第34話『Exsultate Jubilate -踊れ、喜べ、幸いなる魂よ- 』
アイラは呆然とその光景に目を奪われていた。
魔獣が走り去り、目の前で受け入れ難い惨劇が起ころうとしていた、まさにその瞬間。その狂気は断末魔と共に、空中に散っていった。
そして、その直後に聞こえて来たルビーの歓喜を含んだ声。
ルビーが動かなくなっていたカノアに抱き着く姿を視界に捕らえると、アイラは目頭が熱くなっていく。
「カノア……」
アイラは力の入らない体で小さく呟いた。
町の人たちがカノアを取り囲むように集まっていくと、カノアの姿はすぐにその人だかりで見えなくなった。
だが、すぐにその中からカノアが姿を現すと、アイラは急いで目元を袖で拭った。
「馬鹿野郎……」
駆け足で自分の方に向かってくるカノアとティア。
そして、それに続くようにルビーや町の住人たちが移動してくるのが分かると、アイラは嬉しそうに言葉を零したのだった。
◆◇◆◇◆◇◆
「アイラ、無茶させてごめんね! 無事で良かった!!」
最初に声を掛けたのはティアだった。
ティアは自分がアイラを止めていればこんな怪我を負わせることは無かった、と懺悔とも呼べるような言葉を掛けて抱き着いた。
だが、アイラが作った僅かな時間が、ここに居る多くの人間を助けたことも間違い事実だ。
「アイラお姉ちゃん!」
続くようにルビーも声を掛けると、アイラは安堵を含んだ笑顔で二人を迎え入れた。
「良いんだよ。あたしがやるって決めたことだ。みんなが無事だったんなら、あたしはそれで十分だ」
アイラはそう言ってゆっくりと上体を起こした。
「アイラ、起きて大丈夫?」
「また魔獣がこっちに向かってくるかもしれねぇ。こんな場所でおちおち寝てらんねぇって——」
アイラは痛みを誤魔化すように強がりを並べ始める。
だがそれを聞き切る前にカノアは近付くと、アイラの横で片膝を着いた。
そして無言で左腕を両膝の下に通し、アイラの左腕を自身の首に回すように右肩に乗せる。最後に自分の右腕をアイラの背中を支えるように回すと、アイラの肩を掴んで抱き上げた。
「魔獣が来たら俺が連れて逃げるから安心してくれ」
一瞬何が起きたのか分からなかったアイラは、自分の身に起きた事態に理解が追い付いてくると次第に顔を赤らめていく。
「——ば、馬鹿!! こんな風に持つなって前にも——」
アイラは恥ずかしさの余りカノアの腕の中で暴れようとする。だが、カノアは薄っすらと笑うと、アイラの言葉を優しく遮った。
「心配掛けてすまなかった。みんなの事を守ってくれてありがとう」
その言葉に、アイラは思わずカノアの体に顔を押し付けた。
それは恥ずかしさだけではなく、溢れ出そうになった涙を見られたくなかったからだろう。
「やるじゃねぇか坊主!」
「ちゃんとアイラちゃんのこと労わってやれよ!」
自分たちを取り囲んでいた町の面々がアイラを囃し立てるように、しかし、まるで英雄を祭り上げるようにその功績を讃え始める。
だがカノアがふと横を見ると、若干一名が不服そうな顔で少し頬っぺたを膨らませていた。
「い、今だけは見逃してあげるんだから!!」
ルビーはそう言って腕を組んでそっぽを向く。
そんな光景も、皆が無事であったからこそだとティアは嬉しそうに笑った。
「けど、カノア。何があったの? それに目を覚ましたと思ったら魔獣をあんな簡単に倒しちゃうなんて」
「何があったかは……思い出せない。それに魔法も。……どうして使えたかまでは分からない。だが、何故か魔法が使える気がしたんだ」
カノアは呟くように言葉を並べる。
「何も覚えてないの?」
「すまない……。だが、何か懐かしい夢を見た気がする」
「夢?」
「ああ。確か夢の中で誰かと話していて——。そうだ、結界だ!」
何かを思い出したかのようにカノアは言葉を強く発した。
「魔獣たちはルイーザさんたちに任せるしかない。どれくらい時間があれば行ける? その間にティアを守りつつ……」
自問自答を繰り返すように、カノアは独り言を繰り返す。
「カノア? どうしたの?」
急に思案の世界に引っ込んでしまったカノアにティアが問い掛けた。
だが、カノアは何かを計算するようにひたすらに自問自答を繰り返す。
取り囲んでいた町の人たちも不思議そうにその光景に視線を注いでいると、中からレヴァンとレヴィンが出て来て話し掛けた。
「おい、どうした坊主。それに死んだと聞いていたんだが、無事だったのか?」
名前を呼ばれてカノアが反応する。
「何やら生き返れたみたいです」
「生き返ったぁ? なんだそりゃ。人が簡単に生き返ってりゃ世話ねぇよ」
呆れるようにレヴァンたちが言い捨てると、カノアはその言葉に集まったエリュトリアの町の住人たちを一瞥する。
「ほんと、簡単に生き返る何てどうかしていますね」
「ん?」
自分も他人事ではない、とカノアは自嘲するように笑い捨てた。
だがカノアが言っていることの意味が分からない町の人々は、ただ不思議そうな顔を浮かべている。
そんな町の人たちを放っておくように、カノアはティアに話し掛けた。
「ティア。以前俺の力を封じたみたいに、この結界を張っている魔法を封じてみてくれないか?」
突然のカノアの提案に、ティアは素っ頓狂な声で反応する。
「え、この結界、魔法で出来てるの!? だったら任せて!!」
カノアの発言に、ティアは得意気に自身の胸を叩いた。
「ティアちゃんなら、この状況を何とか出来るのか?」
勝手に進んでいく話に、レヴァンたちも疑問を投げ掛ける。
「うん! 私、そういうのは得意なの!」
ティアの自信満々な返答に、レヴァンは頷いて町の人たちに聞こえるように大きな声で呼びかけた。
「良し! みんな聞いたか! これからティアちゃんが何かやってくれるらしい! 全力で守るぞ!!」
レヴァンの呼びかけに、町の人たちは持っていた武具や農具を掲げ、歓声のような雄叫びを上げる。
その様子に、カノアも思わず驚嘆の声を漏らした。
「皆さん……。すみませんが、よろしくお願いします」
「へっ! 俺たちもいつまでも魔獣に怯えて居られねぇ!」
「てめぇらの町は、てめぇらで守んねぇとな!!」
レヴァンとレヴィンが皆を鼓舞するように筋肉アピールすると、その背後で町の人たちも声を上げ始める。
「おうよ! 小国だからってなめんじゃねぇってな!!」
「それに、普段美味い飯作ってくれてるアイラちゃんにこんなひでぇ事しやがったんだ!! 魔獣だろうと何だろうとタダじゃおかねぇぞ!!」
「そうだそうだ! 今こそアイラちゃんに恩返しする時だぜ!!」
「俺、この戦いが終わったらアイラちゃんに飯作って貰うんだ!!」
良からぬ理由で奮起し始める者も中には居たが、各々が闘志を燃やして声を上げる。
「……あのさ、カノア? そろそろ下ろしてくれて良いんだけど……」
アイラに話し掛けられて、カノアはずっとアイラをお姫様抱っこしていたことを思い出す。
熱狂の渦巻く最中、顔を真っ赤にしていたアイラこそ、一番熱くなっていたのかもしれない。
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