あの子に話しかけてみたい

 今日も俺は、帰りに立ち寄ってしまったんだ。


 あっ、いる……。

 高校の近くの図書館に行くと、優しげで大きな瞳のあの彼女がまた来ていた。


 俺と同じ学校の制服を着ていて、背がちっちゃくて、ぴょこぴょこした感じで可愛らしい。

 昔飼ってた猫をちょっと思い出した。失礼かな?


 ん〜、俺の学年では見たことがないし、雰囲気からしてきっと後輩だな。


 あの子は、はじめ誰かと待ち合わせてるのかと思ってた。

 何回か見てるけど、いつも一人みたいだ。

 いつの間にか気になってた。

 彼女の姿を見つけると嬉しいって、自分の気持ちに気づいていた。


 今日も来てるだろうか? って、彼女の姿をさりげなく探してしまうから。

 会えて、……ドキドキしてる。


 名前は知らない。

 同じ学校なだけ。

 一度も話したこともない。

 きっと俺なんて視界に入ってるわけない。


 いきなり話しかけたら、変なヤツだよな……。


 ふと目にした彼女が読んでいる小説は、俺も一推しの作家さんの本だ。


 以前、彼女が手にしていた本は、俺も好きな分野の本だった。


 きっと気が合う。

 彼女とは話が合うと思うんだ。


 声をかけてみたいって思いながら、勇気は出ないまま。


 話をしてみたい。


 だけど、さ。

 いったいぜんたい、なんて声をかけりゃあいいんだ?

 俺は、あの子にどうやって話しかけたらいいのか、皆目見当がつかない。


 俺はじっとただ本を読んでるだけ。

 あの子が読書スペースに座って、静かに本を読む姿は可憐だなあと思って、気づけば見惚れてしまっていた。


 いけない、いけない。

 あんまり見たら、失礼なヤツだろう。


 今日もきっと声はかけられないのは、分かっている。


 帰りにはきっと落ち込んだ俺がいる。とぼとぼと一人帰るだけだ。


 無情にも閉館の音楽が流れ出したから、俺は椅子から立ち上がり、図書館の貸し出しカウンターに並ぶ。


 彼女は帰っただろうか?

 はぁ、駄目だな、俺は。

 意気地なしだ。


 学校の帰りにわざわざ図書館に立ち寄るのは、本を借りたり勉強したいから。それだけだって自分に言い訳してた。


 ――うん。……そうだ。ちゃんと自分の気持ちに素直になろう。

 たぶん、一目惚れ。

 あの子の姿にきゅんっと胸が高鳴って、また会いたくて……、きっかけが欲しくて図書館に通ってる。


 俺が本の貸し出しの手続きを終えて振り返ったら。

 あの子が後ろにいた。


 えっ――!?

 ドキンっと心臓が飛び跳ねた。

 一瞬、目が合って。


 俺は恥ずかしくて、そそくさと図書館の出入り口に向かって歩いた。


 話しかけられなかったけど、目が合った。

 たったそれだけ。

 でも俺には、それだけでも嬉しかった。


 また、ここで会えるかな?

 学校だと、他の学年と校舎棟が違うから会う機会がなかなかない。

 部活も違う。


 彼氏とかいるのかな?

 あの子の雰囲気はふわふわしてて。

 守ってあげたくなる感じだ。


 図書館から出ようとしたら、急に激しい雨が降ってきてた。

 すごい雨だな。

 さっき借りた本は濡れないように、クリアファイルに挟んで更にノートに挟んでバッグの一番下に入れた。


 さぁ帰るか。

 俺は折りたたみ傘を取り出して、出入り口を出た。

 空からの大粒の雨は勢いを増していた。


 そういや……、あの子は傘持ってんのかな?

 持って来てないなら雨に濡れちゃうし、風邪をひいちゃうかもしれない。

 彼女がそんなことになったら、声をかけなかった俺の責任だ。

 俺は少し、あの子を待つことにした。

 傘を持ってたら、話しかけない。

 ――持ってなさそうだったら……。



「傘あるの?」


 俺は今にも傘も差さずに走り出して行きそうな彼女に声をかけた。

 きょとんとした顔してる。

 そりゃ、そうだよな。


「えっと……。ほぼ初対面なのに急に話しかけてごめん。もしかしたら傘を持ってないのかな? って気になったから」

「えっ……、えっと。はい、傘は持ってないです」


 頑張れ、俺!

 言うんだ。

 しっかりしろ。


「よかったら一緒に傘に入る? 家まで送って行くけど」

「……あっ、はい」


 よしっ、言えた!

 俺の方を向いてくれた彼女の目と目が合って、ちょっと恥ずかしくてたじろいだ。

 彼女の瞳が潤んでる。

 俺の胸は弾んで、きゅうぅっとなった。


 彼女に、ぎこちないけど微笑んだ。

 だってムスッとしてちゃ、怖らがせてしまうかも。

 人生初めての女子との相合い傘は、頭から湯気が出そうなぐらいドキドキだ。


 突然の雨には感謝しているけど、彼女がただ雨に濡れないようにと、そればっかり気になってる。 


 相合い傘のなかで、初めてまともに話す仲なのに、けっこう話が盛り上がったのは嬉しい。

 でも、ほんとは退屈してないかな?

 話を合わせてくれてる?


 聞いたところによると、彼女の家は俺も知ってる文具店のすぐそばなんだって。


 たぶん、もうあと5分ぐらいで着くと思う。


 いきなり告白したら、びっくりしちゃうだろうか。


 ただ、気持ちを伝えたい。

 君に話しかけてみたかった、この想いをただ伝えたい。


 友達からでもいい。


 君に告白、……5分前。


 

 ――まだ、俺は知らなかった。

 君も俺に話しかけたいって。

 そんな風に思ってくれていたなんて。




          了





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あの子に話しかけてみたい 桃もちみいか(天音葵葉) @MOMOMOCHIHARE

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