第4話『ツギハギの孤児院』
木製のアンティーク調のドアが美しい。
ティアが備え付けのドアハンドルを回すと、その扉は簡単に開いた。
「あー、ティアおねえちゃんおかえりー!」
「ただいまー! ごめんねー、遅くなって」
ティアが玄関をくぐると子供たちが集まってきた。
孤児院の子供たちは年齢がバラバラのようだが、ティアが帰ってきたことが分かると皆同じような笑顔で出迎える。
「おねえちゃん、このひとだあれ?」
小さな女の子がティアに隠れるようにカノアを見ている。
いつも暮らしている家に突如知らない人が現れたのだ。興味が沸かない方が無理というものだろう。
「この人はねー、カノアって言うの。お姉ちゃんの……何だろう??」
ティアの頭に、子供たちと同じようなハテナマークが浮かんでいるように見える。友達でも知り合いでもいくらでも言い様はあるだろうが、すぐに嘘が出てこないのもティアらしさと言える。
「こいびと?」
「まぁ! どこでそんな言葉覚えたの? サラはもう大人だねー!」
愛くるしいとばかりに、ティアはサラと呼んだ小さな女の子を抱きしめる。大人と言われたことが嬉しかったのか、サラはまんざらでもない様子で笑みを浮かべている。
それを見ている周りの子供たちも笑顔を並べていたが、少し年上の男の子だけはカノアを見てニヤニヤしているような気もする。
「ティア。ママが待っている。昨日からずっと心配していたから早く会ってやれ」
エルネストが奥の部屋から顔をのぞかせた。子供たちと並んでいる姿を見ると巨人のような体格がより一層大きく見える。
「みんなごめんねー。ちょっとママとお話してくるね。ルカ、サラのことお願いね」
ルカと呼ばれた男の子は、先ほどカノアを見ていた少し年上の子だ。子供たちの中では一番年上のように見える。ティアはその子にサラを預けると、ママのところに行こうとカノアに声を掛けた。
子供たちとの触れ合いが楽しかったのか、ティアはどこか上機嫌なようにも見えた。
◆◇◆◇◆◇◆
奥に行くと少し広めのダイニングキッチンがあった。中に入るとテーブルの上には食器が重ねられていて、大人数で食事を終えたところのようだった。
カノアがキッチンの方に目を向けると一人の女性が洗い物をしていた。少し長めの髪を肩の辺りで結んでおり、食べ終わった後の食器を片付けている。
「ママ! ただいま!」
「おかえりなさい、ティア! 帰りが遅いから森で何かあったんじゃないかって、心配していたんですよ?」
ママと呼ばれた女性は洗い物を止め、手を拭きながらおっとりとした口調でティアに言葉を返す。
ティアはママに駆け寄り、抱きついた。
「遅くなってごめんなさい。昨日は色々あって……」
「あらあら~。言い訳は、めっ、ですよ? 子供たちも心配していたんですから」
ママもティアのことを抱きしめて、頭を撫でながら怒っているのか慰めているのか分からない口調で会話している。
カノアは黙って見ているのも変だと思い、挨拶をするためにキッチンの方へ足を進める。
それに気が付いたママが先に口を開いた。
「ティア、こちらは……こいびと?」
先ほどあなたの教育が行き届いたお嬢様に会った、とカノアは名乗るよりも先に思わず称賛の言葉を言い掛ける。
「紹介するねママ。こちらはカノア。私が森で迷子になっていたところを助けてくれたの。えっと……お友達!」
わずかな時間で成長が垣間見えたティアに、「よくできました」とカノアは心の中で拍手をした。
「まあまあまあ~! ありがとう、カノア。この子少しおっちょこちょいだから大変だったでしょ~」
「いえ、そんなことは。森では俺もティアに助けてもらいましたから」
孤児院のママをしているだけあってか、初対面なのに誰でも受け入れられるような包容力を感じる。
ティアのおっちょこちょいを「少し」と言っている辺りだけが気になるが。
「二人とも朝ご飯は食べたかしら? みんなは食べ終わっちゃったけど、まだなら二人の分もすぐに準備出来ますよ?」
その言葉を聞いたとき、カノアはこの世界で目が覚めてから食事はおろか水すら飲んでいなかったことに気が付いた。
そんなことがカノアの頭に浮かんでいた時、部屋の入口の方から声が聞こえてくる。
「ママ。その前に少しティアを借りていいか? 帰ってきて早々で悪いんだが、少し話しておきたいことがある」
声の主はエルネストだった。
入口より頭の方が高いせいで、少し屈みながら入ってくる。
「あらあら。じゃあお話している間にご飯準備しておきますからね」
「うん。お話終わったらご飯いただきます」
そう言うとティアはエルネストのところへ向かった。カノアもティアの後を追うように部屋の入口の方へと移動すると、それに気が付いたエルネストがカノアとティアの間を遮るようにして立ち塞がる。
「カノア、お前は先に飯を食っていろ。話があるのはティアだけだ」
どうやらカノアには聞かせられない話らしい。拒むような言い方はカノアにとって気持ちの良いものでは無かったが、食い下がるようなことでも無いのでひとまずは言う通りにした。
それにカノアはママにも聞いておきたいことがいくつかあったので、ティアたちが居合わせない内に確認しておくのも良いだろうと考えた。
「ごめんね、カノア。また後で来るから先にご飯食べてて」
「ああ、そうさせてもらうよ。もし何か手伝えることがあったら言ってくれ」
ティアとエルネストは部屋を出ると、そのまま二階へと上がっていった。
「うふふ。じゃあカノアはこっちにいらっしゃ~い。今日はママのお手製のパンとスープですよぉ♪」
カノアがキッチンを見ると、早速ママがスープを器に移しているところだった。
◆◇◆◇◆◇◆
スープは今朝採れたばかりだという新鮮な野菜とキノコが煮込まれていた。
カノアはこの世界に来て初めての食事だったが、どこか懐かしさを感じるその味に少し心が安らぐ気がしていた。
「お味はどうかしら?」
「はい、とても美味しいです」
「まあまあまあ♪ 沢山作ってあるから、い~っぱい食べてくださいね」
食事は美味しいのだが、じっと見られながら食事をするのは気まずいとカノアは思っていた。スープを口に運ぶたびにニコニコされていてはなかなか食事が進まないので、何か話題を振って気を紛らわせる。
「あの、そういえばまだちゃんとお名前を伺っていませんでした。俺は
「あらあら~。ご丁寧にありがとうございます。でも、ママはママですよ?」
違う、そうじゃない。いや、それともママと言うのはこの世界では人の名前として使われているものなのだろうか? と、カノアは困惑した。
この世界では日本での常識が通用しないことが多く、その可能性が無いとも言い切れないと、カノアは頭の中で様々な可能性を反芻させていた。
「ミカママ~。うんち~」
小さい男の子がママを訪ねてたどたどしく歩いてくる。それに気付いたママは席を立ってその子を迎えに行く。
「あらあら~。ちゃんとご報告出来てえらい、えらい。でもママのことはママって呼ぶんですよ? カノア、ちょっとお席を外しますけど気にせず食べていてくださいね~」
ママは男の子を抱き上げると部屋を後にする。
その時、ママの名前がミカであることをカノアは初めて知った。
「再生屋のことについて少し聞いておきたかったのだが」
部屋に一人残されたカノアは、パンを口に入れた。
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