第39話『受け継がれる想い #2』
「——俺が、この戦いに終止符を打つ」
カノアは、アノスから受け取ったテウルギアを握り締め、強く願う。
そしてテウルギアも、カノアの願いに応えるように輝きを増していく。
「俺の魂に応えろ。悠久の彼方にその使命を遂げろ。偉大なるアノスの名において、真実の力で悪を討つ!」
カノアの詠唱にテウルギアがひと際強い輝きを放つと、剣へとその姿を変えた。
「——な、何故ランダムウォーカーの声に神具が!?」
ゲブラーは対抗しようと、自身が行おうとしていた詠唱を中断し渾身の魔法で反撃を試みる——が。
「うあああーーー!!」
カノアは光の剣を手に、ゲブラーが反撃と放った魔法を切り裂きながら突き進む。
「——これが、ランダムウォーカーの力……」
ゲブラーが諦めた様に呟くと、その身は七色の光で切り裂かれた。
「ぎゃあああっ……!!!」
そして真っ二つに切り裂かれたゲブラーは断末魔を響かせ、荒野にその身を分断させた。
「はぁ……はぁ……」
カノアは擦り切れそうな精神で真っ二つになったゲブラーを見下ろした。
そして何も言わず踵を返すと、アノスの元へとふらつきながら歩み寄る。
「……アノスさん……。……やり、ました」
カノアはゆっくりと地面に両膝を着く。
そして、持っていた剣が元のテウルギアへとその姿を戻す。
「……そうか。よく、やった……」
アノスは息も絶え絶えに、囁くような声でカノアを褒める。
だが、カノアには達成感など微塵も無かった。それ以上に、今、目の前で大切な人の命が失われようとしていることに、止めどなく悲しみが溢れ始めていた。
「……カノア」
「……何、ですか……?」
アノスは虚ろな目で空を見て、言葉を紡ぐ。
「……イデア教会を探れ」
「イデア教会?」
カノアには聞き馴染みの無い言葉。だが、何処かで聞いたその名をカノアは記憶に刻む。
「アマデウスの研究は、他の国でも行われている。お前が居たキュアノス王国や、このエリュトロン王国。そして、俺の居たクサントス帝国も、例外じゃない」
アノスの声が時々
カノアは、その言葉の一つ一つを聞き洩らさないように大切に耳を傾ける。
そしてアノスは真っ二つになって動かなくなったゲブラーの方を向き、苦笑を浮かべた。
「あいつはまだ死んじゃいない。いや、そもそもこの世界であいつらを完全に殺すのは無理なんだ」
「どういうことですか!?」
カノアはその絶望とも呼べる宣告に喪失感を覚える。
だが、アノスは残された時間の少なさを理解しているようで、ただ話を続ける。
「このままだとあいつの仲間がループを再び起こして、この国で起きたことを全てやり直そうとする。だがそんなことをすれば、虚飾を取り込んで不安定な状態のルビーは、今度こそ壊れてしまう」
「どうしてあなたがループのことまで!? それにループを再び起こすって何ですか!?」
カノアの驚愕した声にアノスはゆっくりと笑う。そしてゆっくりと手を伸ばすと、カノアの腕を掴んだ。
「あいつらは自分たちの意思でループを起こすことが出来るんだ。そして、今はこの国での目的を果たしたからループを止めているだけに過ぎない。だが、ゲブラーの野郎の命を繋ぐために、またこの国での惨劇をやり直す可能性がある。だから——お前の力で、この国で起きたループが二度と起こされないように止めるんだ」
アノスは何処までのことを知っているのか。カノアは想像していなかった言葉に、心を乱されて、ただアノスに繰り返すように質問をぶつける。
「あなたは一体何を知っているんですか!? この世界で、何が起きているんですか!?」
「……すまんな。もう、時間が無い。頼む、お前の力で、世界を救ってくれ」
アノスはそう言うと、カノアの腕を掴んでいた手を、力を抜くように離した。
だがカノアは脳裏に最悪とも呼べるパターンが浮かぶと、恐る恐るそれをアノスに問い掛ける。
「……この国でのループを止めることが出来たとして、その時アノスさんはどうなるんですか……?」
アノスは力の入らない顔で笑った。
「……ホント、賢いってのも考え物だ。次、弟子を取ることがあれば、もっと馬鹿な奴にしないと、な」
ループが再び起きれば、アノスの命は次の周回で助かるかもしれない。だが、ループを防がないとルビーの命は失われる。
ループが起きるのを待ってアノスの命を救うか、ループを阻止してルビーの命を救うか。
カノアは残酷な決断を迫られる。
「そんなこと、俺には……」
カノアが嘆くように声を出すと、ルビーが目を覚ます。
「——ん。……カノア?」
ルビーはゆっくりと体を起こすと、血まみれで倒れているアノスを見つけすぐさまその身を寄せる。
「パパ……?」
ルビーにも、それがもう助かることのできない傷であることが理解出来たのであろう。
泣きつくように顔を
「パパ! パパぁ!!」
目の前で風前の灯火のように命を揺らすアノス。そして、必死にそれを繋ぎ止めようとするルビー。
そして、遠くから走って来ていたティアやルイーザたちもついに合流する。
「アノス様! アノス様ぁ!!」
ルイーザは血まみれで倒れているアノスを見つけると、悲しみに満ちた声を上げて駆け寄って来る。
「……俺は、幸せもんだ。最期に、こんな沢山の奴に泣いてもらえるなんてな」
「いやっ! パパ! 死なないで!!」
ルビーはアノスの死期がもう目の前であることを悟り、必死に嘆く。
そんなルビーの頭を優しく撫でながら、アノスは最期の言葉をルビーに掛ける。
「俺が居なくなっても周りの人を頼りなさい。ルイーザやエリュトリアの人たち、頼れる人はたくさん居る。お前は一人じゃない、強く生きるんだ」
「嫌よ! パパが居なきゃ、私、私っ!!」
いつもはアノスに冷たく当たっていたルビー。だが、それは深い愛情の裏返しだったことをこの場の誰もが知っている。
だからこそ、ルビーの声に、涙に、集まって来た皆が感情を抑えることが出来なかった。
そしてルイーザもアノスの傍で膝をつくと、必死に呼びかける。
「アノス様! どうか、諦めないでください!」
「アノス様、か。久しぶりに、そう呼んでくれたな。ルイーザ」
「こんな時に、そんな悲しいことを言わないでください……!」
ルイーザの目からも止めどなく涙が溢れ落ちる。だが、ルイーザはそれを隠すことなく感情のままにアノスに顔を向ける。
そしてアノスはルビーの頭を撫でながら、ルイーザに語り掛けた。
「俺とリアナの大事な娘だ。お前にしか頼めない。託されてくれないか?」
ルイーザは泣きながら、だが精一杯の笑顔をアノスに向ける。
「……ズルいですよ。そんな言い方」
「多く持つ者は多く要求されるのさ」
アノスとルイーザはそう言って笑い合う。
そしてアノスは首を少し傾けながら周りを見渡そうとする。
だが——、
「参ったな、もう誰の顔も分からねぇや」
「パパ!」
「アノス様!」
「……すまんな、皆。俺はあいつの傍に行ってやらないと。一人ぼっちってのは、結構寂しいんだぜ?」
アノスの目からも自然と涙が零れ落ちた。
この国の滅びの歴史の中で、唯一全てを見て来た男の目。そこから流れた涙には、どれ程の孤独が詰まっていたのだろうか。
だがアノスの顔は穏やかで、自分の歩んできた人生を後悔している男の顔では無かった。
そしてアノスは見えない目でゆっくりとカノアの方に顔を向けると、最期の言葉を告げる。
「さぁ、カノア。後は頼んだぞ……」
「アノスさん!!」
「——お前ならきっと辿り着けるさ。リフレインの向こう側へ」
アノスの言葉に反応するように、カノアの持っていたテウルギアが光り輝く。
そして、間もなくカノアの意識は光に飲み込まれていった。
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