第4話『騎士の試練』

 カノアたちは大聖堂を出た後、城壁内にある広場に来ていた。

 ここはかつてエリュトロン王国の兵士たちが使っていた稽古場。

 地面には雑草が生えていたり、汚れた木剣が転がっていたりと、手入れが行き届かなくなってから暫くの時間が経過したことが伺える。


「お前、最初に会った時に魔法が使えると言っていたな。どんな魔法が使えるか見せてくれないか?」


 アノスは『紅い楽園』で交わした会話を持ち出した。

 カノアはひとまず風魔法であるミク・アネモスを使ってみようとするが、やはり上手く発動させられない。


(体調はもう戻っているが、上手く魔法が使えない……。あれはあの国の領土内だから使えたのか、それとも魔力欠乏症とやらで倒れてしまったのが原因で——)


 カノアの思考を遮るようにアノスが話し掛けてくる。


「どうした?」


「いえ、魔法が上手く出せなくて……」


「ん? てかお前ソフィアは?」


「あ……。今は持っていないです」


 カノアがそう言うと、アノスが噴き出すように笑い声をあげる。


「だっはっはっ! お前ソフィア無しで魔法を使おうとしていたのか? そりゃ流石に無理だろ!!」


 腹を押さえながら大声で笑うアノス。

 アノスの反応を見て、改めてこの世界では魔法を使うのにソフィアが必要であることを思い出す。


「ルビーが居たらさぞ喜んだだろうな。あの子は昔、本物の魔女になってリアナに凄い魔法を見せるんだって言ってたんだぜ?」


 アノスはひとしきり笑ったと、ようやく落ち着きを取り戻す。

 そして落ちていた木剣を拾うと二、三回軽く素振りをしてから息を整えた。


「さて、冗談はこれくらいにして、ちと真面目な話をしておきたいんだが」


 アノスはそう言うと、先ほどまでの柔和な雰囲気を取り払うようにゆっくりとカノアに体の正面を向ける。そして——。


「西の大峡谷の橋を落としたのはお前たちか?」


 アノスは冷徹な視線と共に、持っていた木剣の切っ先をカノアに向けた。

 思いがけないアノスの言動に、カノアは蛇に睨まれた蛙のように身動きが出来ない。


(橋が落ちてすぐのタイミングに町を訪れたとなれば、疑われるのは当然か……。だが、誰が橋を落としたか知らないということは、キュアノス王国で襲ってきた敵たちとは恐らく無関係。しかし、何処に敵が潜んで居るか分からない以上、迂闊に情報を漏らすのは危険を伴う——)


 カノアが思考を巡らせながら言葉を探していると、アノスが切っ先をゆっくりと下げる。


「お前も木剣を拾え。素手の人間を叩くような卑怯な真似をするつもりはない」


 カノアはアノスから視線を外すことなく、恐る恐る落ちていた木剣を拾う。

 カノアが木剣を拾ったのを確認すると、アノスが再び木剣を構える。


「さっきの質問、答えらんねぇってことは肯定と受け取るぞ!」


 そう言ってアノスは、カノアの方に深く踏み込んで木剣を鋭く振り下ろす。

 木剣はカノアに当たる寸前で止められたが、あまりの威圧感にカノアはその場でよろけて尻もちを着いた。


「……なるほど。どうやら敵ってわけじゃないみたいだな」


 アノスは何か納得したように、木剣の切っ先を地面に向けるようにゆっくりと下ろす。


「お前からは殺気が一切感じられなかった。立て」


(もしアノスさんが敵だったら、俺はこの場で殺されていてもおかしくなかった……。そしてあれ以降ループが起きていないことを考えると、最悪の場合ここで全て終わっていた可能性も十分にあった)


 カノアは己の未熟さを突き付けられる形となり、遅れるようにして悔しさが込み上げてくる。


「アノスさん。お願いがあります」


 カノアはゆっくりと立ち上がった後、意を決したようにそう言った。


 ◆◇◆◇◆◇◆


 カノアは西の大峡谷で起きたことをざっと話した。


「そうか。やっぱり無関係ってわけじゃなかったか。だが話を聞く限り、その連中がいつまでも静観しているとは思えねぇな。キュアノス王国の手先なのか、或いは——」


 アノスは何かを考えるように少し黙る。

 少し沈黙が訪れたところで、カノアの方から口を開いた。


「黙っていてすみませんでした」


「いや、俺がお前の立場でも同じだったろうよ。敵に追われて迷い込んだ町だ。そこに敵が潜んで居たとしても不思議じゃない。お前のそういう慎重なところは戦いにおいて役立つこともある。変に気負う必要は無いさ」


 アノスはカノアの気持ちに理解を示すようにそう言った。


「んで、それを話す気になったってことは、まだ何か話したいことがあるんだろ?」


「俺は、魔法が上手く使えません。ソフィアを使ったとしてもです」


「そうか。それで?」


「俺に戦い方を教えてくれませんか? 魔法が無くとも、先ほどのあなたのように戦う方法を。敵がいつ追って来るか分からない今、ティアたちの足手まといにはなりたくないんです」


「なるほどな。気持ちは分かった」


「では——」


「その前に一つ聞いておきたい」


 カノアの申し出に理解を示しつつも、アノスは一度カノアの言葉を遮った。

 そしてカノアの覚悟を試すように冷たく言い放つ。


「お前はあの嬢ちゃんたちのためなら、人を殺せるか?」


「人を、ですか……?」


「ああそうだ。魔物は殺せるが人は殺せませんってのは、実に都合の良い話だ」


 カノアは一瞬返答を躊躇ったが、キュアノス王国の研究所での事や地下水路で魔獣たちと戦った時のことを思い出す。

 そして、それらが人間の成れの果てであったことも。


「覚悟を決めれば、それくらいは!」


「そうか、それじゃ失格だ」


 自身の覚悟を口にしたのも束の間、それはアノスによってあっさりと却下された。


「どうして!?」


 アノスはカノアのその言葉ごと切り裂くように、手に握っていた木剣を一瞬で振り抜いてカノア喉元に突き付けた。

 一瞬の出来事にカノアはまったく身動きが取れない。


「覚悟を決めている時間を敵がくれると思うなよ? 敵はそもそもお前らを殺す気でやってくる。違うか?」


「それは……」


 喉元に突き付けられた切っ先は、首を絞められていると錯覚するような威圧感を放っている。


「命のやり取りってのはそういうもんだ。お前が本気で強くなりたいってんなら、まずはそのことを体に覚えさせてやるよ」


 アノスは改めて距離を取って木剣を構えると、真剣な目つきでカノアを見据えた。

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