あの子に話しかけてみたい

天雪桃那花(あまゆきもなか)

あなたに話しかけてみたい

 今日も帰りに、あの図書館に立ち寄ってしまった。


 高校の近くの図書館に行くと、切れ長の涼しげな瞳のあの彼がまた来ていた。


 私と同じ学校の制服を着ている。


 私の学年では見たことがない。

 雰囲気からして、きっと先輩だ。


 彼は誰かを待っているのだろうか。


 それとも一人?


 なぜだか、……とっても気になるの。


 彼が読んでいる小説は、私も好きな作家さんだ。


 このあいだ、彼が手にしていた本も私が興味がある本だ。


 きっと趣味が合う。

 話が合うと思う。


 どうしよう。

 声をかけたい。


 話がしてみたい。


 ――でも!


 だけどだけどね、いったいなんて声をかけるの?


 私はソワソワして。

 気になっていた小説を一冊手に取り、それから彼の顔が見えるけれどずいぶん遠くの読書スペースに座った。


 今日も私、彼に声はかけられないなあ。


 分かっている。


 私の臆病者め。


 帰りには、……きっと落胆した私がいるんだよね。


 閉館の音楽が流れ出した。

 彼がおもむろに椅子から立ち上がり、図書館の貸し出しカウンターに並んだ。


 ど、どうしよう?


 私も、いま手にしている本を借りたい。

 閉館だもの。帰らなくっちゃ。


 私はとりあえず読書コーナーのソファから立ち上がった。


 はからずも、偶然誰も続かない彼の後ろに並んだ。


 彼に近づきたいからじゃないよ。

 この本を借りたいだけ。

 なんて自分に言い訳しながら。


 彼が本の貸し出しの手続きの順番を終えて、振り返る。


 きゃあっ……まともに見られない。


 ドキリとした。

 一瞬だけど目が合った気がした。


 やっぱり私は今日も、彼になにも声をかけられなかった。


 図書館の出入り口に向かう途中に、来館してた人たちが小さな声で口々に話し出した。


「急に雨が降ってきたぞ」

「傘ないよ〜」

「今日降るって言ってたぁ?」

「けっこう土砂降りだよ」


 私も傘は持ってきてなかった。

 借りた本だけは濡らすわけにはいかないな。

 私は持っていた通学バッグの教科書やノートに挟んで本が濡れないようにした。


 さあ、走って帰ろう!


 図書館の出入り口の前の自動ドアを出る。


 図書館の外に出るとすぐ近くに彼が傘をさして立っていた。


「傘あるの?」


 えっ?

 かっ、彼が。

 あの彼が私に話しかけてくれた。


「ほぼ初対面なのに急に話しかけてごめんね。もしかしたら傘を持ってないのかな? って。なんか君のこと気になったから」

「えっ……、えっと。はい、傘は持ってないです」

「よかったら一緒に傘に入る? 家まで送って行くけど」

「……あっ、はい」


 私は恥ずかしくて一度下を向いてから、だけど勇気を出して彼の切れ長の瞳を見た。


 彼は私に微笑んで傘を私に向けてくれた。


 気になっていた彼との相合い傘はドキドキ空間。

 土砂降りの雨も気にならない。

 ううん。

 むしろ突然の大雨に感謝しています。


 彼がさしてくれた相合い傘のなかで、私たちは話が盛り上がった。

 心配いらなかった。

 気が合うのでしょうか。


 ドキドキしっぱなしだったけれど。


 いつまでも楽しくて話題は途切れなかったんだ。

 もうずいぶん前からの友達とかみたいに。


 連絡先を聞かれちゃった。

 嬉しい。

 また会おうねって、言ってくれた。


 このままもしね、先輩と親しくなれたら。いつか言ってみたい。


 あの雨の日よりも前から、ずっと前から気になってました。

 私はあなたに話しかけたかったんですって……。


 あなたのことが好きですって。



       おしまい♪


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