第8話『赤き亡国のお姫様』

「カノア」


「何だ?」


「なんか面白いこと言ってくれよ」


「いきなりどうした」


「あんな話聞いちまったら何かこう、ムズムズするって言うか」


 カノアたちは『紅い楽園』を出た後、ぼんやりと町の中を歩いていた。

 そんな中アイラは、エレナが最後に言っていたリアナの話を思い出していたのだ。


「やっぱ、何処の国にも辛い気持ち抱えて生きてるやつは居るよな」


 そう言ってアイラは寂しそうな顔を見せる。

 アイラの横を歩くアイリも、何処か儚げな表情を浮かべているようにも見えた。


「アイラは優しいんだな」


「へ?」


 カノアは何かを思い出すように少し上を向き、まるで空に向かって話し掛けるように言葉を零す。


「人の痛みが分かる奴は優しく、そして強い」


「そ、そうかよ」


 急に褒められ、満更でも無いといった感じでアイラは寂しそうな顔を少し緩ませた。

 その後カノアが少し黙ってしまったので、アイラは取り繕うように話題を変える。


「んで、あのおっさんはどっか行っちまったけど、どうすんだ?」


「そうだな――」


 若干上の空といった様子でカノアが返事をする。

 ラヴィスからの依頼で『紅い楽園』を訪れたものの、その目的が何処かに行ってしまったのでカノアは次の行動を計画しようとする。

 だがそんなカノアたちの元へ、風雲急を告げるかのごとく数人の子供たちが現れた。


「ちょっと、そこの貴方たち!」


 背後から聞こえて来た少女の声にカノアが振り向くと、同い年くらいの少年少女が三人ほど立っていた。


「……俺たちのことだよな?」


 急に呼び止められたものの、全く面識の無い子供に声を掛けられる心当たりが無かったので、カノアはアイラに同意を求めるように確認を取る。

 少年少女たちは先頭に立っている女の子と、その影に隠れるように左右に男の子が一人ずつといった感じで立っている。

 その少女は歳で言えば十歳から十二歳ほどだろうか。アイラの横に立っているアイリよりも幼く見えた。


「ちょっと! このルビー様が話し掛けてあげてるんだから、返事くらいしなさいよ!」


「ルビーちゃん、やめようよぉ」


「あんたは黙ってなさい!」


 何やら少年たちは乗り気ではない様子で、強気な少女の後ろに隠れておどおどしている。

 トラブルに首を突っ込む役を回避したかったのだろう。アイラはなすり付けるようにカノアの背中を肘で小突いた。


「お姫様がお前に用があるってよ」


「はぁ……」


 カノアは半笑いのアイラの顔をチラッと見ると溜息を零した。

 だがその後、ルビーと名乗った少女の目の前まで歩み寄ると、片膝をついて目線を合わせる。

 

「何か御用ですか、お姫様」


 カノアは朴念仁ではあったが、初対面の人間を丁重に扱うことには長けていた。

 相手が子供であったとしてもきっちりとその役割を果たすことが出来る。それもカノアの長所の一つだったと言えるだろう。

 そしてカノアの言葉を聞いた少女は、目の色を変えて笑顔を弾ませた。


「あ、あなた!」


 少女は驚嘆の声を上げながら、自身の目の前でひざまずくカノアの手を両手で掴んだ。


「私がお姫様だとよく分かったわね!」


「え?」


「気に入ったわ! あなた、私の騎士にしてあげる!」


 そして少女はカノアの手を離すと、両手を祈る様に胸の前で組み合わせて恍惚の表情で天を仰ぐ。

 カノアが呆気に取られたように少女の様子を眺めていると、アイラとアイリがカノアの元へと歩み寄って来る。


「良かったじゃねぇか、カノア。お姫様の騎士ならお前も貴族だぞ?」


 と、明らかに笑いを堪えたような声でアイラが話し掛けてくる。

 だがその横に立っているアイリは、何やら不服そうな表情を浮かべていた。


「お前な……」


 カノアはアイラに乗せられてしまったことを反省しつつ、若干気まずそうに返事をする。

 そんなカノアに少女はビシッと人差し指を立てて、若干興奮気味に詰め寄って来る。


「あなたのその慧眼に免じて、このルビー様が何でも1つお願い事を聞いてあげるわ!」


 だいぶ上機嫌といった様子の少女の姿にアイラは更に笑いを堪えつつ、焚きつけるようにカノアに話を促す。


「ほれ、お姫様がお望みを聞いてくださるってよ」


 このままでは良いようにアイラの玩具おもちゃにされると悟ったカノアは、軽く溜息をついて冷静に少女に話を振る。


「じゃあこの町の案内をお願い出来ないだろうか」


「え? そんなことで良いの? もっと凄いことでも聞いてあげるわよ?」


 カノアの少し冷めたような言い方に、少女は温度差を感じて疑問を浮かべた。

 だがそんな冷めた様子を見せたカノアを逃がすまいと、アイラは何か思い付いたようにニヤっとした。


「嫌な予感がする……」

 

 カノアがそう言葉を零す横でアイラはニヤニヤしながら少女に近付き、耳元でカノアにも聞こえるようにこう言った。


「お姫様。町の案内ってのはただの口実で、実はこいつは姫をデートに誘ってるんですよ」


「で、ででで、デート!?  いくら私が魅力的だからっていきなりそんな!!」


 アイラの言葉に、少女は瞬時に顔を赤らめる。


「確かに何でもとは言ったけど、そ、そういうのはまだ心の準備が……。で、でも私ももう立派なレディなわけだし、そういう大人のお付き合いもそろそろ——」


 少女は頬を両手で押さえてモジモジしているが、満更でもない感じだ。

 どうやら頭の中にお花畑が広がっている様子を見て、アイラは満足そうにカノアのことを肘で小突く。


「おい、本気にしちまってるぞ。何とかしてやれよ」


「アイラのせいだろ」


 ひとしきり楽しんだアイラは、後はよろしくと言わんばかりにカノアにバトンタッチする。

 カノアは億劫な気持ちを抑えつつ、妄想の世界に入り込んでいる少女を現実に引き戻すため話し掛ける。


「すまないが、本当にこの町のことを教えて欲しいだけなんだ。この町には来たばかりで、知らないことが多くてね」


 カノアの至って真面目な言い回しに、少女は冷静さを取り戻す。


「え!? そ、そうよね! ふん、そんなの言われなくても分かってたんだから!」


 少女はちょっと残念そうにそう言うと、コホンと自制心を取り戻すように咳払いをする。

 そして引き連れていた男の子たちの方を振り向き、言葉を発する。


「あなたたち、今日はもう良いわ! これから私はこの国の姫として、この人たちをもてなすんだから!」


「そんなぁ。急に呼び出されたのにもう良いって、ルビーちゃん酷いよぉ」


「うるさいわね! また今度遊んであげるわよ!」


 少女の突然の解雇宣言に、しょんぼりとして男の子たちはその場を後にした。

 子供とはいえ雑な扱いをされた男の子たちに同情の念を抱いたカノアは、少女に問いかける。


「良かったのか?」


「良いのよ! あの子たちも、大きくなったらこの町を守れるようにならなくちゃなんだから。これくらいのことで泣き言なんて許さないわ!」


 そう言うと、少女はフンッと鼻を鳴らして腕を組んだ。

 少女には少女なりの考えがあるのだろう。そう思い、カノアはそれ以上言及するのを止めた。


「んじゃ、お姫様に町を案内してもらうか! お前はちゃんと守ってやれよ、騎士様?」


 アイラは面白いものを見せてもらったと、カノアの肩を軽く叩く。

 その横で何かを訴えるようにじっとりと目を細めていたアイリに気付くと、拗ねるように視線を外された。


「何やってるの? 早く行くわよ!!」


 ルビーと名乗った少女と、その横を歩く二人の少女。

 そんな彼女たちの後ろ姿を見て、時に女の子というのは魔物より怖いかもしれない。そう思うカノアだった。

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