第24話『タイムリミット』
部屋の扉が閉じられると、静寂がカノアを包み込んだ。
ベッドで横たわるリアナの姿に視線を向けると、カノアはゆっくりと傍に歩み寄る。
「……カノア君、かしら」
「……はい」
苦しそうな声でリアナが問い掛けると、カノアはまるで触れたら壊れてしまう飴細工を取り扱うように恐る恐る返事をする。
「少し、お話しても良いかしら?」
「無理に喋らない方が……」
カノアはその弱弱しい声に最大限の気を遣う。
「良いの。それに、カノア君とはちゃんとお話ししてみたいって思っていたから」
リアナは血の気の引いた青白い顔で、精一杯の笑顔を見せた。
「私、あの子があんなに誰かに心を開いているのを見たことが無かったの。いつも強気で、何でも自分でやろうとして、誰かを頼ることがあまり上手な子じゃなくてね。でも、カノア君の事を信頼しているって知った時、私本当に嬉しくて」
慈愛に満ちたリアナ目には、薄っすらと涙のようなものが滲んでいた。
「あの子にも、誰か頼れる人が出来たんだって思うと、私も安心出来るわ。カノア君。これからもルビーの事をよろしくね」
リアナは呼吸をするのも苦しそうに、ゆっくりと息を吸いながら言葉を紡いだ。
それに合わせるように、カノアもいつも以上に落ち着いた声色でゆっくりと言葉を返す。
「ええ、俺に何が出来るかは分かりませんが。安心してください」
「君は本当に不思議な男の子ね。君と話をしていると、私まで貴方を頼りたくなっちゃう」
リアナは伝えたいことを伝えられたと、苦しさの中にも安堵の表情を見せた。
「……あの、リアナさん。俺からも一つ、話を良いですか?」
カノアは自分からも話題を持ち掛ける。
「何かしら?」
「リアナさんは、この町で
リアナが生き返ったことこそ、カノアがこの町を訪れて最初に起きた異変に他ならない。
そして生き返った本人の記憶がどうなっているのかについては確認するタイミングが無かったので、カノアはリアナの体調を気遣いながらも可能な限りの情報を手に入れようとする。
「そうね……。私たちはあの日まで普通に暮らしていたわ。だけど、それは何の前触れもなく起きたの。いきなり多くの魔物がこの国を襲い、囲いのあったこの町だけは何とか助かることが出来た。だけど、あの城は岩山の上にあったから、強固な城壁を設けることが出来ていなくて魔物の侵入を許してしまったの」
「……その後の事は覚えていますか?」
「その後の事は……、ごめんなさい。どうしてかしら。上手く、思い出せないわ……」
(やはり事象が捻じ曲げられているせいで記憶が混乱して——)
「けほっ、けほっ。ごめんなさい、また喉の調子が——けほっ」
思考を遮るようにリアナの咳が酷くなり始めたので、カノアはこれ以上の会話は負担が大きいと話を終えることにした。
「すみません、話は終わりにしましょう。今はゆっくり休んでください」
「ごめんなさい。そうさせてもらうわ」
リアナは短いながらもカノアと会話出来たことを喜ぶように笑顔を浮かべた。
「最後に一つ、お願いしても良いかしら?」
「何ですか?」
「私より、あの子の傍に居てあげて。あの人がニコラスたちを呼びに行っている間、あの子の傍に居てあげて欲しいの」
「分かりました」
リアナの言葉をカノアは承諾し、ルビーの部屋へと向かった。
◆◇◆◇◆◇◆
二階に降り、ルビーの部屋の前に立つと、中からすすり泣くような少女の声が聞こえて来た。
(アノスさんはもう外に行ったのか)
——コンコン。
「ルビー。俺だ。中に入っても良いか?」
「……うん」
扉越しに聞こえて来たその声は、普段の元気な姿からは想像もできない程弱々しかった。
カノアはゆっくりとドアノブを回すと、ルビーの部屋へと足を踏み入れる。
ベッドの上で縮こまるように泣いているルビーを見つけると、カノアはルビーを安心させるため、自分の分かる範囲の情報を共有する。
「リアナさんはひとまず大丈夫だ。今は安静にしてもらっていて、この後ニコラスさんたちがすぐに来てくれる」
「……うん。ありがとう」
ルビーは枕を抱きかかえながら、真っ赤に腫らした目を枕に押し付けて答えた。
カノアはゆっくりとベッドの傍に行くと、ルビーの視線と同じ高さになるように床に片膝をついて向き合う。
「ルビー、さっきリアナさんの部屋で言っていたことだが——」
「……けほっ」
カノアは、先ほどルビーがリアナの部屋で口にした魔女の薬についての記憶を確認しようとしたが、ルビーが咳をしたことでその言葉を途中で呑み込んだ。
「大丈夫か?」
先ほどまでのリアナの事を考えれば、このタイミングでの咳というのは無視することができない。
カノアは慌ててルビーを心配するが、ルビーは喉を鳴らすように軽く咳払いをすると、自分は大丈夫だと薄っすらと笑って見せた。
「ずっと泣いていたら喉が痛くなっちゃった」
「水で良ければ持ってくるぞ?」
「うん、お願いするわ。それと、お水持ってきてくれたら、聞いて欲しい話があるの」
「ああ、分かった。すぐに戻るから待っていてくれ」
カノアはルビーを安心させるように頭を撫でると、ゆっくりと立ち上がり、部屋の外に出て行った。
◆◇◆◇◆◇◆
——ガチャ。
ルビーの部屋の扉を静かに閉めると、カノアは一階のキッチンに水を取りに行こうと足を進める。
「先ほどルビーがリアナさんの部屋で言っていた話。不完全ではあるが、やはりルビーはループ前の記憶を——」
——ガシャン!!
カノアが思考を張り巡らせながら一階に降りる階段付近まで来たところで、ルビーの部屋から大きな物音が聞こえてきた。
「何だ今の音は!?」
カノアは慌てて踵を返し、ルビーの部屋へと急ぐ。
——ドン、ドン。
「ルビー、どうした? 今の音は何だ!?」
強く数回ノックするが、部屋の中からルビーの返事はない。
緊急事態であることは間違いないと、カノアは返事があるのを待たずしてドアを開けて中に入る。
「ルビー、開けるぞ!」
ドアノブを強く握り、扉を勢いよく開けて中に入る。
だが、そこは先ほどまで居た部屋とは思えない程に荒らされていた。
「ルビー!? 何処だ!?」
先ほどまでルビーが居たはずのベッドには土の着いた足跡が残され、踏まれたであろう箇所は少し沈んでいた。
そして先ほどの物音の正体が、バルコニーに出るための大きな窓ガラスが割られたものであることに気が付くまでに時間は掛からなかった。
「何が起きたんだ!?」
カノアは慌てて割られた窓ガラスに近付くと、破片を踏まないようにバルコニーに出て外を確認する。
周囲を見渡していると、黒いローブの影が屋根伝いに古城の方に向かって走り去って行くのが見えた。
「くそっ! どうしてルビーを!!」
カノアはその姿を確認すると急いで部屋の中へと戻る。
バルコニーに出る時とは違い、足元を確認している余裕はなかった。
少しガラスの破片を踏んでしまったが、カノアは気にも留めず急いで一階へと向かうのだった。
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