第22話『魔女からの贈り物』
「あ、カノア。おかえり」
「ああ、ただいま」
ティアがルビーと共に戻って来たカノアの姿を見つけて出迎える。
「無事に見つかったみたいだな」
アイラも疲れてへたり込んで居るが、安堵の表情を浮かべて二人を迎えた。
「ごめんなさい」
心配そうに自身を見つめるティアとアイラを見て、ルビーは申し訳なさそうに頭を下げた。
「無事だったなら良いさ。そんで、何で誰にも何も言わず居なくなったりしたんだ?」
「ママのお薬になる花を探してたの。でも見つからなくて……」
ルビーを擁護するように、カノアが話を引き継いでティアとアイラに事の成り行きを説明する。
「その花は魔女の花と呼ばれているらしい。この町で魔女と言えば、最初に思いつくのがここだからな」
「そうだったんだ。多分ドロシーさんならお家の中に居ると思うから、聞いてみよっか」
そう言ってティアはドロシーの家の玄関の前に移動する。
だが、二、三回ほどノックして反応が無いことを確認すると、首を横に振りながら戻って来た。
「どうした?」
「反応が無いの。どうしたんだろう? 私も今日はまだ会ってないけど、普段ならお家に居るはずなんだけどな……」
カノアとティアが悩んでいると、
「お嬢! こんなところに居たんですかい!!」
「レヴァンさん」
「おお、坊主も一緒だったか。お嬢を見つけてくれてありがとな」
「何しに来たのよ」
お嬢、と呼ばれてルビーは不機嫌そうに腕を組む。
「さっき町中でアイラの嬢ちゃんから聞いて心配してたんですぜ?」
「ふん! 私のことはいつだってカノアが見つけてくれるから、あんたたちはお払い箱よ!」
「お嬢、そいつは扱いがひでぇですぜ……」
何はともあれ、ルビーに大事が無かったことにレヴァンたちは安堵の表情を見せる。
「そんで、こんな町はずれでいったい何をしてたんですかい?」
「ママのお薬を探してたの。でも見つからなくって……」
普段見せている強気な態度とは打って変わり、少し震えた言葉が不安を抱えていることを感じ取らせる。
「それなら俺たちも一緒に探しやすぜ! どんな花なんです?」
「分からないの。でも魔女の花って呼ばれてるらしいから、ドロシーさんなら何か知ってると思ったんだけど……」
段々と声を小さくしながら、ルビーは顔を曇らせていく。
それはまるで雨が降る前の曇り空のようにどんよりとしていた。
「「お、お嬢!」」
今にも泣き出しそうな顔を見せたルビーに、レヴァンたちは慌てふためく。
「先ほどドロシーさんを訪ねてみたんですが、反応が無いんです」
次は言葉よりも先に涙の方が出てきそうだと思い、カノアはルビーの代わりに状況を説明した。
「な、なにぃ!? お嬢が用あるって言ってんのに出てこねぇたぁどういう了見だ!?」
「あの引き籠りが家の中に居ねぇなんてことは無ぇ! お嬢! ここは俺たちに任せてくだせぇ!!」
そう言ってレヴァンたちは腕まくりをして、二人揃って玄関の前へと並び立つ。
——ドンドンドンドン!!
「開けんかいコラァ!!」
「中に居るのは分かってんだぞ!!」
——ドンドンドンドン!!
ドアを激しく叩き続け、けたたましい音と怒声を撒き散らす
「ちょ、ちょっとやめなさいよ!」
慌ててルビーが止めようとするが、ティアがそっと後ろから目を塞ぎ「見ちゃダメよ?」と制止する。
「なんてガラの悪い連中だ。誰か衛兵呼んで来た方が良いんじゃないか?」
「あいつらがその衛兵だろ」
アイラとカノアがドン引きしていると、玄関の扉がゆっくりと開かれた。
「……うるさいぞ。人の家の前で何を騒いでいるんだ?」
扉が開き切ると、寝癖でボサボサになった長髪を掻きながら目の下に
「おうおう、ドロシー! ウチのお嬢がお前さんに用があるってんだ。中に入れてもらうぞ」
「まったく。こっちは試作武器の開発を徹夜でやっていて寝不足だと言うのに……。入るのは構わんが、どっちにしてもこんな大人数は無理だぞ?」
そう言われてレヴァンたちが振り返って人数を確認する。
この場に居るのは、ドロシーを除けば全部で六人だ。
「な、何人なら入れそうなんだ!?」
慌てて人数の確認を取るレヴァンたち。だがその様子を見て、寝ている所を叩き起こされた仕返しとばかりにドロシーは不敵な笑みを浮かべて見せる。
「……私を除いて四人だな」
二人が除外されることになるわけだが、それが誰になるのかは最早答えを聞くまでも無いことをこの場の誰もが理解している。
レヴァンたちは万が一の可能性に賭け、ルビーにとっておきの笑顔を見せてアピールしたが、ルビーが「ふんっ!」と鼻を鳴らしてそっぽを向いたことで、判決が下されたのだった。
◆◇◆◇◆◇◆
「だいぶ綺麗になりましたね」
「ああ。ティアが頑張ってくれてな」
カノアは家の中に入ると、先日の散らかっていた部屋とのビフォーアフターに感動していた。
「それで、今日は何の用があって集まって来たんだ?」
ドロシーは椅子に腰を下ろすと、眠そうな目を擦りながら
「魔女の花と呼ばれるものを探して居るんです。ドロシーさんなら何か知っているんじゃないかと」
「ああ、知っているぞ。しかし珍しいものを探しているな?」
「ルビーの母のリアナさんがハロス病かもしれないんです。何処に生えているか知っていたら教えていただけませんか?」
「ハロス病か……。安心しろ。花なら奥の部屋に少しだけある」
「本当!?」
ドロシーの言葉で、ルビーの顔に安堵の笑顔が咲く。
「ああ、本当だ。本来あの花はもっと寒い時期に咲くのだが、研究の為にいくつか自家栽培しているんだ」
「もし良ければ少し分けていただけないでしょうか?」
「花の方で良いのか? ハロス病の特効薬が欲しいなら、調合したものもあるぞ?」
「それは助かります。では、薬の方を頂いても良いでしょうか?」
そう言ってカノアがポケットから硬貨を取り出そうとすると、ドロシーは手を挙げてカノアを止める。
「ティアには色々手伝って貰っているからな。その礼とでも思って受け取ってくれれば良いさ」
「ドロシーさんありがとう!」
ドロシーの気前の良い言葉に、ルビーを筆頭に各々が嬉しさを滲ませた。
ドロシーは満更でもないとゆっくりと立ち上がり、奥の研究室から特効薬を取って戻って来る。
「こいつがその特効薬だ。早く飲ませてやれ」
「うん!」
ドロシーは慈愛に満ちた笑顔でルビーに薬を渡す。
ルビーは薬を受け取ると、大事にポケットにしまった。
「しかしハロス病か。この特効薬が無ければこの町はもっと寂れてしまっていたのだろうな」
ドロシーは過去を回顧しながらそう呟いた。
何気ない一言ではあったが、やはり慰霊碑に刻まれていたであろう蘇った人々の死因はハロス病であったと、カノアは自身の仮説を改めて思い出す。
「そう言えばドロシーさん。一つ伺っても良いですか?」
「何だ?」
カノアは良い機会だと、ドロシーに質問をする。
「この国が滅んでしまった大きな理由は
無論カノアは、その理由が例の傲慢のソフィアであることを知っている。
だが、魔女として様々な研究をしているドロシーであれば、自分以上の知識を有している可能性があると、何食わぬ顔で質問を投げかけた。
「この国が襲われた理由は王室が隠してた古代のソフィアだと聞いている。それがどういったものかまでは知らんがな」
知っていた情報だけが並べられ、少し宛が外れた、という気持ちでカノアは「そうですか」と小さく呟いた。
「しかし不運なことだ」
「不運?」
「この町のことさ。古代のソフィアだけが狙いだったなら、この町に外部からの攻撃を防ぐ壁さえあればこの町の人々だけでも助かることが出来たかもしれないんだがな」
ドロシーの言葉を聞いて、カノアはメラトリス村を思い出す。
あれが外からの攻撃を防ぐためのものだったのか、内からの脱出を妨げるものだったのかは、今となっては定かではない。
だが少なくともこの町にとっては、多くの命を守るために機能したのだろうと、カノアは慰霊碑に刻まれていた名前の多さを思い出し胸が痛くなった。
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