第23話『残された時間』
ドロシーからハロス病の特効薬を受け取ると、カノアたちは旧ギルドのリアナの部屋を訪れていた。
カノアたちが見守る中、ルビーがポケットから薬を取り出してリアナに渡す。
「ママ、これ飲んで」
「これは?」
「ドロシーさんから貰ったママの病気のお薬だよ」
リアナはベッドの上でゆっくりと上半身を起こして返事をした。
ルビーから受け取った薬を一つ口に含むと、ベッドの横に置いてあった水で流し込む。
「ん……、何だか胸の辺りがスッとして楽になった気がするわ。ありがとうね、ルビー」
「わぁ!」
リアナが優しく微笑むと、ルビーの不安そうだった顔が一気に晴れた。
「ママ!」
ルビーは嬉しさのあまり、リアナに抱き着く。
「もう、ルビーったら」
嬉しそうにルビーの頭を撫でるリアナ。
「ママ! ママ!」
「ふふっ、凄いわルビー。まるで魔法みたいね」
「魔法……」
リアナにそう言われてルビーは少し驚いた表情を見せたが、すぐに「うん!」と、満面の笑みを返した。
リアナとルビーの生前の約束を思い出し、カノアは胸の辺りが温かくなった気がした。
◆◇◆◇◆◇◆
皆で夕食を取った後、カノアは自室に戻っていた。
「壁、か」
キュアノス王国やメラトリス村のことを思い出す。
「あの壁は実験の対象を外に逃がさないためのものだと思っていた。そう考えると、今回のループはキュアノス王国のような実験が行われていないという仮説が立つ。だがそうすると、この町で敵が何をしようとしているのか、何の目的でまたループが始まったのか、それが分からない——」
一度は障壁ともなった町や村を取り囲む壁。
しかし、それは障壁になると同時に、やはり人々の命を守るための役割も担っている。
「壁さえあったら、きっとこの町はもっと——」
ドロシーの言っていたように、
存在したかもしれないそんな未来に思いを馳せていると、カノアはいつしか寝息を立てていた。
◇◆◇◆◇◆◇
「カノア!?」
「うぐっ!?」
部屋の入り口の扉が勢いよく開くと、カノアは刺激的なモーニングコールで目を覚ます。
「ご、ごめんね! 何度もノックしたけど返事が無かったから、何かあったんじゃないかって——」
カノアの心臓が強い鼓動を鳴らし始める。
早く目を覚ませと何度も強く鳴り続ける鼓動は、ティアのモーニングコールよりもカノアの意識を強制的に呼び覚ました。
(俺は確かに昨日ベッドの上で寝たはず……。なのに、どうしてまた扉の横で——)
高鳴る鼓動を鎮めるように呼吸を整える。
少しずつ落ち着いてくると、じんわりと熱くなっていた顔から熱が引いていくのが分かった。
「えっと、あの、カノア? 本当にごめんね——」
ティアの問い掛けに、ずっと黙ったままだったことに気付き、カノアは落ち着いて返事をする。
「ああ、すまない。もう、大丈夫だ」
「それなら良いんだけど……。けど、どうしてこんなところで寝てたの?」
何と答えるべきか。
ループを体感出来ないティアにとって、カノアの行動はまるで意味が分からないだろう。
キュアノス王国の研究所から脱出する際にループについてそれとなく触れたことを思い出すと、やはり改めてティアには説明した方が良いのだろうとカノアは考える。
(しかし、ループについては俺が死んだから起きるわけではないとカリオスは言っていた。それに先日の黒いローブの男と会話している最中のあれも——。だとすれば、ループは何を条件に発生しているんだ? ティアにどう説明すれば——)
カノアは返答に迷いながらゆっくりと立ち上がると、まるで牛歩戦術のように時間を稼ぎながら部屋の窓際まで歩きつつ、ティアへの返答を考える。
だが、何気なく立ってしまった窓際から見えた景色は、カノアの口から言葉を奪った。
「カノア?」
窓の外を眺めるカノアが狼狽えていると、ティアが横に立って一緒に外を眺める。
「どう……して……? どうして、町が壁で囲まれているんだ!?」
カノアが窓の外に目をやると町の周囲に連なる大きな壁が見えた。
そしてその壁に囲まれたエリュトリアの町は、まるでキュアノス王国の王都タラサのように多くの人が溢れかえっていた。
「どうしてって、何が? 町が壁で囲まれてるのはメラトリス村と同じじゃない?」
ティアが不思議そうにカノアの顔を覗き込むが、カノアは窓の外の景色から目が外せない。
(どうしてだ? ルーカスさんやニコラスさんたちが生き返ったのは、俺が
カノアは窓の外の景色に目を奪われていると、あることを思い出す。
——残りの人たちがもし生き返ってしまったら、きっとリアナさんは耐えられない。
自身のその言葉に駆り立てられるように、カノアは慌てて部屋を飛び出した。
「カノア!?」
飛び出した部屋の方からティアの声が聞こえた気がしたが、振り返ることはなく階段を駆け上がる。
(リアナさんがヤバイ!)
三階に上がるとリアナの部屋の扉が半開きになっているのが見えた。
扉の前まで来ると、中からルビーが取り乱すように泣くような声が聞こえて来た。
「ママ! ママ!! いやだよ……。元気に、なってよ……」
「ルビー、少し落ち着くんだ。ニコラスたちを呼んでくるから」
「いやっ! 私、ママが治るようにちゃんとお薬渡したのに! ……あれ、お薬……? お薬って何だっけ……。でも、私ちゃんとお薬渡して……。あれ、……何で……どうして!?」
ルビーは涙を流しながら頭を抱えて床に座り込む。
カノアが部屋に入ると、アノスがそれに気が付いた。
「カノアか。すまない、少しここを任せても良いか? リアナの容態が急変しちまってな……。ルビーを部屋に連れて行った後、ニコラスたちを呼びに行きたい」
「わかり……ました……」
カノアが言葉を詰まらせながら返事をすると、アノスはルビーを抱き上げた。
「いやっ! 離して! ママ! ママ!!」
泣き叫ぶルビーはただひたすらにリアナのことを求め続けるが、アノスは目一杯抱きしめて部屋の外へと連れ出した。
カノアが苦しむ胸を抑えつけていると、部屋の扉がゆっくりと閉じられたのだった。
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