第36話『終焉に至る一手』
時は数刻前。ルイーザたちの戦地から少し離れた荒野でアノスとゲブラーは火花を散らしていた。
「うおおお!!!」
アノスの持つ剣がゲブラーに真っ直ぐ振り下ろされる。だが、ゲブラーはそれを魔法障壁でいなしつつ、その身を
「流石の貴方でも、魔法無しでは限界があるようですねぇ」
「はっ! 魔法なんか無くとも、てめぇをぶっ飛ばすにはこいつで十分だ!」
だがアノスの言葉とは裏腹に戦況は拮抗している。
アノスの光速の剣技も、ゲブラーに決定打となる一撃を与えられずに居た。
だがその時、荒野に荒々しい風が吹き荒れると二人は動きを止めた。
「何だ?」
アノスは辺りを見回し、その異変を感じ取る。
「まさか!?」
ゲブラーもアノス同様に辺りを見回すと、その意味を理解するように驚愕の声を上げた。
やがて周囲の空を覆っていた禍々しい空気がその姿を現すと、吹き荒れた風と打ち消し合うように空が青く広がっていく。
「……ん?」
アノスは自身の体に訪れた変化に気付く。
手を握り、開く。何度か繰り返した後、呟くように言葉を口にする。
「——【ケラヴノス】」
アノスの言葉に反応するように、アノスの手のひらでバチッと小さな稲妻が音を立てた。
「……どうやら、てめぇの計画もここまでのようだな」
アノスが手を握り締めて不敵に笑うと、その様子にゲブラーも焦りを見せる。
「一体なぜ……」
ゲブラーが遠くの戦場に目を向けると、そこではエリュトリアの町の人間たちが集まって何か騒いでいるのが見えた。
そして、その民衆の中から二人の少女が出てくるのが見え、更にはその進路の先で黒髪の少年と小さな少女が魔獣を蹴散らしている姿も飛び込んでくる。
「まさかあの娘、結界を!? それに何故ランダムウォーカーが生き返っているのですか!?」
ゲブラーが信じられないとその光景に目を奪われていると、稲妻を纏った剣でアノスが切りかかる。
「——形勢逆転だな!」
「ぐっ!?」
間一髪のところで防ぐも、先ほどより数倍は威力の増した剣圧にゲブラーは弾かれるような形で後ずさりをした。
「いくらてめぇでも、こうなったらもうお終いだな」
アノスは剣を肩に乗せ、じりじりとゲブラーとの距離を詰めていく。
だが、窮地に追いやられたはずのゲブラーは不敵に笑う。
「——本当に、どいつもこいつも邪魔ばかりしてくれますね……」
「……何笑ってやがんだ?」
アノスはその不気味な笑いに何か違和感を覚え、身構える。
幾度となく戦場を駆け巡って来たアノスは、窮地に追いやられた敵こそ何をしでかすか分からないことを良く知っていた。
ゲブラーは杖を地面に立てると、自身の目の前に一つの魔法陣を生成する。
「私は慎重な性格が売りでしてね。あらゆる事態を想定した緻密な計画と、それを成し遂げる確かな実行力を認めて頂き、あの方より
ゲブラーの激高の下、魔法陣から拘束された一人の女性がゆっくりとその身を露わにしていく。
「まさか……」
アノスはその愛しい人の姿に、心臓に刃を突き立てられたような痛みが走る。
「さぁ、全てを終わらせましょうか」
「リアナあああ!!!」
ゲブラーは勝ち誇るように笑うと、アノスの絶叫が荒野に響き渡った。
◆◇◆◇◆◇◆
何処からか男の絶叫が響いて来た。
カノアはその声に辺りを見回すと、隣に居たルビーの方がいち早く声を上げた。
「ママ!?」
ルビーの視線の先をカノアも見据える。
そこにはアノスとゲブラー、そして身柄を光の鎖のようなもので拘束されたリアナの姿があった。
「カノア!」
「ああ、分かっている! だが、ここを離れると町の人たちが!!」
カノアは緊急事態であることを理解しアノスの元へと向かおうとする。だが、自分たちがこの場を離れるとルイーザたちの戦場をすり抜けて来た魔獣をみすみす町の人たちの所へ通してしまう、とアノスの元へ向かう決断を鈍らせる。
カノアが苦悩を抱えつつも一度町の人たちの方へ目を向けると、二人の少女が自分たちの所へ駆け寄って来るのが見えた。
「カノア! ここは私たちに任せてアノスさんとリアナさんを!」
ティアとアイラも先ほどのアノスの叫びを聞き、今の状況を理解しているようだった。
急いでカノアたちと合流すると、ティアとアイラは持ち場を引き継ぐ。
「すまない。二人とも無理はしないでくれ」
「お前に言われたくねーよ! 勝手に人の代わりに死にやがって!!」
カノアの心配を突き返すように、アイラが憎まれ口を叩く。
その何とも言えぬやり取りにティアは「ふふっ」と笑いを零した。
「さ、早く行ってカノア。町の人たちは私とアイラが居れば大丈夫だから!」
「ああ! 頼んだ!」
カノアはルビーを背負うと、ティアに促されるようにアノスの元へと向かう。
「また死にやがったら、今度は地獄の底だろうと、とっ捕まえに行くから覚悟しとけよ!」
その言葉に背中を押される気持ちでカノアは一歩目を踏み出した。
◆◇◆◇◆◇◆
「頼む! 間に合ってくれ!!」
カノアは走りながら風の魔法を自身に掛けて一気に加速する。
「カノア! お願い、頑張って!!」
ルビーの声に応えるようにスピードを上げる。
早く、早く。古城で見たアノスの光速のような動きをイメージして足を踏み出す。
「もっと、もっと早く!!」
そしてアノスを目前に捕らえると声を上げた。
「アノスさん!」
「パパ!」
カノアとルビーの呼び声にアノスが振り返る。
「お前ら!?」
カノアは速度を緩めアノスの傍で足を止めると、少し息を切らしながら話し掛ける。
「良かった……。間に合った、みたいですね」
「……遅ぇよ、馬鹿弟子」
アノスは緊張感漂う中、カノアの顔を見て僅かに安堵の表情を見せた。
「すみません、ちょっと生き返っていたもので」
「はっ! なんだそりゃ。町の人間たちじゃあるまいし」
「……やっぱり、アノスさんも気付いていたんですね」
「その話は、また後でだ」
アノスはそう言うと再びゲブラーを睨み付ける。カノアも背負っていたルビーを降ろすとアノス同様にゲブラーを睨み付けた。
ゲブラーはそれに対する返事だとばかりに、歪な笑いを浮かべて返す。
「どうやら、役者は揃ったみたいですねぇ」
「ママを返して!!」
ルビーはその怒りを露わにし、ゲブラーにぶつける。
だが、ゲブラーは全てが計画通りであると、微塵も焦りを見せることは無かった。
「さぁ、その娘を渡して貰いましょうか」
ゲブラーは魔法陣を生成すると、牛頭人身の魔獣を召喚する。
「少しでもおかしな動きをしたら——分かっていますね?」
魔獣はゲブラーの声に従うようにリアナの体を鷲掴みにする。
リアナの華奢な体では、魔獣が力を込めようものなら一溜まりもない。
「ぐっ……」
アノスはその状況に歯を食いしばりゲブラーを睨み付ける。
だがそんなことはお構いないと、ゲブラーはゆっくりとアノスに杖を向ける。
「
ゲブラーが呪文を唱えると地面が隆起し、細く硬く尖った地面がアノスの体を貫く。
「がはっ!?」
「パパ!!」
「……離れていろ、ルビー……」
アノスは口から血を吐き出し、その場に立ち尽くす。
攻撃を受けるアノスを助けようとルビーが近付こうとするが、カノアが抱きしめてそれを引き留める。
「放してカノア! このままじゃパパが! パパが!!」
カノアも同じ気持ちだった。
だが、リアナを人質に取られている以上、下手な動きは出来ない。
ましてや敵の目的はルビーだ。リアナに続いてルビーまで敵の手中に落ちれば全てが終わる。
カノアは血が出る程に自分の唇を噛み締めて、怒りを抑え込んだ。
「くくく、急所は外して差し上げました。簡単に終わらせてしまっては詰まらないですからねぇ!!」
ゲブラーはそう言うと、何度も同じ呪文でアノスの体を突き刺す。
右足、左足。そして腕。致命傷にならないように、痛みを何度も味合わせるように、呪文を繰り返す。
「もうやめて!! パパ!!」
ルビーは泣き叫ぶ。
カノアはルビーを必死に抱きしめその光景を見せまいとするも、ルビーはカノアの腕の中で泣いて暴れる。
「先ほどの貴方の言葉、そっくりそのままお返しします。こうなってしまっては、貴方もお終いですねぇ、アノス=アリスィアス! さぁ、愛する者たちの前で、死になさい!!」
ゲブラーは最期の一撃だと、杖に渾身の力を込める。
そしてそれに反応するように尖った地面がアノスに真っ直ぐと伸びる。
「——ママ?」
アノスの命が絶たれようとした、その刹那。ルビーが何かを感じ取り、呟いた。
その場に居た誰もが、その声に一瞬動きを止める。
そして、ルビーの声に僅かに遅れるようにして魔獣の断末魔が響き渡った。
「グガアアア!!?」
魔獣の叫びが響き渡るとその姿は消滅し、今度はアノスに向かっていた魔法が砕け散った。
カノアがゲブラーの背中の後ろに目を向けると、そこにはリアナが立っていた。
「……リア……ナ……」
アノスは痛みに耐えかねて片膝をつくと、愛しいその人の名を呼んだ。
「何故……貴女が……!?」
ゲブラーすらも想像していなかった展開に、一同は息を呑む。
「……はぁ、……はぁ。傲慢の力と繋がっているのが、カノア君だけじゃないことを忘れていないかしら?」
リアナは苦しそうに言葉を紡ぐ。それは町の人々が生き返った今朝と何も変わらず、リアナの命の灯火が残り僅かであることを意味していた。
だが、僅かにでも残された力があるならば、僅かにでもそこに希望が残されているのであれば。愛する者のために最後まで力を振り絞るという強い心を持つのが、リアナ=アリスィアスという女性だった。
「——流石、俺の愛した女だ」
アノスはそう呟くと、血を流し激痛がほとばしる全身に力を込めて立ち上がる。
「なっ!?」
リアナの作ってくれた僅かな瞬間。
ゲブラーの緻密な計画を突き崩す、終焉に至る一手。
「うおおお!!!」
アノスは血に染まる手で剣を握り締め、地面を蹴って真っ直ぐにその切っ先を伸ばす。
「がはっ!?」
騎士の誇りと渾身の愛が、ゲブラーの体を貫いた。
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