かみさまがいた日

考え中

かみさまがいた日


分かりきった過労であった。

ストレスで弱っているところを更につけ込まれ、急性ウイルス性腸炎であっけなく私は倒れる。

重たい病気ではない。風邪のような、よくある病気で、抗生剤を打って安静にしていればいい。

そんな医師の言葉とは裏腹に、歩くたびに意識が飛んだ。個室で用を足すにも、行き帰りで震えながらなんとか歩み、両脇を抱えられながらベッドへと辿り着く。

ただただ、惨めだった。

急遽駆けつけた親族も今はいない。

熱と鈍痛で眠れないのに、時折また意識が飛ぶ。全てがままならない。

既に世界は夜で、カーテンの隙間から覗くのは暗い色。

点滴はまだ残っているようだが、それよりも目を惹くのは赤。

自分の血の色だった。

上っていく。刺した場所か不味かったのか、血圧が低過ぎてこうなってしまったのか。

分からない。

その時の私はこうなった原因である職場を恨み、こんな事で倒れる自分を呪い、全てがどうでもよくなっていた。

連れてこられた部屋は二階だったか三階だったか。

窓を開ければ、そこから落ちれば。

身体も、心も救われるのだろうか。

哀れな生き物は身動ぎをする。死んでしまいたいとは思っても、死のうとした事はこれまでなかった。

けれど、身体が動かない。

鈍く重い痛みは思考だけでなく、肉をも縛っている。動こうとして、また眩む。

そうして私は初めて泣いた。

どうしようも出来なくて、喉の奥で押し殺すようにして泣いた。

自分の好きな時に死ねるだろうと思っていた。災害のような、天変地異ではない限り、もしくは予想だにせぬ人災を被る場合でなければ、この生命は自由なのだと。

そう思い込んでいた。

何も出来ない。自棄になって安易に命を断つことすらままならない。

神様が居るのかは分からなかったが、この時私は自身の不自由さを理解させられたような気がした。

それは人がちっぽけな存在に過ぎない事と、同時に自分には手が届かない存在がある事を照明しているような気がして、私は歯を食いしばる。

そして、辛うじて動く手でナースコールを掴む。

生きようと思った。

眠そうな看護師に点滴の逆流している事と鎮痛剤が欲しい事を伝えると、テキパキと処置が行われ、私はまた一人になった。

生きてみよう。今度は自分のために生きて、好きな事をして生きて死のう。




そんな決意から数年経つが、結局はままならない。

物の大小はあれど、人と関わる事は何かしらの不愉快を生むからだ。

あれからも神様の事を考えている。

どこかにいて、どこにもいない神様。

人は死の間際に宗教に走ると聞くが、普段見えていなかったものが、その時になったようやく見えるのではないかと思う。

信心をろくに持たない私にはもうしばらく会えないのではないかと思う。

それは幸せなのか、そうなのかまだ考えている最中だ。


あの日だけ、あの時だけは神様がいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

かみさまがいた日 考え中 @kakunosuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る