第78話 考える時間
皆の視線が集まる中、侯爵が、
「エルダ、傷ついた俺を看病し、助けてくれた恩は忘れていない。だが命云々を盾にする卑怯なやり方は好まない。俺がいついた事が原因なら俺はここを去る」
と言った。
「嫌だよ! ダン! そんなこと言っていいんだね? あんたがいなくなるなら子供達を殺してしまうよ!」
「……リリアン……あなたはやはり生まれながらの貴族のお嬢様だわ。あなたの言葉には威厳があり、説得力がある。でも私は……やはりエルダを殺す事は出来ないわ。でも彼女に考える時間を作ってあげられる。授かった聖なる魔法で」
リリアンに取って代わられてから、考えていた事があった。
意識だけの存在になってから初めて客観的に、この事態を考え直してみる事が出来た。
私は身体中の力を総動員して、手の平に魔力の玉を練った。
「聖なる秘術:クーリーを持ってこの女に新たなる姿を与えよ!」
私の手からぶわっと風が巻き起こり、一陣の魔風がエルダの身体を覆った。
「エルダ!」
と村長が言い、手を出しかけたが、
「村長! 手出しは無用ですわ! これは修練!」
と言うとその場で留まった。
魔風はしばらくエルダの身体を包んでいたが、やが小さくなって消えた。
後に残ったのは尻餅をついた状態のエルダ。
エルダはあっけに取られたような顔であたりを見渡し、そして、自分の身体や顔を手で触ってから悲鳴を上げた。
「どうしたエルダ!」
と側によった村長にエルダはびくっと身体を震わせ、そして這いつくばって逃げ出した。
悲鳴をあげながら、小屋に飛び込み、中からかんぬきをかけたようだった。
「どうしたんだ? エルダに何の魔法を?」
「魔法というよりもこれは呪い。エルダの目には自分が醜いゴブリンに見えていますわ。それが子供を殺そうとした彼女への罰……私が一人の人間を罰するなんておこがましいですが、私にも譲れない物があります。それを傲慢と呼ばれるのも覚悟の上です。彼女はずっとこのままゴブリンのままかもしれません。子供なんていくらでもつくればいい、自分の望みがかなわないなら殺してしまってもいい、なんていう人ですから、元に戻れるかどうか私にも分かりませんわ。でもチャンスはありますわ。彼女が子供達への行いを悔い改め優しい心を取り戻した時に呪いは消える。子供が生まれて、嬉しい楽しいと思った日々を思い出す事、子供達を愛しいと思う気持ちを取り戻して初めて彼女は人間に戻ります。人を恨み、自分の欲しか頭にないうちは無理ですけどね」
「かーちゃん」
と言いながら子供達がエルダの小屋へ走って行く。
「かーちゃん、かーちゃん、大丈夫か?」
「かーちゃん!」
小屋をトントンと叩きながらエルダに声をかけるが、返事はない。
「侯爵様、私はすぐにでも村を出ますわ。あなたの記憶が戻る為に必要な想起のバナナを持ってもうすぐ、オラルドとサラがここへ戻ります。あなたは全てを思い出すべきですわ。
無理強いはしません。でも私はあなたのお戻りをお待ちしておりますわ。ウエールズ領は今、あなたの弟様が領地を管理しております。私はそこの教会にでも身を寄せております。もしあなたがお戻りにならなくても、こう見えて聖魔法を嗜みますので、治癒師なども出来ましょう。また冒険に出るのも楽しいかもしれませんわ」
「そんな事しなくても、オラルド達と待ち合わせてみんなで帰ればいいじゃん。もうすぐそこまで戻ってるよ」
とアラクネが言った。
「いいえ、ここで侯爵様には記憶取り戻した上できちんと考えていただきたいのです」
侯爵はただ一言、「分かった」とだけ言った。
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