第30話『固く手を握りしめ』
「あなたは本当に良いところでいつも邪魔をしてくれますね、アノス=アリスィアス。あの娘が傲慢の力に目覚めるのが遅れたのも、あなたが邪魔をしたせいです。あの時、勝手に封印などされていたら私の計画に傷が付くところでしたよ」
先ほどまでの歓喜と狂気の表情から一変して、ゲブラーは冷酷な表情でアノスと相対する。
「お前の顔なんざ、二度と見たいと思った日は無いんだがな」
「私とてそれは同じです。あなたのせいで私は
「知ったことか!!」
ゲブラーの魔法とアノスの剣技が交わる。
その一進一退の攻防は、アイラの時よりも数段激しいものだった。
ゲブラーの殺意の籠った魔法が放たれれば、アノスは豪奢な宝飾に彩られた騎士の剣で打ち砕く。
「腕は鈍っていないようですね!」
「お前に褒められても何も嬉しくないさ!」
互いに憎しみをぶつけ合い、魔法と剣技が交錯していく。
だが本気で殺そうとするゲブラーに対し、アノスは攻撃を捌きつつも決定打となるような攻撃は行わない。
そして打ち合った時の衝撃を利用して、アノスはアイラとルビーの元へと跳躍した。
「——小賢しい真似を」
アノスはゲブラーのことを甘く見ているわけでは無い。だからこそ、本気でやり合う前に守るべきものを優先させたのだ。
「パパぁ! カノアが、カノアがぁ!!」
近くに移動してきたアノスにルビーが泣きつく。
泣き腫らした顔でルビーは嗚咽を漏らした。
「すまない、遅くなった……」
「アノスさん……」
沈痛な面持ちのアノスに、アイラも泣きそうな顔で呼びかける。
「すまないが、隙を見てルビーを連れて外に逃げてくれないか? あいつの相手をするのに、誰かを守りながらだと俺でも厳しい」
アノスはゲブラーから視線を外すことなくアイラたちと会話を続ける。
「私がそう簡単に逃がすとでも?」
ゲブラーは持っていた杖をひと振り。
すると地面に魔法陣が形成され、その中から全長三十メートルはあろうという大蛇の魔獣が現れた。
「ギシャアアア!!」
凶暴な二本の牙に混沌とした皮膚。鱗の一枚一枚が騎士の持つ盾のように分厚く、睨み付ける眼は魅入られるだけで命を奪われそうになるほどの狂気を纏っている。
「アイラ! 今すぐルビーを連れて外に出ろ!! あいつは死の毒を撒き散らす!!」
「何だよそれ!?」
アイラは、アノスの余裕の無い叫びに急いでルビーを抱きかかえて立ち上がる。
アノスとアイコンタクトを交わすと、アイラは迂回するように部屋の出口を目指して走り始めた。
「ギシャアアア!!」
だが、それは許さないと大蛇が咆哮を上げる。
しかしアノスも黙っていないと鬼気迫る殺意を放つ。
「お前の相手は俺だろうが! ——我が魂に応えよ。悠久の彼方にその使命を遂げよ。偉大なる汝の名の下に、真実の力を解き放て!」
アノスの詠唱に、首からぶら下げられていたテウルギアが
そしてアノスの持っていた剣の宝飾も連鎖するように輝き始めた。
「手加減はしないからな?」
閃光のようにアノスがその身を動かす。
光り輝く宝飾が残像のように残り、描かれた光の軌道が大蛇に向かって一直線に伸びていく。
気が付いたとき、その光の先端は大蛇の体を捕らえていた。
「うおおお!!!」
光の切っ先が鱗の上から大蛇を切り裂く。
分厚い鱗の装甲も紙を切るように容易く切り刻まれていく。
だが、その切っ先が肉体に届くにはまだ浅い。アノスは更に剣撃を加速させ、光り輝く軌道で大蛇に連撃を放つ。
「まだまだぁ!!!」
光、
大蛇も必死に抵抗しようと、その牙の先端から毒を撒き散らし始める。
「何処に撒いてんだ? どんな毒でも、喰らわなきゃどうってことは無いんだよ!!」
アノスはありったけの力を込めて剣を振るい続ける。だがその最中、アノスは視界の一端にアイラを捉えた。
「馬鹿! 何で戻って来て——」
アイラは、喰らえば死ぬかもしれない毒の雨を搔い潜りながら、一人残されていたカノアの元へと走り寄る。
アイラはカノアの元へと辿り着くと担ぎ上げ、アノスを一瞥して再び部屋の外へと走り出した。
「——女を泣かせるとは、騎士失格だぞ。馬鹿弟子が」
アノスは哀愁の籠った声でそう呟くと、とどめの一撃とばかりに渾身の攻撃をお見舞いする。
「さっさと、くたばれ!!」
紫電一閃。アノスの一振りがついに大蛇の鱗の先へと到達する。
分厚い鱗の下に秘められた
「ギシャアアア!!」
断末魔のように轟く大蛇の慟哭。
痛みに悶え、大蛇はその身をよじらせながら無差別に尻尾を叩きつける。
「——っと。急に暴れんじゃねぇよ」
無作為な攻撃にアノスはいったん距離を取る。
暴れまわる大蛇は地面や壁などもお構いなく破壊していく。
「おいおい! 城ごと壊されたら、俺がルイーザに怒られんだろうが!!」
アノスは大蛇に近付くことなく剣を構えると、自身が先ほど傷を付けた箇所を目掛けて剣撃を飛ばした。
「ギシャアアア!!」
ひと際大きな咆哮。そして大蛇は全身を打ち付けるように地面に倒れ込み動かなくなる。
アノスの放った剣撃は確実に急所を捕らえており、大蛇の魔獣を絶命へと導いたのだった。
「——神具、ですか。先ほどの娘も持っていたみたいですが、実に興味深いものだ」
大蛇との激闘を黙って見ていたゲブラーがようやくその重い口を開いた。
「お前の事だから何処かで小賢しい真似をしてくると思っていたが、今日はやけにおとなしいじゃねぇか」
アノスはようやく準備運動が終わった程度だと、首をマッサージしながら不敵に笑う。
「あの程度の魔獣で貴方を殺せるとは最初から思っていません」
「んじゃ、どういうつもりだ?」
「——準備運動は、私も似たようなものです」
ゲブラーは持っていた杖を幾度か振り回すと、その回数に応じて魔法陣も複数形成される。
そして、その魔法陣の一つ一つから多種多様な魔獣が次々と召喚された。
「久しぶりに存分な魔力を振るえるのです。簡単に終わらせては詰まらないでしょう」
崩落した城の玉座の間で、ゲブラーは
アノスは持っていた剣に再び力を込めた。
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