第35話『お姫様と騎士』
——うおおお!!!
何処からか軍隊のような雄叫びが聞こえて来た。
ルイーザは魔獣との戦闘の最中、視線だけを動かしてその声の発せられた方を見る。
「何だ? 町の人たちは何を騒いで——!?」
ルイーザは、その熱狂の中に一人の少年の姿を捕らえ、驚嘆の声を上げる。
「カノア殿!?」
「どうやら、状況がこちらに傾き始めたみたいですね」
「んじゃ、アタシらはこのまま魔獣に専念させて貰うっスかね!」
思わぬ形で届いた吉報に、シンシアとシルヴィアも俄然やる気が出て来たと闘志を燃やす。
ルイーザはフッと笑いを零すと、持っていた剣を掲げ、
「ハグネイア騎士団! 我々はこれより迎撃から
ルイーザの号令に即座に反応しハグネイア騎士団が陣形を組み上げていく。
未だ多くの魔獣がその狂気を放っているが、この場にそれを恐れる者は誰も居なかった。
「さぁ、我々に敵対したことを後悔させてやる時間だ」
ルイーザは強く剣を握り、静かに魔獣を見据えた。
◆◇◆◇◆◇◆
「農民なめんじゃねぇぞ!!」
「畑の肥やしにしてやらぁ!!」
エリュトリアの町の人々が武具や農具を手に、カノアたちを守るように背中を向けて取り囲んでいた。
「もし魔獣がこっちに来ても、俺たちが蹴散らしてやらぁ!」
「ティアちゃん、頼んだぜ!」
レヴァンとレヴィンが指揮を取り、町の人々が闘志を燃やす。
カノアはその光景に何とも心強いと安堵の気持ちを抱いていた。
だがそんな気持ちなど知ったことかと、腕の中でアイラが暴れる。
「早く下ろせって!!」
カノアはバランスを崩してアイラを手放したが、問題ないとアイラはそのまま自分の足で地面に立った。
「アイラ、もう大丈夫なのか?」
「ずっと抱えられてた方が変になっちまうよ!!」
アイラは少し怒るような態度で気恥ずかしさを誤魔化す。
カノアの腕が空いたのを見て、入れ替わるようにルビーがカノアの傍へと寄ってきた。
「ルビー」
カノアが声を掛けると、ルビーはふくれっ面でカノアに訴える。
「私だって、すっごく心配してたんだから!!」
「すまなかったな」
カノアが慰めるようにルビーの頭を撫でると、ふくれていた頬っぺたが少しずつ緩んでいく。
カノアはお姫様からの許しが出たとこれまた安堵すると、本来の目的だった結界についてティアに確認を取る。
「ティア、いけそうか?」
カノアに声を掛けられたティアは、持っていたブレスレットを腕に嵌めて祈るようなポーズを取っている。
「干渉は出来てる……。だけど、この結界すごく強いの……」
敵の結界魔法が強大で、うまく力が制御出来ないとティアは焦りを見せる。
腕に嵌められているブレスレットが光を放っているが、順調とは言い難いようだ。
「……あたしも、力を貸すよ」
アイラが祈るように組まれていたティアの手を上から握ると、それに反応するようにブレスレットの光が少し輝きを強くした。
「ありがとうアイラ」
「……うん」
アイラは静かに呟くと、意識を集中させるようにゆっくりと目を閉じた。
「魔獣がこっちに来るぞ!!」
町の誰かが声を上げると、周囲に一気に緊張感が広がった。
ルイーザたちにやられたであろう傷だらけの魔獣が、脇目も降らずにこちらに突進してくる。
「くっ! やっぱ魔獣でけぇな……」
「だが、俺たちでティアちゃんのことを守ってやんねぇと!!」
本来であれば、魔法の使えない人間が魔獣に立ち向かうなどただの自殺行為だ。
カノアはそれをメラトリス村で嫌と言うほど痛感させられている。
「グガアアア!!」
「踏ん張れえええ!!!」
「うおおお!!!」
逃げ出したくなる気持ちを叫びに変えて、エリュトリアの町の人たちはその場を強く踏みしめて一歩も動かない。
だが、魔獣が町の人と接触するというその瞬間。その巨大な躯体が捻じ曲がっていく。そして、魔獣が呻き声のような声を漏らすと、爆発するようにその身体を散らした。
「だあああ!? 汚ったねぇ!?」
「何だ!? 魔獣が爆発したぞ!?」
魔獣と相対そうとしていた所の人々が、その身に降りかかって来た魔獣の血肉を振り払い騒ぎ立てる。
そんな中、ルビーがポツリと声を出した。
「カノア? ティアお姉ちゃんたちまだ結界を破ってないのに、どうして魔法が使えるの?」
不思議そうな顔で問い掛けるルビーを見て、カノアは確信に至る。
「やはりそうだ。そういうことなんだ、ルビー!」
カノアが突如喜びの声を上げると、意味が分からないとルビーは困惑する。
「な、何よ突然!?」
「ルビー、俺と一緒に戦ってくれ!」
「どういうこと?」
「ルビーには特別な力があるんだ。ルビーが傍に居てくれたら、俺はこの結界の中でも戦うことが出来る!」
「私に特別な力……? そういえば、あの黒いローブの男も言っていたわ。私には何か特別な力があるって。カノアなら今みたいにそれを引き出せるってこと?」
「ああ、そうだ!」
カノアはルビーの言葉を力強く肯定する。
「私に特別な力が……。——うん、私も戦うわ! 守られてるだけのお姫様なんて、私は嫌っ!!」
「ありがとうルビー」
「その代わり、ちゃんと私のことを守ってよね!」
「当然だ。早く魔獣を倒して、アノスさんの所へ向かうぞ!」
「うん!」
嬉しそうに頷くと、ルビーは右手を握り、小指を立ててカノアに差し出した。
「……ルビー!」
「お姫様を守るのが騎士の役目なら、騎士を奮い立たたせるのがお姫様の役目なんだから!」
カノアはその強く気高い笑顔に、自身の胸の奥が熱くなるのが分かった。
「お姫様には頭が上がらないな」
そう言って笑うとカノアは
「さぁ、カノア! 私たちを敵に回したらどうなるか、教えてあげるわよ!!」
「ああ!」
カノアは小指を解くと改めてルビーに手のひらを差し出す。
そのポーズはまるで、社交界で男性が女性をダンスに誘う時のような仕草だ。
ルビーは「ふふっ」と笑うと、その手を握る。
「また魔獣がこっちに向かってくるぞ!!」
町の誰かが声を上げると、再び魔獣がルイーザたちの戦場を離れこちらに向かってくるのが見えた。
だが、カノアたちはまるでダンスホールに向かうペアのようにリラックスして、町の人たちの間を抜けて魔獣の前へと足を進めていく。
「カノアはダンスが得意かしら?」
ルビーがカノアに笑い掛ける。
「昔、少しだけ習っていたことがある」
「それは楽しみね♪」
二人は少しずつ足を早め、町の人たちから距離を取るように魔獣を迎え撃つ。
「グガアアア!!」
魔獣とカノアたちの距離が詰まっていく。
二人を射程圏内に捕らえたところで、魔獣が口から灼熱の火炎を放った。
大きな塊となって飛来する火炎は、建物一つ簡単に燃やし尽くしてしまいそうな程の禍々しさを纏っている。
だが——。
「はあああ!!」
カノアはルビーをエスコートしながら、右手を火炎球へと向ける。
すると火炎球がその軌道を変え、放たれた元へと加速して戻っていく。
「グギャアアア!!?」
魔獣の元へと加速していった火炎球は、魔獣へ直撃しその身を業火で焼き払った。
火炎に身を包まれた魔獣が最期の足掻きだと、今度は大地を粉砕しその塊を飛ばしてくる。
しかし今度はルビーが左手を伸ばすと、その塊が粉々に散ってその一つ一つが花吹雪へと変わる。
「やるじゃないか」
「当然よ♪」
二人は互いの手を握ったまま笑い合う。
次なる魔獣が再び近付いてくるが、そこに不安は存在しなかった。
◆◇◆◇◆◇◆
まるで何かのマジックショーを見せられているような感覚に、離れたところで見ていた町の人々が愕然とする。
「おいおい、あんなのありかよ!?」
「いったいどうなってやがんだ!?」
「へへっ、あいつら無茶苦茶だぜ!」
町の人々が騒ぎ立てる中、目を瞑って集中していたティアも、その言葉からカノアたちの善戦を感じ取り薄っすらと笑う。
「カノア、ありがとう」
「今のうちに、あたしらもさっさと結界破っちまうぞ!」
「うん!」
二人は息を合わせるように集中していく。
そしてブレスレットがひと際大きな輝きを放つと、ティアが詠唱を口にする。
「——ティリクシア・フィ・エルフィリアが命じる。我が名の下に、汝の力を解き放て。この地を覆う結界よ、この地に蔓延る忌まわしき力よ。我が力を持って、封印する!」
ティアの声に反応するように、辺り一面を風が包み込む。
空に浮かんでいた雲が散らされていくと、更にその上空で全てを包み込んでいた禍々しい層のようなものが姿を現した。
だが直後、周囲を包み始めていた風と打ち消し合うように禍々しい風が吹き荒れる。
「こ、今度は何だ!?」
町の人々が飛ばされまいと、その場で屈んで騒ぎ出す。
荒野に吹き荒れる風は、砂埃を巻き上げて次第にその強さを増していく。
「もうちょっとなのに……!!」
ティアは吹き荒れる風に抵抗するように、ブレスレットに願いを強く込める。
「お父さん! お母さん! お願い、私に力を貸して……!!」
苦しそうな顔を浮かべるティアにアイラが優しく語り掛ける。
「——大丈夫。いつでもティアのことを見守ってるよ」
「……アイラ?」
ティアが目を開けると優しく微笑むアイラの顔があった。
その慈愛に溢れた笑顔にティアは心が楽になる。すると、打ち消し合うように吹き荒れていた風が次第に力を弱めていく。
「今だ!」
アイラの掛け声にティアが力を振り絞ると、吹き荒れていた風が消滅するように止んでいく。
風が止むと辺り一面が僅かな無音に包まれ、上空を覆っていた禍々しい空気が晴れていくと、辺りに爽やかな日差しが降り注いだ。
「結界が……消えた!!」
ティアの声に、町の人々も遅れて理解がやって来る。
「やったのか……?」
「うん! これでみんな魔法が使えるよ!!」
「お……、おおおお!!!」
一人が声を上げると、続くように他の町の人も声を上げ始める。
「ティアちゃんがやってくれたぞ!」
「よっしゃあああ!」
「俺は最初から魔法が使えないけど、何か今なら火とか出せそうな気がするぜ!」
町の人々が歓喜の声で辺りを包む。
ティアの手を握っていたアイラもゆっくりと立ち上がると、手をポキポキと鳴らして血気盛んに不敵な笑顔を少し離れた戦場に向ける。
「さぁて、これであたしも戦える。……よくも恥ずかしい思いをさせてくれたな! 倍返しじゃ済まさねぇぞ!」
気合を見せるアイラに、ティアが苦笑いを浮かべて話し掛ける。
「それはカノアのせいじゃ——」
「良いんだよ! 魔獣だろうと朴念仁だろうと、あたしに恥をかかせやがった奴は、全部まとめてぶっ飛ばしてやる!!」
アイラは顔を赤らめながら、魔獣ではなくカノアを睨み付けた。
その様子に「ほどほどにね」と、笑いながら立ち上がるティア。
「じゃあ私たちも、うんと暴れちゃおっか♪」
二人の少女は、ゆっくりとカノアの居る戦場へと歩き始めた。
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