第5話『魔女の矜持』
ここはエリュトリアの町の端にある、少し古びた木製の家。
壁には
そんな家の中には、せっせと汗を流すティアの姿があった。
「だいぶ片付いたかな」
「うむ。これだけ整えば十分だ」
その働きっぷりに、ドロシーもご満悦と言った様子だ。
「あの、ドロシーさん」
「何だ?」
「ドロシーさんは、どうして今でも魔女を名乗ってるの?」
「ふむ。どうして、か。では、休憩がてら雑談にでも付き合ってもらうかな」
そう言うとドロシーは、二人分の飲み物を用意して片方をティアに渡す。
「お前さんは魔女の歴史について、どの程度理解をしておるのだ?」
「あまり詳しくは無いけど、賢者アリスが現れるまでは魔法と言えば魔女の特権だったってことくらいかな」
「その通りだ。まだ賢者アリスの名前がこの世界に存在しなかった頃、我々の暮らしは今よりずっと不便なものだった。そんな中で奇跡の御業とも呼ばれていたのが魔法。だがそれは今とは大きく異なり、自在に森羅万象を操るようなものではなかった」
ドロシーは飲み物を一口飲むと、一呼吸置いてから再び口を開く。
「やがて魔女の存在自体に賛否が唱えられるようになったある時、賢者は人々の前に現れた。賢者は魔女以外の人間も魔法を操れるようにとソフィアを広めていき、それに伴って魔女の存在は少しずつ忘れられていった」
「賢者アリスの目的は何だったの?」
「さぁな。賢者については文献も殆ど残っていないし、何を求めていたのかは我々には分からんよ。そもそも、その存在自体が誰かが作った嘘かもしれんしな」
「そっか」
「だが、賢者の残したとされるソフィアはあまりにも完璧過ぎるんだ。まるで、この世のものではないみたいにな」
「どういうこと?」
「昨日、魔素が人の手によって作られたものかもしれないと言っただろう?」
「うん」
「魔素の存在も、叡智との対話も都合が良過ぎるのだよ。まるで誰かが何かの目的の為に創造したとしか考えられない程にな」
「何かの目的……」
ティアの脳裏に、自身の国を襲った人の姿をした魔物の影が思い出される。
「そんな中で私は、とある魔女が残した一つの文献を見つけたんだ。そしてそれを辿っていく内に、この地に辿り着いた」
「文献?」
「この世の者、
「魔物のこと?」
「いや、それよりももっと恐ろしい存在、神についての記録だ」
ティアは、想像していたよりも大きな存在の名に息を呑みこむ。
「まぁ、私もまだ確実なものは掴めていない。だが、これは魔女が追い求めたこの世の真理。それを引き継ぐ以上、私も魔女を名乗らねばなるまい。私が魔女を名乗る理由は、そういうことなのさ」
ドロシーは再び飲み物を口にすると、話に一区切りがついたと肩の力を抜いた。
「ドロシーさんは凄いな。一人でそんなに大きなものと戦ってるなんて」
「そんな大それたものではない。それに、お前さんも何か抱えているのだろう?」
ドロシーの問い掛けに、ティアは悩みを打ち明けるように口を開く。
「うん。私ね、強くなりたいんだ」
「それはまたどうして?」
「私、小さい頃からいつも誰かに守って貰ってて。旅に出始めてから自分が弱いんだってことをたくさん知ったの。魔法は使えるようになったけど、それでも魔物や魔獣相手だとやっぱりまだダメ」
ティアは胸に手を当てて、過去を噛み締めるように言葉を紡いでいく。
「私、沢山の人を救いたいんだ。
「なるほどな」
ドロシーは、ティアの気持ちに寄り添うように言葉を返す。
「私はかつての賢者のようにソフィア無しで無限に魔法が使えるわけでは無い。——が、賢者の真似事くらいは出来るようにしてやれるぞ?」
「賢者の真似事?」
ドロシーは「コホン」と軽く咳払いをして、その意図を口にする。
「昨日ソフィアについても話をしたな?」
「魔素石は叡智が結晶化したもの。その魔素石との対話を可能にしているのがソフィア、だったよね?」
「そうだ。そしてソフィアにはいくつか種類がある。一つの属性のみ扱えるデクス・ソフィア。これは複数装着することで複数属性の魔法を同時に扱う事も出来るが、それには相当な訓練が必要だ」
「うん。私はまだ一つずつ使うだけで精いっぱいかな」
「だが、デクス・ソフィアの上位品として、一つのソフィアで複数の属性が扱えるケント・ソフィアというものがある。これは各国の国家魔導師のみが使用を許されている希少なソフィアだ。これは知っているか?」
「うん。扱うのも、すっごく難しいんだよね」
「そうだ。だが、そのケント・ソフィアにすら勝るとも言われている、神具と呼ばれるアイテムがあるのは知っているか?」
ティアは少し黙ってから口を開く。
「……うん。私、二つ持ってる」
「何だと!?」
ティアのまさかの発言にドロシーは驚愕の声を上げた。
ティアはポケットからブレスレットを取り出してドロシーに見せる。それはキュアノス王国の夜の森で、カノアの闇魔法を封じたものだ。
「これはお父さんから貰った魔法を封じることが出来るもの。それともう一つは——」
ティアは首から下げていたネックレスをドロシーに見せる。
「これはお母さんから貰った魔除けのネックレス。魔法障壁を張って持つ者を色んな魔法から守ってくれるの。防げるのは魔法だけだけど」
カノアはこのネックレスのお陰で、あの日、平原でケセドに襲われた時に魔法を防ぐことが出来た。
「こいつは驚いた。神具を二つも持っているとはな」
「私は、ずっとお父さんやお母さんに守られてきた。ううん、二人だけじゃない。エルネストや他のみんなも、ずっと私の事を一番に守ってくれた。だから、今度は私がみんなを守れるようになりたいの!」
ティアはいつになく真剣な眼差しをドロシーに向ける。
「どうやら、お前さんは色々と背負っているらしいな」
ティアの真剣な気持ちを汲み取ったドロシーは提案を持ち掛ける。
「神具とまではいかないが、それに近しいものをお前さんに作ってやろう」
「ドロシーさん、神具を作れるの!?」
「あくまでも近しいものだ。神具とはそもそも
「でもそれに近いものをドロシーさんは作れるんだよね?」
「本物の神具に比べれば性能は格段に落ちるが、五属性の魔法くらいなら扱えるからケント・ソフィアくらいの性能にはなる。お前さんが持っている二つの神具は守護と封印を行うもの。なら私は、攻撃用のものを作ってやろう」
ドロシーは自分で語っていて楽しくなってきたと、次第に言葉を弾ませていく。
「五属性の攻撃魔法を操り、守護と封印の神具で対魔法戦は優位を保つ、か。完成すれば国家魔導師すら圧倒できそうだ。くくく、こいつは面白くなってきたぞ——」
「あの、ドロシーさん、すごーく悪い顔してるよ?」
頭の中でどんな悪巧みを働いているのかは知らないが、ドロシーは魔女というに相応しい、妖しい笑顔を浮かべている。
「あれをこうして、これを付属して——よし、決まった。私がお前さんを最強の魔女にしてやるから期待しておれ!」
「ええっ!?」
ドロシーの企みがティアの望んでいたものと一致しているのかは誰にも分からない。
だがこうしてティアは、ドロシーの実験、もとい悪巧みによって魔女見習いになったのだった。
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