第9話『灯火は消えず』

「さぁ、着いたわよ!」


 カノアたちはルビーに案内され、この町唯一の市場に到着した。

 と言っても、先ほどまで居た『紅い楽園』から一つ奥の通りに移動しただけなのだが。


「あら、ルビーちゃん。今日はお客さん連れかい?」


 ルビーが張り切って歩き始めると、近くにあった果物屋の店主が話し掛けてきた。


「そうなの! この国のお姫様としてお客様を案内してるところなの!」


「あらあら、それは立派なことだねぇ!」


「そうでしょ!」


 店主に褒められ、ルビーは鼻高々と言った様子で腰に手を当てる。


「お兄ちゃんたち、ルビーちゃんのことをよろしくね。良かったらこれどうぞ」


 そう言うと店主は、店頭に並べてあった果物のようなものをいくつか手に取り、カノアたちに渡す。


「良いんですか?」


「今日は商人さんが来てないからこんなものしかないけれど、置いていても腐っちゃうだけだから持って行っておくれ」


 頭に三角巾を巻いた店主は、穏やかな顔でそう答える。


「ありがとうございます」


「じゃあ次はこっちよ!」


 カノアが店主に礼を言うと、すぐさまルビーが催促するように手を引いて、次の店を案内しようとする。

 そして次の店でも同じように、町の人たちはカノアたちを丁重にもてなしてくれた。

 そんなやり取りを数回繰り返したところでカノアの両手が塞がり、一度道端にあった長椅子に座って休憩をすることにした。


「随分といただいてしまったが、本当に良かったのか?」


「良いのよ! この町に商人さん以外のお客さんなんて久しぶりなんだから! 皆も喜んでくれてるのよ!」


 ルビーはそう言うと、カノアが持っていた果物をアイラとアイリにも配る。

 全員に果物が生き渡ったのを確認し、ルビーは嬉しそうに手に持っていた果物に口を付ける。


(そう言えば、初めてメラトリス村の孤児院に行った時もティアが似たようなことを言っていたな)


 カノアはルビーの言葉に、改めて大魔戦渦マギアシュトロームの残した爪痕が決して小さいものでは無いことを実感する。


「おうルビーちゃん! 元気かい!」


 カノアたちが座っていると、近所を通りかかった男が話し掛けてきた。


「あ、おじさん! 私はいつも元気よ!」


「そうかいそうかい、元気なのは良いことだ! あっはっはっ!」


 男は何とも気前の良い声で笑い声を上げる。


「カノア。私、手がべとべとになっちゃったからちょっと洗ってくるわ!」


 ルビーはそう言って席を立つと、近くにあった店の中へと入って行った。


「あの子元気だろ?」


 ルビーがその場を離れると、男がカノアに話し掛けてくる。


「ええ、とても」


 色々と振り回されているカノアとしては元気過ぎると感じるところもあるが。


「知っているかもしれないが、この町には辛い思いをして暮らしているやつが多い。そんな中であの子は、ああやってみんなを元気にして回ってくれているのさ。あの子だって辛い思いをしたってのによう」


 男は少し哀愁を滲ませたような声で、呟くようにそう言った。


「この町、いやこの国は一度滅んだ。だが、俺たちは諦めたわけじゃない。どんなに国が滅びようと、どんなに心に傷を負おうと、俺たちが諦めねぇ限りこの国は続いていく。国が続く限り、死んでいった奴らの意志も受け継がれていくんだ」


 男は空を見上げ、寂しそうに、だが力の籠った声でそう語る。


「良い町ですね」


「ありがとよ。俺たちが受け継いだ灯火は決して消えない。必ず、この町を元通りにしねぇとな」


 そう言って男は、カノアに笑顔を返した。


 ◆◇◆◇◆◇◆


 カノアが空を見上げると、夜の訪れを告げるかのように薄闇が広がっていた。


「さて、次は何処に行こうかしら♪」


 ルビーが目の前で意気揚々としている。

 だがカノアはこの世界における”夜”と言うものに、何処か安心出来ないのもまた事実。

 夜と言うにはまだ早い時間ではあったが、一抹の不安を拭うと言う意味でもルビーにこのひと時の終わりを告げることにした。


「いや、もう十分助かった。日も暮れて来たし、そろそろ終わりにしよう」


「え~!? まだまだ教えてないところ沢山あるのに!!」


「今日この町を離れるわけじゃない。もし迷惑じゃ無ければまた日を改めてお願いするよ」


 カノアのなだめるような言い方に、ルビーは不満そうな顔を返す。

 だが、カノアの言っていることも理解出来ると、ルビーはその不満を口に出すことは無かった。


「家にはちゃんと帰れるか?」


「馬鹿にしないでよね! おうちくらい、一人でだって帰れるんだから!」


 ルビーはカノアの言葉に鼻息荒く怒ったものの、何処か寂しそうにそっぽを向いてしまった。


「カノア」


 カノアが少し困ったように佇んでいると、横に居たアイラが声を掛けた。


「あぁ。最初からそのつもりだ」


 そしてアイラのその声色に、何を言わんとしているのかを悟ったカノアは改めてルビーに話し掛ける。


「ルビー」


「何よ」


 少し横目で見てくる辺り、まだ少し怒っているのだろう。

 カノアはそんなルビーに落ち着いた声で言葉を続ける。


「もう少しだけ歩くか?」


「!!」


 カノアの言葉に、ルビーは驚いた表情を見せる。


「そ、そんなに私と離れたくないなら、もう少し一緒に居てあげても良いわよ!!」


 ルビーは少し、照れを隠すように大きな声で言葉を返す。

 ルビーの機嫌が良くなったことを確認したカノアは、安心したように表情を和らげる。


「ああ、お願いするよ。ただし、君の家に着くまでの間だ」


 もとよりカノアは、ルビーを一人で家に帰らせるつもりは無かった。

 だと、カノアはアイラにアイコンタクトを送る。

 家まで送り届けるための誘導だったことを理解したアイラは、カノアに賛辞を贈る。


「流石、騎士様はお姫様のことを良く理解していらっしゃる♪」


 アイラにお姫様と呼ばれ、ルビーは更に上機嫌で笑顔を弾ませる。


「私、あなたたちのこと益々気に入っちゃった♪」


「お、じゃあこのまま朝まで遊んじまうか!」


「悪いことを教えようとするな」


 アイラとルビーが楽しく会話を弾ませる姿に、カノアはやれやれと言った感じで溜息をついた。

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