第26話『傲慢のソフィア #2』
「ルビーが、傲慢のソフィア……だと……?」
狼狽えるようにカノアは言葉を零した。
「あの娘は神に愛された者。正しくは傲慢のアマデウスと呼んで頂きましょうか」
ゲブラーは興奮冷めやらぬその顔で、カノアに訂正を促す。
「
ゲブラーはそう言って
「この外道が!」
カノアはその時のリアナの気持ちを察し、悔しさを滲ませた怒号を上げる。だが、ゲブラーはそれすらも気にならないと淡々と話を続けた。
「母親は娘を守れなかったことに負い目を感じ、その後を追おうとした。だがそんなある日、母親は知ってしまったのです。この王国に隠されていた傲慢の力のことを!」
ゲブラーは自身の語る内容に合わせて大袈裟なジェスチャーを披露する。それはまるで、舞台役者が板の上で演劇を見せるかのように。
そして、天井画に描かれた天使に目を向け崇拝の眼差しを注ぐ。
「しかし傲慢の力は誰しもが扱えるものでは無い。強き力、強き欲望。それらを持つ者にしか傲慢の力は応えることはない。だから我々は、代償と共にあの女に傲慢の力を与えてやったのですよ!」
「お前たちは……最低だ……」
カノアはまるで自分が当事者だったかのように悔しさを滲ませる。
しかし、その憎まれている感情すらも心地良いと、カノアの言葉を肯定するようにゲブラーは不敵に笑った。
「傲慢を含む大罪の力たちは、生まれた段階では器となる体を持っていない。だから適性を持つ魂と結び付け、アマデウスとして誕生させる必要があるのです!」
ゲブラーは高らかとそう言い放ち、天井画の天使に向けて祈りを奉げるような仕草を見せる。
「だが、傲慢の力を使った代償は大きかった。あの娘は生き返ったものの、時間の経過と共にこの町の人間たちの命が削れていった。まるで、死神に魅入られたようにね」
「死神、だと」
「ハロスとは死神を意味する言葉。ハロス病とは、誰かの命を生かす代わりに、代償として他者の命を削り続ける死神の呪いなのです」
(死んだこの町の人たちが生き返ると、リアナさんの命が削れていっていたのはそう言うことか……)
「そうして時間の経過と共にこの町の人間たちは全て死に絶え、あの女も死に、最後に残ったのがこの町の住人ではないあの男と、傲慢のアマデウスとなった娘だけだったと言うことです」
あまりにも惨い真実。だが、ゲブラーはそれら全てが予定調和に過ぎないと淡々と語る。
「そして残されたあの男は自らの手で傲慢の力を封印しようとこの慰霊碑を建て、あの娘の名を刻みました。だが、あの男は自身の娘を弔うことが出来ない程に心が弱かった」
ゲブラーはアノスを嘲笑うように言い捨てた。
「知った風なことを言うな!」
カノアは憎しみの籠った目で睨み付けるが、ゲブラーはそれを軽くあしらうように話を続けた。
「結果として傲慢のアマデウスは事象と記憶を改変しながら見事に成長していき、徐々にあの町の住人達を生き返らせ始めた。そして多くの人間が生き返った後、慰霊碑にあの娘の名前だけが刻まれていることを不自然に思われないため、あの男は
「待て! じゃあアノスさんは、全て知っていたとでも言うのか!? あの人も一度殺されているんだぞ!?」
「あの男が殺された? そんな
「とぼけるのもいい加減にしろ!」
まるで話が噛み合わない。
この男がアノスを殺していないと言うのであれば、あの夜いったい何があったのか。
カノアは苛立ちだけを募らせていく。
「とぼけているのかどうか、そんなのは本人に聞いてみれば良いでしょう。生きて会えたら、の話ですがね」
ゲブラーが軽く睨み付けると、カノアは体が硬直したように動かなくなる。
「ぐっ!?」
「早死にしたくなければ、そのまま大人しく話を聞いていてください」
ゲブラーはカノアの様子を一瞥すると、再び話を始めた。
「そうして改変は繰り返され、長きに渡った傲慢のアマデウスの覚醒の準備がようやく整いました」
「覚醒の準備……だと……?」
カノアは体を硬直させたまま、言葉だけを返す。
「アマデウスが特定の魂を利用して造られていること自体は、あなたも既に知っていたことでしょう?」
「……アウァリ、だったか」
カノアは、キュアノス王国を脱する際に現れた、ティアの生き写しとも言える少女の名を口にした。
「ええ。ですがあれは、必要な魂を集め切ることが出来ず、中途半端な状態で目覚めた、言わば出来損ない。私にあのような失敗は許されない! 私には傲慢のアマデウスを完成させる責務があるのです! だからこそ、私は収束のシナリオが完成するこの日まで姿を隠していた!!」
ゲブラーはアウァリを軽蔑するように言い捨てると、自身が選ばれた存在だとでも言いたげに、誇らしい顔で自分自身に
「あの娘の魂は事象改変を繰り返し、見事なまでに傲慢の力と結びつきました。過去の幻影に干渉し、その内容を改変する。まさに傲慢の力そのもの! しかしまだ終わりではありません。傲慢は虚飾を取り込んでこそ完成するのです」
「虚飾を取り込む……?」
「虚飾とは偽りの魂のこと。だから私は、傲慢の力によってあの町が死者の魂で満たされるこの時を待ち続けた。
「俺が、死者の事をこの場で祈ってしまったのが原因なのか……?」
カノアは知らぬうちにゲブラーの計画の一端を担ってしまっていたことを知り絶望した。
「だが、それだと話が噛み合わない。ルビーが傲慢のアマデウスだと言うなら、俺が
カノアの問い掛けに、ゲブラーは淡々と答える。
「貴方、あの娘と契約を結んだでしょう? その時に貴方とあの娘の意識が繋がり、貴方の祈りや願いが過去の幻影を通して叶えられていたのです」
「契約だと? 俺はそんなこと——」
カノアの脳裏をあることが脳裏をよぎり、言葉が途切れる。
そして、そこに差し込むようにゲブラーが言葉を紡ぐ。
「契約には様々な形があります。紙面や口だけの簡易なものもあれば、命や代償を捧げ、より強力な存在と交わすものもある。貴方とあの娘の間にも、何か思い当たるような行いがあったのではないですか?」
カノアは思い出していた。この町に来て最初に起きたリアナの蘇生という異変。そして、その直後に結んだルビーとの約束。
「——指切り、か」
「なるほど。だが、その程度の契約で良かったと思いなさい。深く魂が結ばれるような契約だったら、死者が生き返るでは済まないほどの事象が起きていたでしょう」
ゲブラーの言葉を皮切りに、カノアの脳内で次々と今までの事象が繋がり始める。
(死者の復活自体は元々俺たちがこの町に来るよりも前から行われていた。だがあの日。ルビーの前でリアナさんの話をしてしまったがために、あのタイミングでリアナさんが生き返った)
カノアは初めてルビーと会った日のことを思い出す。
(そして俺が指切りをして以降は、生き返った人たちの話をルビーと一緒に聞いていた。ルーカスさんやニコラスさんたちの時は、ハッキリ名前と死因まで特定してしまっていたから、祈りを奉げたタイミングで過去の幻影を見てしまったということか……)
特定される何人かがタイミング良く生き返っていた理由をカノアは理解する。
(ハロス病についても、
カノアは良かれと思って首を突っ込んだことが、敵の計画を早めてしまったと失意を抱く。
(そして——指切りという契約をしてしまったせいで、ルビーの意識と俺の意識が繋がって、不完全にもループ前の記憶を持ち越してしまっていた)
「……全部、俺のせいだったのか」
あらゆる事象に自身が関係していたことが分かり、ゲブラーの発言がハッタリなどではないことをカノアは認めざるを得なかった。
「意識に影響を与え、事象を捻じ曲げる。それは過去、現在、未来、全てにおいて。今は未完成故にその範囲はこの町に収まる程度ですが、いずれあの娘には、この世界の歴史そのものを改変してもらうことになる。そのためには、もっと多くの力を取り込まなくてはいけないのです!」
ゲブラーは、絶望するカノアとは対称的に恍惚の表情で展望を語る。
「ループを利用して多くの魂を蘇らせ、あの娘に取り込ませるのです。それも通常の魂ではなく、虚飾に彩られた死者の魂を!!」
カノアは最早言い返す事も出来ない程に打ちひしがれていた。
だが、ゲブラーは自分自身を称賛するようにどんどん言葉を紡いでいく。
「そしてエリュトリアの町は十分な死者の魂で満たされた! 条件は整い、ループも止まりました。後は取り込むのみなのです!」
「……もう、やり直すことも出来ないのか」
カノアの口から絶望が落ちるように言葉が零れた。
そしてカノアは、ループする世界で記憶を持ち越せることに慣れてしまっていたのだと、知らず知らずの内にその力に溺れていたことに気付かされた。
「この収束のシナリオは傲慢の力を何度もループさせ、より多くの死者の命を蘇らせるためのもの。死者の魂が揃った今、もうループを起こす必要はないのですよ」
既に事は終わってしまい、やり直しの利かない状態となった現状。
ゲブラーは全てが計画通りであったことをカノアに突き付ける。
「残念ですが、ランダムウォーカー。あなたがループを断ち切れるのであれば、ループが終わるまで接触せず黙って待てば良いだけの事なのですよ」
カノアは絶望の淵に立たされ、ただゲブラーの話を聞くしかなかった。
「つまり、このシナリオの中ではもう死んでも生き返ることは出来ません。貴方の事を素材として欲しがる者もいましたが、私には不要。傲慢のアマデウスさえ完成してしまえば、私の望みは叶うのです!」
ゲブラーはそう言うと、この話に終幕を迎えるため、最後の行動を起こす。
「……私にはね、貴方のような不穏分子は不要なのですよ」
ゲブラーはそう言ってカノアの体を硬直させていた魔法を解いた。
カノアは全て敵の掌で転がされていたことを知り、絶望と悔しさを滲ませて弱々しく睨み付ける。
「くくく、最期にあの娘に会わせてあげましょう。それに、私は神に仕える身。大聖堂で戦うなど、不敬極まりないことです」
ゲブラーは神への敬服を口にすると、ゆっくりとカノアの横を素通りする。
「着いてきなさい」
ゲブラーは背中を見せたままカノアに告げる。
それは最早、カノアに戦えるだけの意思が残っていないことを理解しているとでも言うべき強者の余裕。
絶望を突き付けられ、そしてルビーを人質に取られていることが分かった今、カノアは黙って従うしか出来なかった。
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