第79話 グランリーズ王国物語 第一巻完結

 教会には毎朝、サンドラがやってくる。

 子供達が作る野菜や、ちょっとした刺繍品、ハンカチや匂い袋、クッションなどを売って、その売り上げで教会費は賄われ、侯爵家からの援助も順調のようだ。

 あのノイルがどういう変化かと思えば、サンドラがちょっと強くなったらしい。

 サンドラが正当な意見を言い出せば、屋敷中の人間がサンドラの味方で、ノイルは何も出来ない。元々、遊んで暮らすだけのボンボンだったし、領内を統治するなんて事を考えただけでベッドに潜り込みそうだ。


 教会の痩せ細った子供は減り、皆がいつも満腹というわけはないが、以前よりも明るい空気でそこら中に笑顔が咲いていた。

 トムとクラリスもトゲトゲした雰囲気がなくなり、なんとクラリスのお腹にトムの子供がいて、結婚するらしい。


「こんな事を言う資格もありませんが、ぜひ奥様にも来て頂きたくて」

 とクラリスがおずおずと言った。

 ささやかでも結婚式を挙げたらどうだという皆の意見をありがたく思いながらも、二人は私の帰りを待っていてくれたらしい。

「本当におめでとう。身体、大事にしなさいね」

「はい!」



「リリアン様」

「神父様、教会が順調のようで安心しましたわ」

「全てリリアン様のおかげです」

「そんな事ありませんわ。私は……無力です」


 私は教会に居着いて、毎日、訪ねてくる怪我人を治療して暮らしていた。

 トムの作る料理を頂き、子供達と語る。

 サンドラも話相手になってくれるし、畑を耕したり、刺繍をしたり、歌を歌ったり、それは穏やかで心安まる日々だった。

 だけど、侯爵は戻ってこない。


 午前の務めを終えて、昼食を取った後、教会の隅のベンチで日なたぼっこが日課となっている。季節的には冬だけど、ずいぶんと寒さも和らいできていて、気の早い春の芽が顔を出しているところもある。

 あれからリリアンは顔を出さない。

 どこか奥の方で眠っているのかもしれないし、満足気に姿を消したから成仏したのかもしれない。リリアンがあそこで顔を出した理由は後で気が付いたのだけど、リリアンは一度死んだのだ。親兄弟からの暴言、いじめに耐えかねて、その命を自分で絶ったのだ。

 息を吹き返したのは偶然にも私の魂が入り込んだからで、リリアン自身はもう世に未練がなかったようだ。けど顔を出したのはあまりにエルダの子供達への扱いが酷かった為だろう。毒親は選べず、悲しい子供を見るのが嫌だったからだと思う。リリアンは自分が生まれ変わりたかった、そしてあの子供達にも生まれ変われるチャンスをあげたかった。

 私がやった事とリリアンの意見、どちらが正しかったかは分からない。

 けど、私はリリアンにも強く生きて欲しかったな、と思う。

 エルダの子供達にも自分で選ぶ権利がある。

 その足で歩いて、手で掴んで欲しいと思う。



「待つのも疲れたよ。また旅にでも出ようかしら。どうせ、最初から家を出て冒険者になるつもりだったし。この一連の騒動も冒険の一部だと思えばそれも経験だしね。イケメンの勇者パーティーとかないかな? 頑張れば入れてもらえんじゃね? あーでも聖女とか言われるの御免被りたいしなぁ。オラルドも侯爵の側にいたいから戻ってこないのかしらねぇ」


 そんな事を呟いていると、


「リリアン様、どこかへ旅立たれる予定ですか?」

 と神父様がやってきたそう言った。

「いえ……おほほ。そうではないんですけど……その一つの所に落ち着かない質ですし、この国以外の場所も見てみたいと思いますし」

「そうおっしゃらずに、どうか私の側にいて下さい!」

 と神父様が言った。

 ベンチに座っている私に対して、膝をつき花を一輪差し出して。

「え、神父様って恋とか愛とか無縁じゃないでしたっけ」

「いいえ、結婚を認められております。私の実家の本家は王都の中央の大教会で勤めをしております大神官です」

「あーそうなんだ。では神父様もいずれ王都へ?」

「私はこちらの領民と生活を共にし、彼らの幸せを祈る事で満足でございますから」

 ちょっと照れた風に神父様が言った。

「リリアン様と共に、これからの長い一生を過ごせたら幸せで……」


 と語り始めた瞬間には(えー、ごめん。無理)と思ったのだけど、この優しい神父様を傷つけずに断るには……

「ですが、私はガイラス・ウエールズの妻ですから」

「ガイラス様はお亡くなりになったではありませんか。あなたのお心の優しさは存じていますが、あなたはまだ若い。亡くなった方を偲んで一緒を過ごすには……」

「えー、まあそうですけど」

「私が側におります。あなたの傷が癒えるまで……私があなたを癒やし続けます」

 と神父様はそう言って、私の手をぎゅっと握った。


「断る」

 と声がして、私は顔を上げて、神父様もきょろきょりと辺りを見渡した。


 私の座るベンチは教会の庭の端で、教会を囲む様に柵を拵えてある。

 その柵の向こうに大きな男が立っていた。


「神父様、申し訳ないがその女性は私の妻ですので、あなたに譲るわけにはいきません」

「侯爵様……生きておられたんですね!」

 と神父様が言ったけど、驚きのあまりか素っ頓狂な声になっていた。


 侯爵はゆっくりと柵を跨ぎ超えて、私の座るベンチの横に立った。

「リリアン……すまない。全部思い出した。君にはずいぶんと迷惑をかけてしまった」

 

 ほんとだよ! と思ったけど、それは口には出なかった。

 私の唇は硬い貝のように固まって閉じたまま、なんの言葉も出なかった。


「私を許してくれるだろうか。これからもあなたは私の妻でいてくれるだろうか」

「……」

「君が笑ってくれるまで、私は毎日許しを乞いにここへ通うよ」

「……」

「だから神父様へは私から丁寧にお断りをしておくよ」

 そう言って侯爵は神父様を見て、

「申し訳ありませんが、リリアンは私の妻です。諦めていただきたく」

 と言った。神父様は、

「は、はい! おっしゃる通りでございます。侯爵様」

 と言い丁寧にお辞儀をしてから、私の方を見た。

「リリアン様、良かったですね。侯爵様がご無事で」

 そう言ってから神父様は一礼し、教会の方へ歩いていった。


「リリアン」

 ちらっと盗み見すると、侯爵は綺麗に髭も剃って、衣服も貴族らしい衣服に改め、少し痩せてはいたが、依然と変わらない侯爵様の姿だった。


「……サラやオラルドもご一緒にお戻りに?」

「ああ、彼らが探してきてくれた果実を食し二日ほど高熱が出たが、熱が引いた後は全て思い出した。死霊王との戦いで敗れ、怪我と穢れをもろに被ってしまったようだった。心配をかけたね」

「……そうですか。良かったですわ」

 私はうつむいたまま、侯爵見る事すらしなかった。

 何故って。

「リリアン、顔を見せてもらえないか?」

 侯爵は私の前にしゃがみ込んだ。

「嫌ですわ。どうせ夢ですもの。いつも、あなたが戻ってらしたと思って喜ぶところで目が覚めますのよ。もう、ぬか喜びはしたくありませんわ」

「リリアン、夢ではないよ」

 侯爵の大きな手が私の手に重なって、それは大きく暖かかった。

「エルダさんと子供達はどうなりました?」

「エルダは……まだ自分の事をゴブリンだと思っている。だが子供達も村人も皆がエルダを励ましている。私には事の顛末を見届ける責任があった。だが君を思い出してからはこれ以上離れているのが辛かった」

「たまたまエルダさんはああいう魔に憑かれたようになってしまったけれど、私が訪れる前は夫婦として暮らしていたのでしょう。私が行かなければ幸せな家族だったのでしょう?」

「それは……どうだろか」

「え?」

「私は死霊王の厄災に巻き込まれ大怪我をした。意識を取り戻し記憶が合間だと気が付いた瞬間に、私はこの村の男でダンという名前、幼馴染みのエルダとの間に子が三人いる、と告げられた。記憶がない私はそれを信じるしかなく、何より怪我が酷く、死霊王の瘴気も纏った酷い姿だった。エルダや村人は献身的に看病してくれた。だが、私は記憶を失っていたがどこかへ帰らなければならないという気持ちにいつも急かされていた。どこへ帰るのかと自問しても答えは出ない。何も覚えてない。帰らねばならないとはいつも思っていたが子供も小さく村は飢えていた。自分の事を考え直す時間もなく、村は貧しく生きるだけで精一杯だったのだ。疑問に思いながらも私は毎日狩りに追われ、生活をするだけだった。エルダは私を自分の夫として扱って……」

「心身共にそういう仲におなりになったのですね!?」

「い、いや、違うんだ。エルダはそれを望んでいたが、私は……違うと思って……どうしても彼女に触れる事は出来ず……恥をかかせてと何度も怒られたよ」

 と侯爵が頭をかきながら気まずそうに言った。

「そうですか」

「本当なんだ。エルダとそういう関係ではないんだ。夫婦だと、三人の子供の父親だと何度言われても、どうしても彼女にはそういう気にならず」

「そうですか」

 私はまたうつむいてそう言った。

「本当なんだ! 信じてくれ! リリアン、私が悪かった。君に迷惑も心配もたくさんかけて……本当に申し訳ない。君があの神父につらい胸の内を明かし、彼がその助けになったとしても……仕方がない。が、君を彼に譲る事だけは出来ない」

「神父様にそういう感情はありませんわ。侯爵家も追い出され、実家にも戻れませんもの。教会に身を寄せさせていただいただけですわ……私は……」

「君は私の事を変わらず愛していると信じている。私も君の事を愛している」

「……そんなセリフ……堂々と言うの恥ずかしくないんですか」

「恥じる事などなにもない。心から愛しているリリアン」

 侯爵は私の手を取り、ぎゅうっと握ってからその手にキスをした。

「忘れてたじゃないですか」

「そ、それはすまない……」

「なんか仲良く夫婦してたじゃないですか! あなたを探して私達があの冬の厳しい旅をしていた時に! エルダさんに親しそうにあんたぁとか子供達にも父ちゃんとか呼ばれて仲良し家族アピールしてたじゃないですか!」

「す、すまん」

「あなたの家族は誰なんですか!って思うじゃないですか! 私の立場はって思うじゃないですか!」

「本当に悪かった。淋しい思いをさせた」

「に、二度と私の前からいなくならないでください! 私の事を忘れないでください!」

「もちろんだ。二度と離れない。リリアン、私は生涯、君と共にあろう」

 そこからは涙が出て自分でも何を言ってるのか分からなくなったんだけど、なんかずっとずっと泣いていた。

 侯爵はそんな私の隣にすわって優しく肩を抱き締めてくれた。



「まあ、大団円やな」

 とおっさんが言い、カリンおばちゃんもヤトもアラクネもいてお茶会の真っ最中だ。

 皆に魔法玉をご馳走して、私もサラにお茶を入れてもらう。

 ここはどこかって?

 実はここは元の侯爵家だ。


 侯爵の帰還は王国に衝撃をもたらした。

 国は侯爵を元にいた騎士団の地位に戻したがったが、侯爵は予定通り騎士団は退役した。侯爵家もノイルが後を継いだので、ガイラス様は自由の身、余生は領地内のこじんまりしたちょっと離れたお屋敷で二人で、オラルドとサラだけ引き抜いて、皆でのんびり過ごし、そのうちまた冒険でも行こう! な、はずだった。


 けど、ノイルが使えないにもほどがあり、領地内の問題が山積み、さらにレオーナがなんかと王都からやってきては口を出す。

 ああ、全然、解決してなかった。レオーナ問題。

 さらに騎士団から何かと頼りが来てはガイラス様に教えを請う。

 皆がガイラス様に泣きついてくるので、面倒見のよいガイラス様は見捨ててもおけず何かと助言をしてしまう。そうなると益々皆がガイラス様を頼ってくる始末。


「す、すまない、リリアン。王からのお召しでしばらく王都へ行かなければならない」

 申し訳なさそうに言うガイラス様だが、

「おやおや、二度と離れないとおっしゃったのはほんの一ヶ月前ですが、もう撤回ですか。そうですか」

「い、いや、すぐ戻るので……そうだ、君も一緒行こうか。君が死霊王を倒したと噂になっていて陛下が……」

「嫌ですわ。絶対嫌ですわ。これから私は大人しくモブで過ごすのです。絶対に私が聖魔法を使えるとか言わないで下さいね!」

「そ、そうか」

 困り果てて頭をかくガイラス様が少しだけ可愛らしいので、許して差し上げる事にする。


「どうぞ、道中、お気をつけてくださいな。あちらで滞在中には毎日でもお便りをくださいますか?」

 私はそう言って送り出すしかないではないか!

「ああ、毎日手紙を書くよ。君へのこの気持ちをうまく現す言葉があるとは思えないが。便箋を君へ溢れる言葉で埋め尽くそう」

 とガイラス様は言った。

「ガイラス様」

「リリアン、愛しているよ。君に夢中のこの哀れな男へもどうか愛を囁いてくれないだろうか?」

 ガイラス様はそう言って私を強くぎゅうっと抱き締めた。

「ガイラス様、全身全霊であなたを愛しておりますわ」 




 てな感じで私のグランリーズ王国物語は幕を閉じ……

 え、こんな感じでいいのかしら。

 ハッピーエンドだからOKかな?


 でも、思い出したんだけど、前世で読んだ「グランリーズ王国物語」一巻目を読み出したとこで転生みたいになったんだよね。

 でも、「グランリーズ王国物語 全八巻」だったような気がするんだけど……                                                                               



                                   了


完結しました! 読んでいただきありがとうございました!   竜月

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転生したらいじめられっ子ヒロインの上に醜い死神将軍に嫁がされたんだが聖女に匹敵するこの力は内緒でモブに徹したい。 竜月 @kasai325

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