第38話『受け継がれる想い #1』

「ここは……?」


 光に包まれた世界に少女は居た。

 何処まで遠くを見ても、何も見えない。

 天と地の境目も無く、誰も居ない。何もない。


「ママ……。パパ……」


 少女は不安に押し潰されそうになりながら、言葉を零した。


「……んっ……」


 やがて少女を黒い霧のようなものが取り囲み始める。


「……やだ……。……怖い……。……来ないで……」


 少女はそれを振り払おうとするが上手く身動きが取れない。

 自分の体なのに、自分の体ではないみたいに。


「……助けて……」


 少女が呟くと、一つの光の塊が近付いてくる。


 ——大丈夫よ。


「……ママ?」


 少女はその声に恐怖に覆われていた気持ちが少しずつ晴れていく。


「ママ! ママ!」


 少女は何度も呼びかける。


 ——あなたの大きくなった姿が見られて、本当に嬉しかったわ。


 その光は、少女にまとわりついていた黒い霧を晴らすと、だんだんと遠ざかっていく。


「待って! 行かないで!!」


 少女は懸命に追いかけた。だが、光はどんどん遠ざかっていく。


 ——ずっと、あなたのことを見守っているからね。ルビー。


 光が彼方へと消えていくと、少女の世界は白く包まれた。


 ▽▲▽▲▽▲▽


「ぐっ!!」


 カノアはルビーを取り込んだ魔獣の攻撃を躱す。

 だが、防戦一方でとても戦っているとは言い難い状況だった。


「このままじゃ俺も、アノスさんも……。だが、諦めるわけにはいかない!」


 カノアは心の中で何度もルビーに呼びかける。

 一時的ではあったが、意識が繋がっていたとなれば突破口はそこにあると踏んだ。

 しかし、魔獣に取り込まれる前と違い、ルビーと繋がっていると言う感覚はカノアの中に残っていなかった。


「カノア……逃げろ……。このままじゃ、お前まで……」


「アノスさん!」


 アノスは口や手足から大量の血を流しながら立ち上がる。

 カノアは慌てて駆け寄るが、そこを狙って魔獣が攻撃を放つ。


「グガアアア!!」


「くっ!?」


 カノアはアノスを抱えて間一髪攻撃を躱すも、受け身などは取れるはずもなく地面を滑るように倒れ込む。

 そして、魔獣は二度目の回避を行う猶予を与えない。

 倒れて動けなくなった二人へ、再び大口を開けて光の砲撃を放つ姿勢を取る。


「さぁ、これで全てお終いです! 死になさい!!」


 ゲブラーの終幕宣言。ゲブラー自身も尋常じゃない傷口を腹に抱えているが、最早痛みすらも歓喜の一部だと歪に笑う。

 だが、魔獣の口から攻撃が放たれることは無かった。


「どうしたのですか!? 早く殺してしまいなさい!!」


「ガ、ガアアアアアアッ!!!」


 突如魔獣が苦しみ始める。


「何が起きたんだ……?」


 カノアは理解不能な状況に愕然としてポツリと呟く。

 だが、アノスは全てを理解したと俯き、寂しさとも嬉しさとも取れるような声色で囁いた。


「——ありがとう、リアナ——」


 そしてその言葉に反応するように魔獣の体が崩壊していく。


「カノア……。ルビーを……」


 カノアはアノスに話し掛けられ、ハッとしてすぐに立ち上がる。

 そして崩壊していく魔獣へと向かって行き、その巨体を風の魔法で駆け上がっていく。


「待ってろルビー! 今、助けてやる!!」


 カノアは魔獣の暴走を躱しつつ駆け上がる。

 巨大な足を飛ぶように駆け上がり、背中と思われるところを素早く走る。そして勢いそのままに、胴体と繋がる大きな頭部へと到達すると、ルビーの体に手を伸ばす。


「うあああ!!!」


 カノアはルビーを抱きしめると、魔獣の胴体から引き抜いた。


「グギャアアア!!?」


 そしてルビーという核を失った魔獣は、ギリギリで保っていたその身を完全に崩壊させていく。

 胴体から腕が落ち、足が欠け、そして頭部も地面へと墜落していく。そして崩壊する魔獣の体から、光や闇が粒子となって周囲に散らばっていく。

 カノアはルビーを強く抱きしめると、その崩落の中を風の魔法で駆け下りる。


「……馬鹿な、あり得ない……。何が起こったと言うのですか!?」


 ゲブラーはその光景に、悪夢を見ているようだと膝から崩れ落ちた。

 そしてカノアはルビー抱きかかえたまま、アノスの所へと戻って来る。


「アノスさん!」


「……良くやってくれたな、カノア」


「ええ! 早くアノスさんも——」


 そこまで言ってカノアは気が付く。アノスの目の焦点が自分に合っていないことを。

 呼吸も荒く、肩を上下に動かして何とか酸素を取り入れているだけの状態。


「アノスさん!?」


「ちと、血を流し過ぎたな」


 アノスは力ない声で笑おうとする。だがその笑顔すら儚く、脆い。


「早く、誰か治療が出来る人の所へ!!」


 カノアは立ち上がり周りを見渡す。

 遠くの方からルイーザたちが走って来るのが見えた。そしてそこにはティアやアイラの姿も確認出来る。

 だがそれは泡沫の希望。それはまるで泡が弾ける瞬間を見せられるように、カノアを絶望の淵へと引きずり込む。


「——許さない。私の完璧な計画をこうも傷付けて、生きていられると思うなあああ!!」


 カノアがその声に振り返ると、ゲブラーが血にまみれた手で杖を地面に突き立てているのが見えた。

 明らかに今までとは違う雰囲気。余裕を見せつけていたゲブラーの姿はそこには無く、狂気に満ちた顔で呪文を唱え魔法陣を展開する。


「何をする気だ!?」


「傲慢を奪えないのであれば、全てを終わらせてやる!!」


「何だと!?」


「計画失敗となれば、今度こそ私は騎士シュバリエの座に居られなくなる。神の寵愛を受けられなくなるのであれば、最期は我が身を持ってその忠誠を示すまで!!」


 大地が大きく揺れ始め、空には暗雲が立ち込め薄闇が覆い始める。

 天変地異とも呼べる程の異常事態が世界に広がっていく。


「カノア……」


「アノスさん!? 喋っちゃダメだ!!」


「……良いから、こいつを受け取れ」


 そう言ってアノスはカノアに何かを手渡す。


「これは……」


「……これで、あいつを倒すんだ」


 カノアはアノスからテウルギアを受け取ると強く願いを込める。

 全ての戦いに終焉を。全ての人々に安寧を。

 そして、カノアの願いに応えるように、テウルギアが淡く輝き始めた。

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