第7話『若き日の思い出』
兵士たちが表に出払うと、店内にはカノアたち三人とエレナ、そして女騎士だけが残った。
「色々騒ぎ立ててすまなかった、エレナ殿。あの人もお酒を呑んでいなければもう少しまともなんだが」
「そんなのいつもの事じゃない。貴女もいつもご苦労様、ルイーザ」
カノアたちは、再びバーカウンターの席に並んで座って二人の会話を聞いていた。
「君たちもすまなかった。君たちが支払った代金は私が立て替えさせてもらうよ」
そう言ってルイーザは懐に手を入れた。
だが、カノアはそれを制止するように返事をする。
「いえ、話を聞かせて貰う代わりのお金だったので、大丈夫です。まぁその本人は居なくなってしまいましたが……」
ルイーザは、懐から手を出すと申し訳なさそうに言葉を返す。
「もし私に分かることであれば代わりに答えるが、何の話を聞くつもりだったんだ?」
「王室が隠している古代のソフィアがどうとか」
「またそんな夢物語を……」
カノアの言葉にルイーザは呆れて頭を抱えた。
「やっぱり嘘だったんですか?」
「さぁな。私もその話は聞いたことがあるが、あの人以外は誰も真相を知らないのだよ。最も、あの人も知らない可能性があるのが怖いところだが……」
「あの人はいったい何者なんですか?」
カノアの質問に、ルイーザは驚きに呆れを織り交ぜたような声を上げる。
「何!? それすらも教えていないのか……。重ね重ね無礼を許してくれ」
そう言ってルイーザは頭を下げた。
「あ、いえ……。それであの人は?」
「この国の次期国王よ」
居たたまれなくなったのか、二人の会話を聞いていたエレナが口を挟んだ。
「え!?」
「はぁ!?」
エレナの言葉に、カノアとアイラの声が重なる。
ルイーザはエレナに目線を送り頷くと、コホンと咳払いをして話を引き継ぐ。
「国王と言ってもエリュトロン王国自体は既に崩壊してしまっているし、この街も見ての有様だ。名前ばかりの張りぼての国王と言ったところだがな」
「確かこの国の王室は滅んでいるんですよね?」
「ああ、その通りだ。あの人はこの国を復興させることを条件に、新たな王位継承権を得ることが許された人なんだ」
「新規の王室だなんて、そんなことが可能なんですか?」
「あの人はクサントス帝国の元近衛騎士団長なんだ。このエリュトロン王国はクサントス帝国の属国だから、帝国としてもいつまでも放っておく訳にいかないのだよ」
その大層な肩書と先ほどまでの吞んだくれていた姿がどうにも重ならず、カノアは半信半疑でルイーザの言葉に耳を傾ける。
「皇族に最も近しい貴族であり、
「ただの酒呑みにしか……」
いたって真面目に話をするルイーザの姿から、恐らく嘘はついていないだろうことは予想出来たが、やはり初対面の印象というのは大事なのだと、カノアはへらへらと笑う男の姿を思い浮かべていた。
「
ルイーザは当時のことを思い出してか、少々感傷に浸っているように言葉を続ける。
「私も随分と探し回ったが、結局見つけることが出来なかった」
「騒ぎにならなかったんですか?」
「当然なったさ。帝国騎士団は混乱を極め、一時は収拾がつかなくなった。皇帝に直接伺うなど出来るはずもなく、私は途方に暮れた。だが半年ほど経ったある日、私の元を皇族の一人が訪ねてくださったんだ」
そう言ってルイーザは、憂いを帯びた顔で水の入ったグラスを見つめた。
「その人は何と?」
カノアの言葉を聞いたルイーザが目を瞑る。だがそれは、先ほどまでの傷心した様子とは違うことを、グラスを持っている手が次第に震え始めたことで理解した。
「……結婚して、このエリュトロン王国で暮らしている、と」
「……は?」
聞き間違いかと思えるような言葉にカノアは絶句した。
そしてアイラも黙っていられなくなったのか、会話に参戦する。
「結婚を理由に退役したってのか!?」
「いや、結婚自体は
どんなに優れた実力の持ち主でも、人間性に難ありとされた英雄の話は何処の世界にも存在する。
先ほどの男も、紛れもなくその
「私も訳が分からなくなって、噂を頼りにこの街を訪れたんだ。そしたら――」
「この店で吞んだくれていた、あのおっさんを見つけたってわけか」
アイラは幻滅、といった様子でルイーザに同情を送った。
「しかし何でこの街に?」
アイラの質問に対して、ルイーザの代わりにエレナが口を開く。
「この街はあの人の妻リアナの故郷なの。リアナは私の幼馴染でね、
当時の事を思い出してか、エレナは少女のような顔で笑った。
「まったく、結婚しているならちゃんと教えて欲しいものだ。それを知っていれば私だってこんな気持ち――」
「え?」
ルイーザが思わず零してしまった言葉にカノアが反応すると、ルイーザは水しか飲んでいないのに酔ったように顔が赤くなり始める。
「い、今のは忘れてくれ!!」
そう言いながら、ルイーザは真っ赤に火照った顔を冷ますように、水を一気に口の中に流し込んだ。
いくら朴念仁のカノアでも、ルイーザの態度には色々と察するところがあった。
みなまで言うまいと、カノアも喉を潤すため目の前に置かれていたグラスを軽く持ち上げた。
だが、その時だった。出入口の扉が再び勢いよく開けられると、先ほど外に出て行った兵士の一人が慌てて店の中に入って来る。
「ルイーザ騎士団長! アノス様に逃げられました!!」
兵士の突然の宣告はまさに青天の霹靂と言った様子で、ルイーザは大慌てで立ち上がる。
「どうしてちゃんと縛っておかなかったんだ!?」
「腐っても英雄ですよ!? 我々だけでは無理ですって!!」
「なら最初からそう言え馬鹿者!!」
ルイーザは兵士に叱責をしつつ、店の外へと出て行った。
「まったく。毎度毎度退屈しないわね」
慌ただしさもまた一興と、エレナは肩をすくめて微笑を浮かべた。
恐らくよくある光景なのだろうと思いつつも、カノアはルイーザたちの去り際に聞こえた言葉が聞き間違いではないかと、エレナに確認を取る。
「……あの、今あの人騎士団長と呼ばれていた気がするのですが?」
「ええそうよ? あの子はクサントス帝国で近衛騎士団と並ぶ精鋭部隊、ハグネイア騎士団のルイーザ騎士団長。そう言えばあの子も自分ことは話していなかったわね。ふふっ、そんなところまで似ちゃって」
「はぁ……」
流石のカノアも着いていくのに少々疲れた、と質問をする元気も無くため息をついた。
「憧れなのよ。あの子はアノスに憧れて騎士を目指した身で、小さい頃からずっと稽古をつけて貰っていたから」
「そんなに可愛がってたんなら、結婚したことくらいちゃんと教えてやれよな……」
疲れが見え隠れするカノアの代わりにアイラが言葉を口にした。
ひとまずは嵐のような時間が去ったことで、アイラも肩の力が抜けたと背伸びをしながら言葉を続ける。
「ま、もう結婚してるって事ならあの騎士のねーちゃんも割り切ってるか」
そう言いながらアイラは、何かに気付いたとポンっと手を打つ。
「てか、次期国王の妻って事は、さっき言ってたリアナって人もいずれはこの国の王妃か。すげー玉の輿だな!」
何か金銭の匂いを嗅ぎ取ったのか、アイラは楽しそうに笑う。
だが、相反するようにエレナは少し俯いて言葉を零す。
「それはもう無理な話なの」
「え? でも結婚してるんだろ?」
エレナの言葉にアイラが疑問を投げ掛ける。
その疑問に答えるようにエレナはゆっくりと顔を上げた。
「リアナはね、もう亡くなっているのよ」
エレナの微笑みは、寂しさを滲ませていた。
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