第28話『その輝きは宝石のようで』

 カノアは立ち上がると、一度ゲブラーの様子を確認した。


(攻撃せずにこちらを見ている、か。俺たちの事はいつでも殺せるとでも言いたそうな顔だ)


 カノアは、ゲブラーが慌てる様子もなく自分たちを見ていることに嫌悪感を抱く。


「んで、此処に居るかと思って来てみたら何だあいつは? 何で攻撃されてんだ!?」


 アイラもゲブラーを一瞥すると、状況の説明をカノアに求めた。


「あいつは敵だ。ルビーをさらい、そして、キュアノス王国脱出の時に俺たちを襲ってきたやつらの仲間だ」


「何だと!? ルビーは今どこに!?」


「あそこだ」


 カノアがチラリと玉座に視線を向けると、アイラも同じく視線をそちらに向けた。


「無事、なのか?」


「眠らされているだけらしい」


「そうか。それなら良かったが、あいつはどうする?」


 アイラはゲブラーに聞こえない程の声量でカノアに問い掛ける。


「戦うしかない。仮にこの場を逃げられたとしても、奴はすぐに追って来るはずだ」


「なら、話は早いな!」


「アイラ?」


 アイラはカノアのその言葉を待っていたと、右手で握りこぶしを作り左の手のひらを打ち鳴らした。


「さっさとぶっ飛ばして町に戻るぞ!」


「——ふっ」


「何で笑うんだよ」


「いや、何でもないさ」


 先ほどまで絶望に打ちひしがれていたはずのカノアは、いつしか自分の心に余裕が出てきていることに気付かされる。

 これが、何度も絶望の死のループを乗り越えた先に出会った仲間なのだと思うと、カノアは何とも頼もしいと笑みを零した。


「そろそろ作戦会議は終わりましたか?」


 ゲブラーは痺れを切らしたのか、ついにカノアたちに言葉を投げかけた。


「丁度お前を倒す算段が付いたとこだ! 行くぞ、カノア!」


 アイラはゲブラーの返答を待たずにその場を駆けだす。

 大きく迂回するように走り、カノアと距離を取る。


「カノア! あたしはこっちから行くぞ!」


 左右に分かれて目標を一つに絞らせない。

 それは一対多の戦いにおけるセオリーだ。


「うおりゃああ!!」


 アイラは地面を蹴って跳躍すると、ゲブラーに蹴りかかる。

 だがゲブラーはそれを魔法障壁のようなもので弾く。


「近接戦闘ですか。そんなやり方では私に傷一つ付けられませんよ?」


「うっせぇ! やってみなけりゃ分かんねーだろ!」


 ゲブラーがアイラに気を取られている内に、カノアも反対から近付き殴りかかる。


「ほらほらどうしました? 二人してダンスの練習でもしているのですか?」


 カノアとアイラが何度も打撃を試みるが、ゲブラーは涼しい顔でいとも簡単に躱していく。


「カノア! 何か魔法を使ってこいつの動きを邪魔してくれ!」


 アイラが叫ぶが、カノアはそれを承諾することが出来ない。


(どうする、俺が魔法を使えないことを奴に悟られるわけには……)


 だがカノアが返答出来ず、思考を巡らせながら間合いを図っていると、ゲブラーはついに我慢の限界だと、アイラに向かって疑問を呈す。


「ふふふ。そう言う貴女も先ほどから、使のですか?」


 ゲブラーの問い掛けに、アイラの額から汗が一滴流れたのが見えた。

 アイラは、まるで先ほどのカノアのように何か思考を巡らせている様子で返答をしない。


「……アイラ?」


 カノアが問い掛けるも、アイラは苦虫を嚙み潰したような顔でゲブラーを睨んでいる。


「——ふふふ、ようやく気付いたみたいですね。貴方たちは、この町に来てから使?」


「……何が言いたい」


 ようやくアイラが口を開くと、それはアイラもゲブラーの言わんとしていることに察しがついたような様子だった。


「貴方たちは使使のですよね?」


「な!?」


 ゲブラーはまるで手品師が種明かしをするように得意気に語る。


「私は、あの町を中心とした大規模な魔封じの結界を展開しているのですよ」


「魔封じの結界だと!?」


 アイラが驚愕の声を上げる。


「ええ。それも、貴方たちがこの町を訪れた時から、ね」


 ゲブラーはそう言ってニヤリと笑った。


(そうか……。俺が魔法を使えなかったのは、魔力欠乏症とやらのせいなんかじゃなかったのか)


 今になって考えてみれば、そもそも欠乏するような魔力がカノア自身に備わっていたのかも不自然に思えてくる。

 キュアノス王国では、自身が人体実験により魔素を注入されたのではないかとティアに言われたが、それも結果として実験の対象となっていたのはティアの方だった。


「私はとても慎重な性格でしてね。計画完遂のためには、あらゆる手段を準備しているのですよ」


 用意周到、という言葉がこの男には似合うだろう。

 自身の計画を遂行するために、どれ程の準備を重ねているのか計り知れない。


「貴方たちは所詮! 我が力の前に、ただひれ伏していればいいのですよ!」


 ゲブラーは高らかに声を上げると、持っていた杖を振り回す。


「さぁ、の者たちを串刺しにしてしまいなさい! 【メグ・ディアペルノ】!!」


 振り回された杖に呼応するように、殺意を纏った枝がいくつも現れる。


「カノア! こいつの相手はあたしがやる! その間にルビーを取り返せ!」


「だが、魔法が!」


「……こいつはあんま使いたくないんだが、——そうも言ってらんねぇよな!」


 アイラは小さくそう呟くと、自身の履いていた装飾されたロングブーツに手を当てて詠唱を始める。


「あたしの魂に応えろ。悠久の彼方にその使命を遂げろ。偉大なる汝の名の下に、真実の力を解き放て!」


 アイラの声に反応するようにロングブーツが淡い輝きを放ち始める。

 そしてアイラは膝を曲げて力を溜めると、地面を蹴って一気に枝の中心へと飛び上がった。


「うおりゃあああ!!」


 一閃だった。

 アイラの蹴りの軌道から放たれた風が真空の刃となって枝を切り刻み、全ての殺意を駆逐した。


「ほう、この結界の中で魔法を使えるとは……。貴女、を持っているではありませんか」


 ゲブラーは何か知っていると言いたげにアイラに話し掛ける。


「結界張ったくらいでいい気になんじゃねぇってな!」


 アイラはそう言ってゲブラーに不敵な笑みを見せつける。


「面白い。どれ程の力か見せて頂きましょうか!」


 最早アイラとゲブラーの戦いにカノアの入る余地は無かった。

 ゲブラーは戦いを楽しむように、先ほどまでより多彩な攻撃を繰り出し始める。

 だがアイラも負けじと軽いフットワークで縦横無尽に部屋の中を走り回り応戦する。


「なかなかやるではないですか。だが、まだまだ使い方が甘い。貴女、?」


「ちっ! 口の減らねぇ野郎だ!」


 ゲブラーとアイラの戦いが激化していく。

 だが、まだまだ本気を見せないゲブラーに対してアイラは徐々に息が上がっているようだった。


「何て戦いだ……。これが、魔導師同士の本来の戦いなのか……」


 その応酬に目を奪われていた。自身も多少魔法を扱えるようになったことで戦える気になっていたが、まるでその質が違う。

 白熱する空間の中で、自身の無力さに悔しさが込み上げてくる。


「俺には何も出来ないのか……。——いや、今の内なら!」


 カノアは咄嗟に何かを思いつき、立ち尽くしていた足に力を込めてルビーの方に向かって勢いよく走り出す。


「——ルビーさえ取り返せたら!!」


 先ほど壁に打ち付けられた痛みが全身に残っているが、ゲブラーに気付かれる前にと懸命に走った。

 痛みが筋肉の動きを阻害し、バランス良く走れない。

 だがそんなことは関係ない。

 痛む太ももを無理矢理動かすように、左右交互に前に踏み出す。痛む足で地面を蹴り、少しでも早く前に、前に。

 呼吸も苦しい。背中を強打していたので、息を吸うたびに膨らむ肺が痛む背中の神経を圧迫する。

 それでも何度も息を吸っては吐き、吸っては吐き。


「もう少し!」


 後数歩進めばルビーに手が届く。そう思うだけで、体が少し軽くなった気がする。

 ルビーさえ取り返せたら状況は好転するかもしれない。その僅かな希望が頭に浮かんだことで、ゴールを目前に、カノアは僅かな気の緩みを見せてしまった。


「黙って見過ごすわけがないでしょう!」


 ゲブラーは白熱する戦いの中で、視界の端にカノアを捕らえていた。

 ルビーに近付くカノアの位置を把握しながらアイラと戦い、そしてルビーを目前にしたところで渾身の一撃を放った。

 それはアイラとの戦いが白熱していたこともあってか、手加減の無い強力な一撃だった。


「馬鹿! 避けろ!!」


 咄嗟にアイラが叫んだ。

 カノアがアイラの声に振り向くと、先端が鋭利になった細長い氷の塊が飛来してくるのが分かった。






「しまった——」






 飛来して来る塊がスローモーションに見える。

 最早それを避けるための動作を起こす余裕は無かった。

 喰らえば確実に死ぬ。そう思わせるだけの狂気を纏った、細長い鋭利な氷の塊。

 だが、氷の塊の背後から僅かにそれより速い速度で自身に近付いてくる影も見えた。






「うあああーーー!!!」






 その影は金髪をなびかせ、一心不乱に叫びながらカノアを目掛けて突っ込んでくる。






 とても美しい顔立ちだった。

 今までで一番アイラの顔をちゃんと見た瞬間だったかもしれない。

 金髪に碧眼という、今までの人生で出会ったことの無かった少女。

 その瞳は晴れ渡る空のように青く、宝石のように輝いていた。

 年相応に少女のような幼さを持ち合わせ、それで居て何処か大人びた凛々しさもある。

 それがアイラと言う少女が重ねて来た人生の色だったのだろう。






「——がはっ!?」






 美しい顔から血が固まりのようになって吐き出された。

 アイラの背後に、氷の塊が背負われているような形で乗っかっているのが見えた。

 だが、それが単純に乗っかっているだけではないことが、アイラの腹部から氷の先端が貫くように飛び出していることで理解出来た。






「……アイ……ラ……?」






 ほんの僅かな出来事だった。

 時間にすれば数秒。だけど、とても長い悠久の果てにその光景を見た気がする。

 自身の口にしたその言葉から遅れるようにして、アイラが地面に倒れる音が聞こえて来た。

 突き刺さっていた氷の塊が蒸発するように消え、アイラの背中に鮮血の溢れ出る赤黒い大きな風穴だけが残っていた。







 ——お前が判断を間違えればあの嬢ちゃんたちを危険に晒すことになる。お前の責任は重い。






 あの日アノスに言われた言葉が、走馬灯のように何度も脳裏を駆け巡る。

 地面に倒れて動かなくなったアイラの姿を見て、事の重大さが湧き上がってくるように全身をむしばみ始めた。






「アイラあああ!!!」






 ループの途切れた世界。

 アイラは美しくも鮮やかな真紅の血で、己自身を染めていった。

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