅辺りから大量に人が乗り込んできました。(もしかして京王線あたりで人身事故でもあったのかもしれません)。


 まさに寿司詰めとはこのことで、ぎゅうぎゅうに背中から押されます。駅に着く度にそれは解消されるどころかさらに酷くなり、おそらく混雑率250%かそれ以上に到達したのではないでしょうか。ついに立っているのが厳しくなってきました。


 立っているのが厳しい、の意味がおわかりになりますか? 足の踏み場が無いんです。立つところも奪い合いなんです。ちょっとバランスを崩して片足が床から離れた瞬間に、さっと横の人の靴がそこに入り込み、私は片足の置き所がなくなりました。


 私はつり革に両手で必死に掴まりながら、片足で身体を支えるしかなくなりました。その片足も、目の前に座っているオジさんの両足の間に入っています。


 かなりバランスが厳しくなってきたので、片手を目の前の窓ガラスにつく事も考えたのですが、どう考えてもオジさんに壁ドンする事になってしまいます。それは私もオジさんも恥ずかしいでしょうからやめることにしました。ああ、この時に壁ドンを選ばなかった為に後にもっと恥ずかしい展開になる事も知らず。


 私は両手でぶら下がるようにつり革に掴まり、片足で身体を支え、背中を押されて弓なりの姿勢で耐えていました。が、猛スピードで東京都内を東に進む列車は無情にも揺れます。そこで更に人の波に押されながらも必死につま先立ちで耐えた私の、踵があった場所を奪い取る横の誰か。

 遂に私と床とを接するのは片足のつま先のみという非常に不安定な状況になりました。

 しかし足元も見えない状況ですからそんなことも知らない人々はますます私の背中を押してきます。


 ここで今のふてぶてしい私なら、「待って! 今片足のつま先だけで立ってるんです! 倒れちゃう!」と大声を出したことでしょう。しかし何度でも言いますが当時の私はうら若き殊勝な乙女。プルプルと震えながら黙ってこの苦行に耐え続けます。

 でもそれも長くは続きません。だって列車は揺れているんですもの。


「あっ」


 背中を強く右後ろから押された私は、つり革に掴まったまま、つま先を軸にしてクルリと反転しました。

 反転したことで私の身体があったスペースをまたも奪われます。もう元に戻れません。

 それまで弓なりの姿勢で、片足のつま先立ちでつり革に掴まって立っていたギリギリのバランスは、反転することでその均衡を完全に失いました。皆さんも機会があったら試してみることをお勧めします。腰が引けた状態で片足つま先立ちで立つことなど「ガラスの仮面」の姫川亜弓さんしか出来ないから!!


 もはや私の体重の殆どは両手のつり革にしかかかっておらず、それも度重なる揺れで維持することは困難でした。ちっちゃい声で「無理ぃ……」とは言いましたが無情な列車と無情な私の周りの乗客は誰一人として遠慮してくれません。


 私の指が緩んだ瞬間、そのつり革さえも……最後の希望も無情な誰かに奪われました。


 私の身体が反転してからはたった数分だったと思いますが、私は頑張りました。足掻きました。でもダメでした。つり革から手が離れた私はそのまま腰を下ろしてオジさんの膝の上に座ったのです。


 そこから先、下北沢駅までは違う意味での地獄でした。私は激混み小田急線の車内という衆人環視の中、見知らぬオジさんの膝の上に乗るという謎のプレイを真っ赤になって続けました。唯一の救いはオジさんがとてもいい人で「ごめんなさい」と謝る私に嫌な素振りも見せず「もっと体重かけて大丈夫ですよ」(片足踏ん張ってた)と仰って下さったこと。地獄に仏。


 下北沢駅で人が少し降りたことでやっと両足の踏み場が確保され、私は立ち上がってオジさんに謝りました。本当は消えてなくなりたいくらい恥ずかしかったですが、消えもしないしそこから逃げるスペースもないくらい混んでいたのでそのまま新宿まで乗りました。

 いやー、まさに「恥ずか死ぬ」ですね。ちょっとこのレベルは珍しいんじゃないでしょうか。





 先に挙げたように、今はオフピーク通勤やリモートワークのお陰でこういった状況も少ないでしょう。むしろ起きないでくれ。第二や第三の私を生んでも良いことないし!(くすっと笑ってた人の清涼剤になったって意味では良いことなのか???)


 しかし、昔のサラリーマンや学生って凄かったんだなぁと今なら思いますね。あれに耐えて通勤通学していた人達は偉いなって思ってくれれば私の失敗談も浮かばれるってものです。

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