第2話『これからの「異世界」の話をしよう #2』
ミナトは既に動かなくなっていた。
突然目の前で起きた惨劇にカノアは足から力が抜け、その場にへたり込む。
「何なんだお前は……」
恐怖を具現化したようなその姿に、カノアは自身の死を悟る。
同時にこの世界を呪った。この運命を呪った。そして、こんな運命を綴った神すらも。
異形なるものはカノアの眼前に立ち見下ろすと、やがて先ほどと同じようにその腕を振り上げる。
だが、訪れるはずだった死を切り裂くように、幼い少女の声が異形なるものの背後から聞こえてきた。
「ねぇ、神様は嫌い?」
その言葉に反応し、異形なるものは体を翻す。
眼前を塞いでいた大きな影が動くと、その向こうに二人の少女が立っているのが見えた。
「そこで、何、やっているんだ……? 早く、早く逃げろよ!!」
カノアの言葉にも耳を貸す様子もなく少女たちは立ち尽くす。
二人は白いウサギのパーカーを着ており、学園で自分にぶつかって来た少女たちであることが記憶から掘り起こされる。
「ウガアアアア!!!」
異形なるものは容赦なく二人の少女に飛び掛かる。
だが、自分たちより何倍も大きな体が飛び掛かってきているというのに、二人の少女は微動だにしない。
「やめろおおお!!!」
残っていた僅かな勇気を振り絞って、カノアは異形なるものに向かって足を踏み出す。
「お昼のお礼よ♪」
少女の一人がそう言うと、狂気を放っていた異形なるものの胴体が真っ二つに裂ける。
一瞬血飛沫を撒き散らしたかと思うと、異形なるものの体は蒸発するように消え去った。
「いったい何が……」
異形なるものを切り裂いた少女がカノアに歩み寄って来る。
「もしかしてお兄さん、今私たちのこと助けようとしてくれたの? いや~ん、ベルカ惚れちゃう~!」
少女は体をくねらせながら、恥じらうポーズで頬を赤らめる。
「お姉ちゃん! 余計な会話はしちゃダメだって!」
「もう、ストレルカは本当に頭が固いわね。どうせ忘れるんだから一緒でしょ?」
二人の少女は、何事も無かったかのように会話を続ける。
だが視界の端に映ったミナトの姿を見て、目の前で起きた出来事が嘘ではなかったことを実感させられる。
「ミナト……」
カノアは、よろけながら亡き友人の元へ足を運ぶと、その姿を見た少女が再び話し掛けてくる。
「残念だけど、現実に都合の良いシナリオは存在しないの。その子がここで死ぬのも、一つの運命よ」
友人の死が確実なものであることを直視したカノアは、失意のどん底に落ちながらその亡骸を抱きかかえる。
「大丈夫です。すぐに忘れますから」
友人の亡骸を抱きかかえて涙を流すカノアにその言葉は届いていない。
その様子にストレルカと呼ばれた少女は言葉を続けることは無く、無言でカノアに向かって手を伸ばした。
ストレルカの手が光り、何か行おうとした瞬間、ベルカがそれを制止する。
「ストレルカ、ちょっと待って」
「お姉ちゃん?」
ベルカは声を殺して涙を流すカノアの目の前に立つと、「ねえ、お兄さん私たちと取引しない?」と言った。
カノアは、顔を上げてベルカに視線を向ける。
「お友達を助けてあげるって言ったら、私たちのお願いを聞いてくれる?」
「……何を言っているんだ、ミナトはもう……」
「ええそうね、死んでいるわ」
「ふざけているのか! それが分かっていながら助けるなんて――」
激高するカノアだったが、ベルカはカノアの目をまっすぐ見つめて言葉を返した。
「あら、私は本気よ?」
どんなに本気で言われたとしても、死んだ人間を生き返らせるなど道理が通らない。
だが、尚もベルカは言葉を続ける。
「お兄さんは世界が憎くない? 誰が決めたかも分からない運命に、自分の人生を振り回されて嫌にならない?」
まるで赤子をあやすようにベルカは優しく問いかける。
ベルカはそう話しながらストレルカの隣へと移動すると、二人の少女は互いの
「世界は常に表と裏がバランスを保って成り立っている。喜びと悲しみ。嘘と真実。光と影。生と死」
「だけどそれらは対の存在。決して一つに混ざり合うことは無い」
「そして、この世界にも対となる世界が存在する」
幼い少女たちとは思えないほど、その語り口は幻想的なものだった。
「君たちは一体……」
「私は陽を司る者、ベルカ」
「私は陰を司る者、ストレルカ。私たちは世界を正しいバランスへと戻すために生まれた調律者」
「世界はたゆたう花びらのように、ひらりひらりと舞い踊り。表が裏に裏が表に。そしてその境界は、いつしか曖昧になってゆく。人間はあまりにも異世界に近付き過ぎているの。特に日本という国の人間はね」
二人の少女に心を見透かされているような不思議な気持ちで、その言葉を聞いていた。
「ミナトを助けるには、何をすればいい」
「ふふ、物分かりの良いお兄さんは好きよ」
そしてベルカは言葉をこう続けた。
「――神様を殺してほしいの」
いつしか広がっていた夕闇の空に溶けていくように、次第にカノアの意識は遠のいていく。
「さぁ、これからの異世界の話をしましょう」
カノアの意識は、暗闇に消えて行った。
◆◇◆◇◆◇◆
夏も極まり秋の気配が漂う街で、白いうさぎのパーカーを着た一人の少女は視線の先に広がる群衆を見下ろして不敵な笑みを零した。
「……くくく、この世界に
「お姉ちゃん何やってるの! 早くお姉さまを探しに行くよ!」
ストレルカは
「もう! ストレルカはどうしてそんなに頭が固いの! 少しくらい遊んだって良いじゃない!」
ベルカはほっぺたを膨らませて駄々をこねる。
「お姉ちゃんの遊びを見てると、胸のあたりがぞわぞわするの。それに大勢の人から記憶を消したの私なんだけど?」
双子の姉妹はビルの屋上で風に吹かれていた。
「それとお姉ちゃん、昨日の話だけど」
「ん?」
「良かったの? あんな約束して」
「良いのよ。どうせ神を殺せなきゃ、どっちの世界も終わりなんだから」
「まぁそうだけど……。お兄さん、大丈夫かな?」
「んー、まぁ何とかなるんじゃない?」
姉のあまりにも無責任な発言にストレルカは言葉を失い、ゴミを見るような視線を向ける。
「冗談だって! きっとすぐに見つけてもらえるわ! それに私のミステリアスな演技、いかにも英雄を誘う物語の案内役って感じがして、控えめに言って最高にかっこよかったでしょ!」
「お兄さんごめんなさい」
自画自賛の絶えない姉は放っておきつつ、巻き込まれた少年が
「それに、神を殺すならあのお兄さんみたいな人じゃないとね」
「どういう意味?」
ベルカはつまらなそうな顔をしてストレルカの質問に答えた。
「神ってのは、存在を信じるときに限って存在しないものなのよ」
その横顔が余りにも寂しそうだったので、ストレルカは別の話題を投げかける。
「ところでずっと気になっていたんだけど、どうしてこの世界に来てからこの服装に着替えたの?」
途端、ベルカは目に輝きを灯し、ストレルカへと詰め寄る。
「そこに気が付くとは、なかなか筋が良いじゃない! 流石私の妹ね!」
ベルカは人差し指を立てて自慢げに話し始めた。
「いつの時代も、異世界へ誘うのは白いうさぎの役目って相場が決まっているのよ!」
鼻息を荒げドヤ顔を近づけてくる姉に、ストレルカは暑苦しさを感じる。
「誰がそんな相場決めたの……」
「ストレルカは勉強が足りないわね! そんなんじゃ大きな穴に落っこちちゃうんだから!」
姉の意気揚々っぷりから、さっきの話も結局また姉の意味の分からない遊びの延長だったのだと思い、ため息を零した。
「白いうさぎにご用心ってね♪ それにあのお兄さんの反応。ストレルカも見たと思うけど、あれは私たちと同じ、ううん、それよりももっと……」
急にまた神妙な面持ちで喋り始めたかと思うと、ベルカは言葉を途中で飲み込みスッと立ち上がる。その変わり様を見てストレルカにも緊張が走る。
ベルカはゆっくりと両手を広げて空を仰いだかと思うと、空腹を告げる虫の鳴声が晴天に響き渡った。
「さて、我が妹よ。まずはこの世界の食を堪能しようではないか! ふははー!」
「真面目に聞いて損した……。本当にお姉ちゃんはいい加減なんだから」
ストレルカは双子の姉がどうして自分とこんなに性格が違うのかと、先ほどよりもいっそう大きなため息をつく。
ベルカはそんな妹を尻目に、自分たちが担う未来への希望と、この世界のグルメへの期待に胸を膨らませている。
「そうと決まればさっさと出発よ! いつまでそこに居るの! 早くしないと置いていくわよ!」
「一体どの口がそんな
ストレルカは、さっきまで待たせていたのはどっちだと思いつつも、うっすらと笑みを浮かべて姉の後を付いていく。
それを確認したベルカは良く出来た妹だと喜びに浸りつつ、この世界の、そしてもう一つの世界の行く末を想い、空を見上げる。
「さぁ、これからの異世界の話をしましょう!」
空を見上げる少女の首元で、白いうさぎが笑った気がした。
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