第37話『愛と死』
「ぐっ……。まさか、この私が……」
アノスが剣を引き抜くと、ゲブラーは口から大量の血を吐いてその場に倒れ込む。
「神が何だ。運命が何だ。そんな些細なもん、俺とリアナにとって障害にすらならねぇよ」
アノスは血の付いた剣を振り払い鞘に納める。
「ママ!」
ルビーの悲壮に満ちた声が響く。
アノスの背後から走り抜けていくように、ルビーがリアナの元へと駆け寄った。
「……ごめんなさい、ルビー。ママ、少し疲れちゃったみたい」
リアナは残っていた最後の力を使い切ったと、立っている事も出来ずその場に崩れるように座り込む。
「リアナ!」
「リアナさん!」
その様子を見て、アノスとカノアも駆け寄っていく。
「ママ! 嫌っ! 元気出して!!」
「良いのよ、ルビー。私は元々此処に居てはいけない存在。これで、良かったの」
リアナの言葉に、カノアが恐る恐る問い掛ける。
「リアナさん。まさか、ずっと気付いていたんですか!? ご自身の事も、ルビーの事も……」
リアナはカノアの言葉に薄っすらと笑みを浮かべると、泣きついて来たルビーの頭を撫でながら語り始めた。
「ええ、勿論よ。どんなに時が流れても、どれだけ世界が変わろうとも。この子は私たちの愛しい娘だもの。気付かないわけがないじゃない」
リアナの目から自然と涙が溢れ出る。
だが、リアナはそれでも幸せな時間だったとルビーを優しく抱きしめた。
「ママぁ! うえぇぇぇん!!」
互いに抱きしめ合う母と娘。
そして、アノスはその二人を包み込むようにゆっくりと抱きしめた。
「リアナ。ずっと、辛い思いをさせてすまなかった。俺があの時、もっと早く帰って来ていれば……」
リアナはアノスの言葉に首を横に振る。
「そんなことないわ。あなたと出会えて、あなたと恋をして、あなたと結ばれて。私にとっては夢のような時間だったもの。それに、最期にもう一度あなたとルビーに会えるなんて、私は本当に幸せ者よ」
カノアの視界が次第にぼやけていく。
それは、自分でも気が付かない内に溢れんばかりの涙が目に溜まっていたからだ。
「愛しているわ、二人とも。ずっと、ずっと、大好きよ」
そして、その言葉を最期にリアナはゆっくりと目を閉じた。
「リアナ!」
「ママ!」
二人が呼びかけるが、もうリアナが返事をすることは無かった。
カノアはその光景に強く目を瞑ると、溜まっていた涙が頬を伝って流れ落ちるのが分かった。
「うえぇぇぇん!!」
ルビーの声がいつも以上に心に響く。
初めて出会った時は気丈に振舞う高飛車な子だった。そして町の人たちに囲まれている時は、皆を元気付けるような優しさを振りまく女の子。
カノアはルビーと出会ってからの事を思い出すと、悲痛な思いのままに泣き叫ぶ少女の心が痛いほど伝わって来た。
そんな中、カノアの心に少女の嘆きがポツリと聞こえて来る。
——やめ……て……。
「……ルビー?」
それは、ルビーの心と自分の心が、契約により繋がっていたからなのかもしれない。
その声が聞こえて来たカノアは、その場に居た誰よりも早く気付いた。
「——いや、いやああああああ!!?」
ルビーは悲痛な叫びとは違った、苦しみに取り憑かれたような声を上げ始めた。
頭を押さえ、苦しそうに涙を流すルビーに、カノアとアノスが呼びかける。
「ルビー! どうしたんだ!?」
だがルビーは苦しむ一方で、まともに会話すら出来ない。
「……くくく、ついに傲慢が虚飾を取り込み始めましたか」
カノアがその声に振り返ると、アノスに貫かれた傷口から大量の血を流すゲブラーが立っていた。
「何だと!?」
アノスが声を荒げると、ゲブラーは壊れた人形のように狂った顔で笑いを浮かべる。
「例え途中経過がどうなろうと、結果が全て! 傲慢のアマデウスさえ完成してしまえば、私の勝ちなのです!」
——うあああーーー!!?
遠くの方で町の住人たちの叫び声が上がり始める。
カノアがその方向へ目を向けると、人々が光に包まれその姿を光の粒子へと変化させている光景が飛び込んできた。
「さぁ、いよいよ始まりますよ!!」
町の人たちが分解されて出来た光の粒子が一斉にカノアたちの方へと飛んでくると、その粒子がルビーの中へと吸い込まれるように矢継ぎ早に飛び込んでいく。
「いやっ!! やめて!! 私——。いや、いやあああ!!!」
「ルビー!!」
ルビーに吸収されていく町の人たち。
そして、ルイーザやティアたちが倒した魔獣すらも、黒い粒子となってルビーの中へと混ざっていく。
「さぁ、その真価を見せてあげなさい! 傲慢のアマデウス!!」
ゲブラーが狂気と歓喜に満ちた雄叫びを上げると、ルビーが禍々しい気に包まれていく。
「てめぇ!! 今すぐやめろおお!!!」
アノスが渾身の力で斬りかかるも、ゲブラーは魔法障壁を張りそれを防ぐ。
「満身創痍なのはお互い様でしょう、アノス=アリスィアス。今の貴方では、私を倒すことは出来ませんよ。くくく」
「ぐ……、この野郎……」
アノスは呼吸を乱し、その場に片膝をつく。
そして、その場に残されていたリアナすら粒子に変えて、ルビーは取り込んでしまった。
「グギャアオオオオ!!!」
ルビーを取り囲んでいた禍々しい気が巨大な魔獣へと姿を変えていく。その大きさは見た目では計り知れないほど大きく、先ほどまで相対していた魔獣すら小さく見える程だ。
そしてその魔獣の頭部とも言える場所に、埋め込まれるようにしてルビーの姿が確認出来た。
「ルビー!!」
カノアが叫び名を呼ぶが、ルビーは気を失っており反応しない。
いや、ルビーだけが反応しないと言ったほうが正しい。
「ガアアアアアアッッッ!!!」
魔獣は咆哮を轟かせると、その大口から太い光を吐き出した。
「ぐっ!?」
間一髪カノアはその身を逸らし躱したが、下から上に薙ぎ払うように放たれた光は、まるでレーザーのように大地を割って破壊した。
「はっはっはっ! これぞ傲慢のアマデウス!! 人間風情が太刀打ちできる存在ではないのですよ!!!」
カノアは横目にアノスを一瞥すると、満身創痍で立ち上がることすらできない様子が目に映る。
「俺が、何とかしないと——」
カノアは汗ばむ拳を強く握りしめると、ルビーを見据えた。
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