空色の道

西野ゆう

第1話

「怖いくらいに暗いな」

 車を走らせる彼が、ヘッドライトをハイビームにするが、真黒なアスファルトを叩きつける雨が跳ね上がり、そのまま白い靄となってライトの明かりを吸い込んでいる。左右に伸びるメタセコイア並木も、飛ぶことのない太古のロケット博物館に並べられた展示物のようだ。

 ――ここのロッジにしようかと思うんだけど。

 一週間前に雑誌の写真を指差してにこやかに言っていた彼の顔と、眉間にしわを寄せながら前方を睨みつけて運転に集中している顔。勝手ながら、私はそのどちらの顔も好きだ。

 たまにしか休みの合わないふたり。私にとって、いや、多分彼にとっても、それは丁度良いことのはず。

 お互いの住む部屋は近い。仕事も昼間の仕事だ。夕食は度々一緒に楽しんでいる。

 そして、月に一度あるかどうかの同じタイミングでの休日。連休ともなれば、数か月に一度。

 そのたまに合う休日に小旅行をするのが堪らなく楽しい。それがたとえ梅雨のど真ん中。こんな大雨の夜になったとしても。

 彼もきっと同じ想いに違いない。そう信じられるだけの年月は共にしてきていた。私の推測は甘くないはずだ。

「今日は疲れたから寝るっ!」

 ようやくコテージに到着すると、まるで子供のようにそう言い放った彼は、ベッドに身を投げ出してしまった。

 顔を壁に向け、背中で「労ってくれ」と甘える彼を私は無視して、各棟とも温泉が出るというお風呂で、のんびりとぬるめのお湯を楽しんだ。

「まだ起きてたんだね」

 たっぷり一時間弱を浴室で過ごした後に部屋に戻ると、すぐに彼が寝返りを打って湯上りの私を見た。

「長いよ」

「寂しかった?」

「……メタセコイアってさ」

「ん?」

「寂しかった」と答えないのは、きっと恥ずかしいと感じる程度に寂しかったのだろう。彼は話をすり替えた。

「ほんの百年前は誰も知らない木だったんだってさ。いや、中国のある田舎の集落で祀られていただけで。それが今はこれだけ広がったんだって」

 窓の向こう側にメタセコイア並木が見えているはずだが、相変わらず降り続く雨に、庭の草木さえ見えない。

「雨、明け方までには止みそうだな」

 彼がスマートフォンで見た天気予報の太陽のマークを、苦労して見つけた四つ葉のクローバーを眺めるようにして見ている。

 翌朝、予報通りに青空が広がった。その下を、彼と二人で歩く。百年前にはどこにもなかった景色。

 美しい新緑の円錐が並ぶ道は、黒いアスファルトに薄い水の幕を張って、澄んだ青空を映している。彼の瞳も、眩しい人生の晴れ間を映しているように輝いている。

「雨も悪くないね。同じ物でも見え方が変わる」

 自分の表情の事を言っているの? そう心の中で彼に訊きながら、私の考えも甘くなかったと胸を撫でた。

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空色の道 西野ゆう @ukizm

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