第20話『ハロス病』
カノアは前回と同様に、エリュトリアの町の片隅で木製のボロ椅子に腰を掛けていた。
「光の中に吸い込まれていくような感覚。あれは何だったんだ……?」
今までとは明らかに異なるループの感覚。
過去のループを思い出してみても、そのほとんどは死の記憶と共に訪れていた。
「あの時カリオスが言っていたことは嘘じゃなかったのか。俺の死はループに直接関与していない。だとしたら、敵はどうやってループを引き起こしている? それに何の目的の為があってこんな事を——」
カノアが頭を抱えるようにうなだれていると、二人の男がカノアの下を訪れた。
「おう兄ちゃん! 朝っぱらから何しけたツラしてんだ?」
「あなたたちは……」
カノアが顔を上げると、エリュトリアの町を訪れた初日に見た
「そういやちゃんと名前教えてなかったな。俺はレヴァンだ」
「んで、俺がレヴィン! 俺たちこそ、この町の平和を守り続ける衛兵ブラザーズってなもんよ!」
何やら二人揃って決めポーズのように筋肉をアピールしている。
「兄弟だったんですね……」
「おうよ。んで、兄ちゃんの名前は?」
「俺はカノアと言います」
「うし、カノアな。覚えたぜ。そんで今日は、お嬢たちは一緒じゃないのか?」
(そう言えば、前回はルビーが追い掛けてきたが……。また何か流れが変わったのだろうか)
カノアは心の中で前回との差を整理しつつ、二人に返事をする。
「ええ、今は一人です」
「そうか、暇ならちょいと手伝ってくんねぇか? ルイーザさんに頼まれて資材を古城まで運ばなくちゃなんねぇんだ」
「古城まで?」
「何でも稽古場辺りの外壁の一部が壊れてるのが見つかったとかで、放っておくと崩れそうだから優先してそこの外壁を修繕するように頼まれたんだ」
(アノスさんがやったやつか……)
カノアは自分も無関係ではないと多少の罪悪感を覚える。
だがそれはそれとして、やはりこの町で新たに始まったループと、その前から起きている死者の復活という異変を探る必要性を感じ、レヴァンたちと古城へ向かうのだった。
◆◇◆◇◆◇◆
「久しぶりにここに来たな」
「ああ。ここに刻まれた奴らの名前を見るだけで、俺は
レヴァンたちは、慰霊碑に向かって手を合わせている。
(祈りを奉げたからと言って、必ずあの幻影が現れるわけじゃないのか)
カノアは二人の行動を観察しつつ、少しでも情報が得られないかと神経を張り巡らせていた。
「ここに刻まれている方々は、やはり
ある程度のことはアノスから聞いていたが、知らないフリをしてカノアは質問をする。
「そうだな。あの戦で多くの命が亡くなって、この町はほとんど壊滅しちまった」
「後はハロス病で死んだ奴も多いか」
「ハロス病?」
カノアはその言葉を聞いて、光に包まれる直前の記憶を思い出す。
『奴らの動きが思った以上に早い。次の周回でハロス病について調べろ』
黒いローブの男が口にしていたその名前。
それが何の手掛かりになるのかは分からないが、何かの突破口になることを信じてカノアは探りを入れる。
「ハロス病っていうのは何ですか?」
「昔この町で流行った呪いみたいな病気だ。
「ニコラスたちが
「ん? そう言えばそうだ。俺はてっきりニコラスたちはあの戦に巻き込まれたと思い込んでいたが、あいつ等普通に生きているよな? 何で俺はあいつらが死んじまったと思ってたんだ?」
レヴァンたちは顔を見合わせて狐につままれた様に、不思議そうに顔を見合わせる。
「てかそもそも、流行り病で死んだ奴なんか居たっけか?」
「んー、流行ったとは思うんだが、結局ニコラスたちが助けてくれたような……。俺たちも若ぇ若ぇと思っていたが、もう歳なのかもな!」
「違ぇねぇ! あっはっはっ」
二人は自虐のように笑い合ったが、カノアはその様子を難しい顔で伺う。
(過去の記憶が混在している? そういえばアノスさんもリアナさんが生き返ってすぐの時に、慰霊碑の人数がおかしいと言っていたな——)
黒いローブの男が言っていた病は、思わぬところでこの異変と繋がっているのかもしれない。
カノアはそう思いつつ、レヴァンたちの会話に耳を傾けていた。
◆◇◆◇◆◇◆
「あ! 何処に行ってたのよ! 探したんだから!!」
カノアが旧ギルドに戻って来ると、ルビーが大広間で出迎えた。
カノアはルビーの座っていた席の向かいに腰を下ろしながら会話を続ける。
「すまない、少しレヴァンさんたちに頼まれて古城の方に資材を運ぶ手伝いをしていたんだ」
「もう! 話したいことがあったのに、勝手に居なくならないでよ!」
ルビーの話したいこととはリアナさんの事だろう。
前回カノアを追いかけて来て、その悩みを聞いたことを思い出す。
その話もルビーの中から消えてしまったのかと思い、カノアは申し訳なく思った。
「すまない、後で時間を作るからゆっくり聞かせてくれないか?」
「ふぅん。それなら良いわ。約束だからね!」
ルビーの許しが出たところで、アノスが何処かから帰って来た。
「あ、なんだ帰って来てたのか。せっかく稽古つけてやろうと思って探してたのによう」
「すみません。さっきまでレヴァンさんたちの手伝いで古城に居たのですが」
「んじゃ入れ違いか。それなら仕方ねぇ」
そう言ってアノスはカノアたちと同じ席に腰を下ろす。
「そう言えば、アノスさんに聞きたいことがあるのですが、良いですか?」
「何だ?」
「この町で昔、流行り病みたいなことってありましたか? さっきレヴァンさんたちから聞いたのですが」
カノアはレヴァンたちと同様に、アノスにもその記憶が混在しているのかを確かめる。
「そういやあった気もするが、あれ、どうだったかな? ……ああ、そうだ。流行りはしたが、ニコラスたちが治してくれたんだ」
反応としてはレヴァンたちと同様の内容だった。
だが他にも何か手掛かりになるようなものは無いかと、カノアは更に質問を重ねる。
「もしかしてリアナさんが
「そうだな……。ニコラスたちにも診てもらったが、その可能性が高いそうだ。だが、何故そう思ったんだ?」
「その病気で亡くなった方たちが沢山居た、ような気がすると聞いたので」
カノアは慎重に言葉を選びながら、怪しまれないように説明をする。
「パパ。ニコラスさんたちなら治せるって本当? ママ大丈夫なの?」
アノスの言葉に、ルビーが不安そうに質問を挟んだ。
「町の近くで取れる花がハロス病の特効薬になるらしくて、運良くみんな助かることが出来たんだ」
「それはどんな花ですか?」
「どんな花かまではニコラスたちに聞かねぇと俺もよく分らん。だが確かこの町の近くに咲いてるって話で、魔女の花って呼ばれてるとか何とか——。詳しいことは明日ニコラスたちに会ったら聞いておくよ」
「ありがとうございます」
(これで大体はっきりしたか。ニコラスさんたちと一緒に生き返った人たちは、恐らく
「すみません。ちょっと出掛けてきます」
「おいおい、もう日が暮れ始めるぜ?」
「さっき古城に行ったときに忘れ物をしたみたいで。すぐに戻ってきます」
カノアはアノスたちにそう告げると、足早に古城へと向かうのだった。
◆◇◆◇◆◇◆
カノアは歯抜けに名前が刻まれた慰霊碑を眺めながら、改めて生き返った人間の多さを実感する。
「ざっと見て、大体四分の一程か。残りの人たちがもし生き返ってしまったら、きっとリアナさんは耐えられない。この現象だけでも早く止めないとな」
カノアはそう呟いて踵を返す。
慰霊碑に背を向け、大聖堂の入り口の方に目を向けると黒いローブを着た人間が立っていた。
「あなたは……。前回のあれは何だったんですか? 時間が無い? もっと詳しく説明してくれないと——」
カノアは近付きながら質問を繰り返した。
だがその人物は何も返事をすることは無く、カノアの話をじっと聞く。
一歩、また一歩とカノアが近付くと、黒いローブの人物は間合いを見計らって居たかのように、床を蹴って一気に距離を詰めてくる。
そしてカノアの目の前まで来ると——持っていた短剣でカノアの胸を貫いた。
「がはっ!?」
僅かに心臓を逸れたが、熱くなった血が体の内側を焦がすようにせり上がって来る。
口から大量の血を吐き出すと、喉が焼けるようにヒリついた。
「誰だ……、お前は……」
朦朧とする意識の中、自身を見下ろすその目に敵意が籠っていることにカノアは気が付く。
それは自身を町の外に誘い出した男とは全く異なる雰囲気。
敵であることを隠すつもりすらないと、明らかな殺意を向けている。
「もう少しで条件が満たされる。これ以上余計なことをするな、ランダムウォーカー」
黒いローブの男がそう囁くと、カノアの意識は流れ出る血と共に失われていった。
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