第21話『魔女の花』

「カノア!?」


「うぐっ!?」


 部屋の入り口の扉が勢いよく開くと、カノアはの刺激的なモーニングコールで目を覚ます。


「ご、ごめんね! 何度もノックしたけど返事が無かったから、何かあったんじゃないかって、つい……」


「いや……大丈夫だ……」


 孤児院の時は子供にのしかかられて目を覚ましていたが、今度はティアの愛嬌たっぷりのモーニングコールが繰り返される。

 何故こんなタイミングがループの境目なのかと、カノアは神に八つ当たりしたい気分だった。


「すまないティア。すぐに降りるから大広間で待っていてくれないか?」


「うん、わかった」


 カノアはティアにそれとなく伝えると、部屋の扉を閉めてベッドに腰を下ろす。


「あの黒いローブの男は何者だったんだ? 恐らく町の外に誘い出した男とは別の人間。明らかに敵対してくる奴も居れば、町の外に誘い出すような奴もいる。幻星の守護者とアポカリプス機関。黒いローブの奴らはいったい何者なんだ?」


 カノアは刺された胸の辺りを擦りながら、ループで消えたはずの偽りの痛みを和らげるかのような仕草を見せる。


「もう少しで条件が満たされる、か。何かこのまま奴の思い通りに進むとマズイことになりそうな気がする。一刻も早く、この町に起きている異変を止めないと」


 そう言って一呼吸置くと、カノアは部屋を出て大広間へと降りて行った。


 ◆◇◆◇◆◇◆


 カノアは一人で古城に赴いていた。

 今度は油断しない、と周囲に何か気配が無いか意識を巡らせる。

 そして大聖堂に辿り着くと、ゆっくりとその扉を開いて中を覗き見る。


「人の気配は無い、か」


 これだけの異変が起きている最中、今回の敵はほとんど姿を見せていない。

 敵との接触があったこの大聖堂にはきっと何か手掛かりがあるはずだ、とカノアは虎穴に入る思いで一歩ずつ大聖堂を進む。


「——来ないか」


 カノアは慰霊碑の前に立ち、わざと無防備な背中を晒して見せた。

 だが前回のように敵は訪れず、静寂だけが流れて行った。


「この周回では俺に接触する必要が無いと言うことか?」


 カノアはそう呟きながら大聖堂を出ると、今まであまり探索しなかった他の部屋も見て回る。


「階段が崩れていて上の階には行けそうにないな」


 大広間から二階へと続く階段は崩落しており、確認出来るのは一階の部屋のみのようだ。

 大広間から別の部屋と続く扉の中でもひと際大きな扉の前に立つと、カノアはゆっくりと両手で押し開ける。


「ここは……」


 その部屋は天井が半分ほど崩れており、空が丸見えになっていた。

 部屋の奥に視線を向けると、奥にはかつてこの城の主が鎮座していたであろう豪奢な玉座が一つ。


「この部屋もほぼ崩れているな。まともに部屋として使えそうなのは大聖堂くらいなのか」


 カノアは顔だけ覗かせた状態で部屋の中をざっと見渡すと、深入りせずに扉を閉めた。


「だが、何故大聖堂だけが綺麗な状態で残っているんだ? 大魔戦渦マギアシュトロームの時に傲慢のソフィアがあの部屋に有ったのだとしたら、一番損傷が激しそうな気がするが——」


 カノアが大広間で考え事をしていると、城の外へと続く入り口の大扉が音を立てて開かれた。


「カノア!」


「アイラ? どうしたんだそんなに慌てて」


 アイラはカノアの姿を見つけると、急いで駆け寄って来る。


「カノア、ルビーは一緒じゃないか!?」


「いや、一緒じゃないが。どうしたんだ?」


「ルビーが居なくなった! 家の中や町の中を探してみたが、誰も見てないって!!」


「何だと!?」


 孤児院に居たルカの時のように敵が攫った可能性は否めない。

 アイラの突然の来訪に、カノアは最悪の事態を想定して胸が苦しくなった。


 ◆◇◆◇◆◇◆


 カノアはひたすらにエリュトリアの町を目指して荒野を走っていた。


「何か心当たりは無いのか!?」


「馬鹿! それが聞きたくてお前を探してたんだろうが! カノアになら行き先を伝えてるかと思ったんだよ!」


 カノアとアイラは走りながら言葉を交わす。


「ルビーが行きそうなところ……」


 その時、カノアの脳裏をある可能性がよぎった。

 あくまでも可能性の話。だが、もしその可能性が当たっていたとしたら——。


「まさか!」


「どうした! 何か思い出したのか!?」


『次の周回でハロス病について調べろ』


 黒いローブの男が言っていたその言葉は、蛇が絡みつくようにカノアの心をゆっくりと絞め上げていった。


 ◆◇◆◇◆◇◆


 カノアはエリュトリアの町に戻ると、旧ギルドには戻らずに町を横切った。

 そして町の端にある、少し古びた木製の家に辿り着く。


「あれ、カノア? それにアイラも。二人してどうしたの?」


「はぁ、はぁ。ティア、丁度良いところに居てくれた。ルビーはこっちに来ていないか?」


「ルビー? さっき居たよ? 何かお花探してるって」


 ティアのその言葉に、アイラは力が抜けたように声を上げる。


「は、花ぁ!? 何だよ、誰にも言わず急に居なくなったから心配したんだぞ……」


 アイラは安堵と共にその場にへたり込んだ。


「どっちに向かった?」


「向こうかな? 町の外に出てすぐの辺りに居たと思う」


「ありがとう」


 カノアはティアに感謝をすると、へたり込んだアイラをそのままに一人で町の外へと向かった。


 ◆◇◆◇◆◇◆


「ルビー!」


「カノア!?」


 カノアに突然声を掛けられて、ルビーは少しバツが悪そうにサッと目を逸らした。


「こんな場所で何をしているんだ?」


 カノアはゆっくりとルビーに歩み寄る。


「ママのお薬になる花を探してたの。ママを助けたくて……」


 申し訳なさそうに白状するルビーだったが、カノアは自身の脳裏をよぎった可能性を確かめるため更に問い掛ける。


「その話を何処で聞いたか覚えているか?」


 カノアの質問にルビーは困惑の表情を浮かべながら、苦しそうに答える。


「分かんないの。でも、夢の中でパパが言ってたような気がするの! お花があれば、ママが良くなるって! 本当なの!!」


 ルビーは必死に訴えた。

 嘘を言っているようには見えない。いや、嘘に見えないからこそ、カノアは余計に心が苦しかった。


(特効薬になる魔女の花。その話をした周回は、ループによって無くなったはず。そして、ルビーはアノスさんが襲われた記憶も薄っすらと覚えていた。俺のようにしっかりと記憶を持ち越しているわけでは無いが、やはりルビーは死者の復活だけではなく、ループに関しても何かしらの影響を受けていると考えて間違いない)


 ルビーの言葉に可能性が確信へと変わっていく。


「信じるよ。だから、一人で抱え込む必要は無い。一人で抱え込むとろくなことが無いからな」


 カノアが自虐をするように諭すと、ルビーの顔に薄っすらと笑みが戻って来る。

 ティアとアイラがこの場に居れば「どの口がそんなことを?」と言ってきそうなものだ。


(だが何故ルビーにこんなことが起こっているんだ? リアナさんとの繋がりが強いからか? 敵がアノスさんを襲った事とも何か繋がっているのか?)


 カノアは様々な可能性を考えるが、明確な答えに辿り着けない。


(まさか、ハロス病について調べろと言っていたのも、俺にこの事を気付かせるためか? だとしたらあの男はどうしてルビーのこの行動を読むことが出来たんだ? 少なくとも俺の知っているループの中で、ルビーがこんな行動を取ったことは無い。あの男はいったい——)


 黒いローブの男が言っていた言葉を再度思い返しその真意についても考えるが、やはり答えは見えてこない。

 一人で抱えるなとルビーに言っておきながら一人であれこれ考え難しい顔をしていると、段々とルビーの顔色が怖くなってきたことに気付いたのでカノアはサッと思考を切り替える。


「一度ドロシーさんの所に行こうか」


「もう少し気付くのが遅かったら、頬っぺたつねってあげたのに!」


 ルビーはそう言って笑うと、カノアと共にエリュトリアの町へと戻ったのだった。

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