第32話『あの日交わした約束』
「ここは……」
辺りを見回すが白一色の世界。何処まで遠くへ視線を伸ばしても、地平線すら見えてこない。
「頭に
ぼやけて意識がハッキリとしない。
額に手を当てると、その手が小さくなっていることに気が付いた。
「手が……。それに体も? この姿は、どうして——」
カノアは自身の体が縮んでいることに気が付く。
いや、単純に縮んでいるわけでは無い。かつて自身が過ごしたその姿。
子供の頃の姿に戻っていたのだ。
「どうしたんだ?」
「ミナト!?」
名前を呼ばれて振り返ると、そこには同じく子供の姿をしたミナトが立っていた。
「お前……どうして!?」
「どうしてって、そりゃ——」
ミナトが何か言葉を口にしようとしたが、それを遮るように頭がズキっと痛む。
「うっ!?」
思わず呻き声のようなものを上げて、カノアは再び頭を押さえた。
「無理に思い出す必要は無いさ。——どうせ戻ったら忘れるんだ」
「——戻ったら忘れる?」
カノアはミナトの言葉に疑問を浮かべた。
「ここは、鬲ゅ?蜿励¢逧ソだからな——」
ミナトが何か言っているが、上手く聞き取れなかった。
そして、その言葉に何か思い出せそうな気がしたが、意識を阻害する何かによって思考が上手く働かない。
「んで、お前こそこんなところで何やってんだよ?」
「俺は……、敵と戦っていて、だが大切な仲間を死なせてしまったんだ。そして、その子を救うために俺は傲慢の力を使って——」
カノアはゆっくりと記憶を掘り返すように、少しずつ言葉を繋ぎ合わせていく。
「——そうだ。俺は、死んだはず。どうしてまだ意識が存在しているんだ?」
カノアの言葉に、ミナトが薄っすらと笑みを浮かべて答えを返す。
「普通だったら死んでいただろうな」
予想していなかった返答に、カノアは思わず聞き返す。
「何を知っているんだ、ミナト?」
「お前は加護の魔法によって守られた。そのおかげで魂だけは繋ぎ止めることが出来たんだ」
「加護の魔法? いったい誰が……」
身に覚えのない話。だが、ミナトの様子は嘘を付いているようには思えない。
「あなたに神の御加護があらんことを。何処かで聞いたことは無いか?」
「その言葉は確か……」
いつかの周回。スラム街で出会った黒いローブを着た少女のことを思い出す。
そして、キュアノス王国の研究所から脱出する際に手助けをしてくれたことも。
「今度会ったら、ちゃんと礼を言っておくんだな」
「どうしてお前があの子のことを知っているんだ?」
「それを知るには、まずはお前自身のやるべきことを思い出せ」
「俺のやるべきこと……」
まるで全てを知っているかのようにミナトは話を進める。
だが、カノアは上手く記憶を引き出すことが出来ない。
「何だよ。それも忘れちまったのか? お前は神に抗って、運命を断ち切るんだろ?」
ミナトの言葉に、少しずつ頭に掛かっていた
「ここは、鬲ゅ?蜿励¢逧ソだ。ゆっくりとなら思い出せるんじゃないか?」
「——そうか。そう、だったな」
「世界を絶望の運命から救ってくれよ」
「ああ。俺は、ここで諦めるわけにはいかない。だが、やはり敵も一筋縄ではいかないんだ。あの場は今、魔法を封じる結界の中。どうにかして突破口を見つけないと」
カノアは全てを思い出したかのように円滑に言葉を並べ始める。
だが記憶がハッキリしたからといって、事態が解決したわけでは無いことも理解する。
「そんなことかよ」
「そんなことってお前な……」
あっけらかんと言い放つミナトに、カノアは複雑な表情でため息を吐いた。
「忘れちまったのか? 師匠に教わったんだろ? 何のための仲間だってな」
「仲間……」
アノスに言われた言葉を遡る。
短い期間の中で、大切なことをいくつも教えてもらった。
騎士の精神。戦う者の心構え。そして、仲間の大切さ。
「居るだろ? この状況を打ち破ることが出来る、お前の大切な仲間が」
カノアはミナトの言葉にハッとして、自嘲するように思わず顔を緩める。
「……そう、だったな」
「良い顔で笑うようになったじゃん」
その様子に、ミナトも安心したと同じく笑い合う。
「色々と助かった。必ず、迎えに来るからな」
カノアは右手を握ると、ミナトの方へまっすぐ突き出す。
ミナトも同じく右手を握ると、二人は互いの拳と拳を合わせた。
「気長に待ってるよ」
白一色の世界が眩い光に包まれていく。
天と地の境目だけではなく、ミナトの輪郭すらも曖昧になっていく。
全てが光に包まれると、カノアは忘却の彼方へと誘われていった。
▽▲▽▲▽▲▽
「ここまで逃げてくれば、ひとまず大丈夫だろう」
ルイーザは広い荒野まで撤退してくると、一度その足を止めた。
続くようにハグネイア騎士団とエリュトリアの町の住人。それにティアたちも固まるように足を止めていく。
「アイラ殿。何があったか教えてくれないか?」
ルイーザがアイラに問い掛ける。
「あたしにもよく分らないんだ。ルビーが居なくなったから古城までカノアを探しに行って、そしたらあいつ襲われていて……。敵だって言うから一緒に戦ったんだ。だけどその途中であたしは、死んだ、はずだったんだ……」
「はずだった……?」
アイラの煮え切らない言葉に、ルイーザは疑問を返す。
アイラは後ろめたさを隠すように顔を伏せるが、その意識の先は背負っていたカノアへと向けられた。
「カノアぁ……。カノアぁ……。」
ティアの背負っていたルビーがすすり泣くように言葉を漏らす。
二人の様子から、カノアの死が紛れもない事実であることを、周囲の人間たちは改めて理解する。
「いったいアノス殿は何と戦っていると言うのだ……」
ルイーザが古城の方へ視線を向けた時だった。
ゆっくりと空から舞い降りてくるように、ゲブラーが不敵な笑みと共にその姿をルイーザたちの前に晒した。
「貴様何者だ!?」
「私はゲブラー。先ほどの魔獣たちの飼い主、とでも言っておきましょうか」
「何だと!? アノス殿はどうした!?」
「古城にでも行けば、死体くらいは残っているかもしれませんね。もう魔獣に喰らいつくされているかもしれませんが」
「そんな馬鹿な……!!」
ルイーザは剣を引き抜くと、その切っ先をまっすぐにゲブラーへと向ける。
緊張感が辺りを包む中、ハグネイア騎士団がルイーザの背後でゆっくりと陣形を組み始める。
そして、エリュトリアの町の住人たちやティアたちに下がるようにと無言で促していく。
「さぁ、その娘を返して貰いましょうか!!」
ゲブラーが持っていた杖を何度も降るうと、幾つもの召喚陣が生成され、数多の魔物や魔獣たちが召喚され始める。
陣形を組んでいた騎士団の面々もついに剣を引き抜き臨戦態勢が整うと、魔獣の一体が大きな咆哮と共に先頭に居たルイーザへと飛び掛かる。
「ガアアア!!」
「くっ!?」
だが空中へと飛び上がったその躯体が、ルイーザまで届くことは無かった。
「グギャアアアッッッ!!?」
飛来した斬撃が魔獣の体を真っ二つに切断した。
魔獣が断末魔を上げると、空中でその身が左右に散らされ消滅していく。
「な、何が起きたのだ!?」
ルイーザが呆気に取られていると、何処からか声が聞こえて来た。
「勝手に始めてんじゃねぇよ」
魔獣たちの背後から声が聞こえてくると、ルイーザの目に薄っすらと涙が浮かび始める。
「アノス殿!」
ルイーザの声に応えるように、アノスが魔獣の群れを飛び越えるように跳躍してその身を皆の前に現した。
「良かった……。良くぞ御無事で……」
ルイーザが涙を堪えながら、アノスを迎え入れる。
「俺があんなのにやられるわけねーだろ」
アノスは皆を安心させるように笑うと、深い怪我なども負っていないと自身の無事を皆にアピールする。
「……もう全て倒したと言うのですか。やはり魔獣程度では貴方を止めるのは無理なようですね」
ゲブラーもその様子に、アノスが想像以上強さであることを認めざるを得ないようだった。
だが——。
「沢山の素材が揃った今、もう陳腐なやり取りは必要無くなりました。そろそろ目的を果たさせてもらいますよ」
ゲブラーはその場に居た多くの人間達を見回し、不敵な笑いを零し始める。
「改めて眼中に収めると、これ程
ゲブラーは獲物を前にした獣のように舌なめずりをする。
「さぁ、大団円と行きましょうか! ここに居る者たちの魂も、あの町に残っている者たちの魂も! 全ての魂を取り込ませてもらいますよ!!」
ゲブラーの上げた声に反応するように、魔獣たちが咆哮を上げて一斉に動き出した。
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