2014年+α
体験した覚えのない記述に目を通した僕を、彼は爛々とした狂気の目で見つめている。埃臭くて、月明かりだけが差し込む大学の一室で、僕らの王国の中で、彼は澱んだ微笑を浮かべている。
「君、それは事実だと思うかい?」
そして、彼は愉快そうに尋ねてくる。
「……身に覚えがない」
「そうか、それならまたこのことをここに記してくれ」
「……どうして?」
「君が安逸な世界で生きるためだよ」
侮蔑と嫌悪が込められた彼の言葉は僕の胸を貫く。
どういうわけだか体は震えるし、目の前の彼が、親友だと思っている彼が、酷い悪人の用に思えてしまう。僕はどうしたんだ? どうしてしまったんだ?
ソファ、デスク、青白い月光、薄暗い部屋、これは何なんだ? そして、この手帳は何なんだ? 僕が彼の言いなりにならなければならない理由はなんだ?
理屈が分からなくとも肉体は動く。散乱したデスクで、彼に勧められるがまま、今日の出来事を記そうとペンを取る。
ああ、ぶるぶると震える手で、満足な字は書けるわけがない! けれども、唐突に彼が向けてきた狂気から逃れるために何かを書かなければ。そう、何かを。
“9 1 13 23 1 20 3 8 9 14 7 25 15 21”
僕は頭に浮かんだ数列を手帳に書きこむ。
瞬間、目の前から光が消える。一切は暗闇に包まれる。
「なんだ急に!」
力一杯叫ぶと、どこからか僕に向けられた嘲笑が聞こえてきた。上下左右の分からない真っ暗闇の中で木霊する実に嫌な嘲笑は僕の理性を削り取る。
八月九日
青白い月明かりが差し込む埃っぽくて狭苦しい僕らの城に赴いた。つまらない大学に花を添えてくれるたった一つのエデンだ。資料が乱雑に投げ込まれた灰色の金属棚、床に積み重ねられた雑誌や漫画、お菓子の空袋やDS、PSP、消しゴム、レポート用紙が散らばっているデスク、クッションの綿が飛び出しているボロボロの茶色い綿張りのソファ。均一が存在しない乱雑に満ち満ちた薄暗いこの部屋こそがモラトリアムのアジールだ。
ギィギィと錆びついた蝶番がきしむ音と共に、廊下の光が差し込む。蛍光灯の黄色い光と共に、親友である彼はぼさぼさの頭を掻きながら気だるそうに入ってくる。
「やあ、調子はどうだい?」
「元気だよ」
そして、いつも通りの挨拶を交わす。
“9 1 13 23 1 20 3 8 9 14 7 25 15 21”
補完され続ける記録 鍋谷葵 @dondon8989
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