第41話『ref:rain;』

 アノスは崩落する世界を漂っていた。


「行っちまいやしたか?」


 そこに誰かが話し掛けてくる。振り向くと、良く見知った顔だった。


「ん? 何だ、お前らか」


「何だとは随分な扱いっすね」


 そこに現れたのはレヴァンとレヴィンだった。

 アノスは二人の顔を見ると、厄介者を追い払うように言い捨てる。


「お前らもさっさと向こうに戻れ」


 アノスの憎まれ口にレヴァンたちは揃って笑う。


「別れの挨拶くらいさせてくださいよ」


「へっ、好きにしろ」


 アノスも二人に合わせるように笑って見せた。


「しっかし、カシラも随分な役を引き受けちまいましたね」


「良いんだよ。俺が選んだことだ。それに、俺には無理だったが、あいつならきっとやり遂げてくれるさ」


「そう言えば、どうしてあの坊主に教えてやんなかったんですかい?」


「何をだ?」


カシラだって事をっすよ」


 レヴァンの問い掛けに、アノスは悟ったような笑みを浮かべる。


「何だそのことか。……それが、俺の背負った十字架だからさ」


 アノスの言葉に、二人は呆れるようにため息を吐いた。


「相変わらず、肝心なことは隠すんすから」


「お前らだって、自分たちの正体をカノアに隠していたじゃないか! ギルドでお前に刺されたあの日の夜のことを恨んで、その内、化けて出てやっても良いんだぜ?」


カシラやあの坊主を刺すのも、あの坊主を町の外に連れ出すのも、全部カシラの指示じゃないっすか!」


「いくら無かったことになると分かってても、痛ぇもんは痛ぇんだよ!」


「んじゃ、化けて出てくるなら、ルイーザさんと一緒に待ってやすかね!」


「そいつは幽霊よりおっかねぇな!」


「「「だっはっはっ」」」


 三人は互いに相変わらずだと、まるで旧知の友人たちのように顔を見合わせて笑い合う。


「……しかしまぁ、隠し事か」


 アノスがポツリと呟くと、レヴァンが疑問を口にする。


「どうしたんです?」


「いや、隠し事と言えば、とんでもないも居たもんだって思ってな。俺は、到底あんな嘘吐きにはなれねぇ」


 アノスが苦笑いを浮かべながらそう答えると、レヴァンたちが再び問いかける。


「大嘘吐き? いったい誰の事ですかい?」


さ」


 アノスがそう言うと、レヴァンたちは鳩が豆鉄砲を食ったように目をパチパチとさせる。

 だが、すぐに口元を緩めて笑い出す。


「確かに、そいつは違いねぇ! カシラは、隠し事は出来ても、嘘を付くのは下手っすもんね!」


「最初、あの坊主を慰霊碑に連れて行ったときの下手くそな演技は、バレるんじゃないかとヒヤヒヤしやしたぜ?」


「余計なお世話だ! お前らだって似たようなもんだったろ!!」


 アノスがねるように二人に突っ込むと、二人もアレにはお手上げだと降参のポーズでおどけて見せる。


「まぁ、、自らの手で世界の運命を操ろうってんですからね。俺たちにだって、あんな真似出来ないですわ」


 三人は互いに同じ人物の顔を頭に浮かべて笑い合う。


「カノアはこの仕組まれた運命を断ち切って、リフレインを超えられると思うか?」


「へっ、超えられると思っているから、全てをあの坊主に託したんでしょう?」


「ま、そうだな」


 アノスは憂いを帯びた顔で遠くを見つめる。


「時代が英雄を作り、英雄が時代を作る。あいつは、英雄になるべき器だ」


 三人が会話をしていると、崩落していた空間がついに終焉を迎える。


「そろそろ時間みたいだな。……じゃあ、後の事は頼んだぜ」


カシラも達者で」


 レヴァンたちが頭を下げると、その姿が光の中へと吸い込まれて消えて行った。

 再び一人取り残されたアノスは寂しそうに呟く。


「——行っちまったか」


 だが、入れ替わるように一つの光がアノスにスーッと近付いてくると、アノスはそれに気付いて微笑みかける。


「んじゃ、俺たちもそろそろ行くか」


 アノスが笑うと、自身の身体も同じような光となった。






 ——長いこと待たせちまったな。これからは、ずっと一緒だ。






 そして、二つの光は寄り添いながら、永劫の彼方へと旅立って行ったのだった。


 ▽▲▽▲▽▲▽


 空には暗雲が立ち込め、雨が降っていた。


「……うっ……」


「カノア!!」


 カノアが薄っすらと目を開けると、ティアが名前を呼んだ。


「……ティア。他のみんなは……?」


「アノスさんだけが目を覚まさないの……」


 カノアはゆっくりと体起こして、すぐ隣で倒れていたアノスの顔に視線を向ける。

 そこには穏やかな表情で目を瞑る英雄の顔があった。


「アノスさん……」


 カノアは、まだはっきりとしない意識で立ち上がる。


「カノア、大丈夫?」


 よろけながら立ち上がるカノアを支えるように、ティアがその身で寄り添った。


「終わらせなければいけない。あの人の為にも、俺がやらないと……」


 カノアは意を決したように大きく息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出す。

 そして、真っ二つになっていたゲブラーの方へと一歩ずつ近づく。


「……生きて、いるのか?」


 カノアが語り掛けると、ゲブラーがその目をゆっくりと開き、口を動かす。


「……ランダム、ウォーカー、ですか。こんな姿にされたのは……初めて、ですよ……」


 死んだと思われていたゲブラーが口を開くと、ティアが驚愕の声を上げる。


「どうして、まだ生きてるの!?」


 周囲に居た人間達も、再び絶望が訪れたかのように緊張感を走らせた。

 だが、カノアだけは静かな怒りと共に会話を続ける。


「お前たちを完全に殺すのは無理だと、アノスさんから聞いた……」


「……そう、ですか」


「そして、このままではお前の仲間が再びループを起こして、全てをやり直すだろうとも、な」


「……どうでしょうね。このような失態をした私に掛ける情けなど、あの方は持ち合わせていない。結局、私も見下される側の存在だったと言うわけです」


 ゲブラーは全てを諦めた様に、力なく呟いた。

 降りしきる雨が次第に強くなると、カノアは雨音に消されないようにゲブラーに告げる。


「……俺が、全てを終わらせる」


「……全てを……終わらせる?」


 カノアはそう言うと、首からぶら下げていたテウルギアを強く握って想いを込める。


「——う、あああーー!!」


 カノアが叫ぶと、テウルギアが強く輝く。


「カノア!!」


 寄り添っていたティアが声を上げると、カノアはティアに語り掛ける。


「——ティア。俺の事を、支えていてくれないか?」


「……カノア?」


 カノアの顔は穏やかだった。

 だが、それはとても寂しそうで、悲しそうで。怒りも、憎しみも、愛も、絶望も、全てを受け入れた様な顔でカノアはテウルギアを強く握る。

 次第にカノアの周りを光と闇が包み込み始めると、カノアの中に吸い込まれるようにして集まっていく。


「っ! カノア!!」


 ティアもその光と闇が渦巻く中に包み込まれていく。

 取り巻く光と闇の渦が加速していくと、外の様子も次第に見えなくなった。

 目を開けていることも叶わず、ティアはたまらず目を瞑った。だが、ティアはその渦中でも、カノアを支えるようにしっかりと体を掴み続ける。


「うああああっ!!!」


 カノアがひと際大きな声を上げると、渦巻いていた光と闇が全てカノアの中に吸い込まれた。

 そして、ティアはゆっくりと目を開けると、零れるようにその名前を口にする。


「……アリス……様……?」


 髪は白く、背中には純白の翼。だが全身に纏うは死神を想起させる黒いローブ。

 その姿は天使のようで、悪魔のようで。

 いつかの研究所で見た姿に、ティアは言葉を失う。


「……その姿……何故、貴方が……」


 ゲブラーは息も絶え絶えに、カノアの姿に驚愕の言葉を漏らした。

 だがカノアは自身の手を儚げな目で見つめると、その手をまっすぐ伸ばす。


「——顕現せよ」


 カノアの手に光と闇が集中していくと、やがてそれは巨大な鎌のような形状へと変化する。

 そしてただ一言呟くと、カノアは運命を縛り付けていた鎖を断ち切るように、それを振り抜く。


「——リフレイン」


 カノアの言葉に呼応するように世界が動く。

 大地は響き、空が鳴く。暗雲立ち込める空は更に暗さを増し、降りしきる雨は暴風と共に荒れ狂った。

 そして共鳴するように、近くで残骸となっていた魔獣の肉体が分解されていく。


「な、なんだってんだ!?」


 近くに居たアイラが声を上げると、魔獣の肉体から光のようなものが次々と飛び出し始める。

 そしてそれらは荒野の至る所へと舞い降りていくと、人の形へと姿を変えていく。


「お、おい! 町のみんなが!!」


 アイラはその光景に驚愕の声を上げた。

 魔獣に取り込まれたはずの町の人々が、次々と元の姿に戻っていく。


「……まさか……、貴方、ループを破壊したのですか……!? いや、それだけじゃない……。この力は……」


 ゲブラーは残り僅かな意識で、その光景に僅かな理解を示し始めた。


「——絶望の運命は、俺が断ち切る」


 カノアはゲブラーにそう告げると、ゲブラーは何か合点がいったと再びその僅かな命の灯火を燃え上がらせる。


「虚飾が現実に……。これは、傲慢の力でも不可能なこと……。貴方のその力、まさか——」


 ゲブラーの声をかき消すように、更に雨脚が強くなっていく。


「なるほど、これがランダムウォーカーの力、ですか——。素晴らしい、素晴らしいですよ!! 他の騎士シュバリエたちが奪いたいと言っていた意味が、私にもようやく理解出来ました! ああ、今すぐにでもその力を奪いたい。その力があれば、ことが出来るかもしれない!!」


 人間であれば死んでいてもおかしくない状態で、ゲブラーはその狂気を瞳に灯す。

 だが、カノアはそれを許すわけがないと、その身体を真っ二つに切り裂いた光の剣へとテウルギアを変化させる。


「ループは破壊した。もうお前が生き残る術は無い」


 カノアは冷たく言い放つと、持っていた剣を無慈悲に振り下ろす。

 だが、その刹那。黒いローブを着た何者かが、その剣とゲブラーの間を隔てるように姿を現した。


「……貴方が、どうしてここに!?」


 ゲブラーはその姿に駭然とする。


「……貴方には、まだ利用価値があると。我が騎士シュバリエの言葉です」


 その黒いローブの者は、男とも女とも受け取れるような妖艶な声をしていた。

 だが振り下ろされた剣を素手で受け止め、カノアが力を込めても押し切ることが出来ないことからも、尋常ではない強さが伺える。

 それはゲブラーとはまた違った、明らかな異質。


「敵は、全て断ち切る」


 カノアが更に力を込めると、黒いローブの者はカノアの剣を簡単に振り払った。

 しかしカノアも身を翻し、その勢いを剣に乗せて再び振り抜く。だが、黒いローブの者はその切っ先を見切ったように躱した。


「クサントス帝国でお待ちしております。貴方に再び会える日を、心よりお待ちしておりますよ」


 その者はそう言い残すと、真っ二つに切り捨てられていたゲブラーの残骸を素早く拾い集めて、まるで宙を舞うかのごとく豪雨の中に消えて行った。

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