第3話『一羽のツバメは春を作らず』

 カノアたちが居住区画の奥の方に向かうと、増改築を繰り返したようなツギハギの建物が見えてきた。


「あれが私たちの泊まってる孤児院。実は昔、私はあの家で育ててもらったんだ。だから今回は里帰りも兼ねてるの」


 ティアは別の国の出身ではあったが、大魔戦渦マギアシュトロームで国が無くなった後ここに移住してきて幼少期を過ごしていたという。


「あ、そうだ。ひとまずカノアが例の実験の被害者だってことは伏せておいて。エルネストがそれ知ったら多分すぐさま王都に殴り込みに行くって頭に血が上っちゃうから」


「そんなやつがリーダーで大丈夫なのか?」


 短気のリーダーにおっちょこちょいなお姫様。一体どんな組織なんだとカノアは眩暈がした。


「ティア!!」


 そんなことを考えていると、建物の方から大柄な男が声を上げながら近づいてきた。顔には無精髭を生やしており、ティアの言う通り少し、いや、なかなかの強面だった。

 だがそれ以上に威圧感を感じたのは、その手に拳銃のようなものが握られていたからだろう。


「無事だったか! 今から探しに行くところだったんだ。よく無事に帰ってきた。いや、よく見ると随分と怪我をしている。激しい戦いを乗り越えてきたんだな」


 ある意味で激しかったと言えるが、この男が考えているような類の怪我ではない。むしろカノアの傷に関して言えば、ほとんどがティアに引きずり回されて出来たものだ。


 強面の男は身長もおよそ二メートルはあろうかという巨漢。それでいて筋肉の締まりも良く、腕や顔についている古傷が痛々しい。

 素人目に見ても、この男の方が余程激しい戦いを経験してきたことが伺える。


「それでこいつは誰だ?」


「こちらはカノア。森の中で会ったの。今回の討伐作戦に参加してて、魔物に追いかけられてた私を助けてくれた恩人よ」


「……そうか、世話になったな」


「いえ、こちらこそティアには助けてもらいました」


「敬語は使わなくていい。俺たちみたいな人間に上も下もねぇ。それで、お前どこの所属だ?」


 ティアはカノアを見てマズイと言う表情を浮かべている。どうやら口裏合わせが必要なことがあったらしい。

 ティアからは見えないようにエルネストの人差し指がゆっくりと銃のトリガーへと移動していく。


「すみま……いや、すまない。所属はもう無いんだ。一緒に参加していた他のやつらは魔物に襲われて……。思い出すだけでも心が痛い」


 カノアは胸を押さえながら、少し顔を逸らして下を向く。


「……そうか。それはすまないことを聞いた。ここには故郷や家族を失った子供たちが沢山いる。少しでもお前の心の傷が癒されることを願う」


 そう言いながらエルネストの指がトリガーから外れるのが横目で確認出来た。


「無事にティアも帰ってきたことだし、ひとまずママにも伝えてくる。随分と心配してくれていたし、ティアからも後でママにちゃんと説明するんだぞ?」


「うん、大丈夫。着替えたらすぐに行くね」


 エルネストはその巨漢を揺らしながら元来た建物の方へ帰って行った。


「……ふぅ、危なかったぁ! カノア、良く誤魔化せたね?」


 ティアは一安心といった感じで大きなため息をついた。

 トリガーに掛かった指にもう少し力が加わっていたら危なかったでは済まないところだったと、カノアも静かにため息をつく。


「ティアの顔を見たら素直に答えるのはマズイと書いてあったからな。それにさっきの男は見かけに反して随分と気を配れる性格らしい。他人の踏み込んではいけない領域についても敏感だろうと思って、わざとらしく演技をしてみただけさ」


「へー、凄い! カノアって人を見る目があるのね。びっくりしちゃった」


(そんなものを身につけて良かったと思える経験は無かったがな)


「普通に森の中で会ったと言っても良かった気がするが、やはりダメだったか?」


「それはダメ! あの辺りは本来の討伐作戦の区域から外れてる場所だもん。それに一人で参加してたなんて言ったら、死にたがりか世間知らずのお馬鹿さんだと思われるわ。命を大事にしない人にはエルネストすっごく怒るんだから」


「そういえばちゃんと聞いていなかったが、作戦というのは具体的にはどんなものだったんだ?」


「今回の作戦は、表向きは魔物の討伐作戦って形でこの国のギルドと協力して行ったものなの。あの森では夜になると魔物が活発になるって理由で、さっきの村長さんが国に討伐依頼を出したのね。でも王国軍は小さな村一つのためには動かない。そうするとギルドが代わりにその依頼を受けて参加者を募るの。それに紛れて例の抜け道を調査しようって作戦だったの」


「随分と念入りな作戦だが、そうなるとこの村の村長や王国のギルドも仲間ってことか?」


「んー、村長さんというよりこの村だとママが私たちの仲間かな。この国に戻ってくるときはいつもこの孤児院に泊まらせてもらってるの。ギルドも正確には仲間って言うより協力関係にあるって感じかな」


「王都からも少し離れていると言っていたし、孤児院であれば身元を探られることも少ない。それに調べられたとしても、この村の出身であれば色々と誤魔化しが利く。潜伏先としてはうってつけの場所というわけか」


「もちろん村長さんにもお世話になってるけど、あくまでも討伐依頼を出すってところだけお願いした感じね」


「この国のギルドが手を貸してくれていることを考えると、王国の中身が真っ黒なのは確定なのか?」


「ほぼ間違いないかな。実際カノアのこともあるし、ゆくゆくはギルドと連名でこの国の不正を晒すことになると思う」


 出来ることなら関わりたくないようなドロドロした話だったが、自身が渦中の存在として扱われている以上、カノアがその話を無視することは出来なさそうだ。


「さて、そろそろ中に入りましょうか。あんまり外で喋ってるとエルネストがまた出てきちゃう」


 二人は孤児院の入口に向かって歩き始めた。


「そういえば作戦に参加していたギルドの人間はここに居ないのか?」


「そうね。実際に協力って言ってもギルドには私たちの動きをカモフラージュするためのサポートとして動いてもらってただけだし、戦場で会っても誰がどこの所属かなんて分かんないの」


「そういうものなのか。誰かも分からない相手とよく協力関係が成立するな」


「合言葉があるの! もし今回みたいな作戦中にそれらしい人に会ったら『一羽のツバメは?』って聞くの、それで『春を作らず』って答えられたらその人は協力者だって分かるんだよ!」


「俺は森の中でティアに会った時、何も聞かれなかった気がするが?」


 ティアは、はっとしたように足を止め、カノアに訴えかける。


「それはほら、あれよ! 出会い頭でカノアが私のことを魔物とか言うから!」


「随分と緩いな……」


 カノアは思わずため息をついた。


「ずっと思っていたんだが、ティアってもしかして結構ぽんこ……」


「あー! そういうこと言う人嫌いになっちゃうぞー!」


 腰に手を当てて口をとがらせている姿は、何とも年相応の少女に見える。

 だがそんな少女ですら危険に身を晒さなければならないほどに、この世界が淀んでいることもまた事実だった。


「お前らいつまで喋っているんだ! 早く中に入ってこい!!」


 二人が孤児院の玄関先を見ると、エルネストが鼻息を荒くして立っているのが見えた。

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