第2話『ようこそメラトリス村へ』

 遠くの山から朝日が顔を出し始めた頃、広大な森の端から男女の会話が聞こえてきた。


「やっと外に出られたー!」


「酷い目にあった……」


 カノアはティアと共に森からの脱出を試みていたが、暗い内はあちこちにぶつけられ、空が明るくなってからは星の位置が分からず道に迷ったと言われ、散々な目にあったというのはここだけの話にしておこう。


「よし! 順調に森を抜けられたことだし、後は村に向かうだけね!」


「順……調……?」


 謎の声が聞こえてきた時と同じくらい、カノアは自分の耳を疑った。


「それとごめんね、ハンカチ何処かに落としちゃったみたいなの」


「構わないさ」


 ひとまず森の外へ出られたことに安堵し、二人は森を後にする。


「そういえばこのブレスレット、外そうと思っても外れないんだが何なんだ?」


「それは魔封じの効果があってね、装着した魔物の魔素を抑え込むための物なの。多分カノアは体内に大量の魔素を取り込んでるから、それを抑える力が強く働いてて外れないんだと思う。けど、それを付けてる限りカノアの魔素が暴走することも無いから安心して着けててね」


「暴走? というか体内に魔素を取り込んでいるとはどういうことだ?」


「あれ、言ってなかったっけ? 魔物を作る実験って言うのは動物の体内に直接魔素を注入して、その体を無理矢理ソフィアと同じ構造に変えちゃう実験なの。つまりカノアの体内には魔素が沢山蓄えられてるってこと」


 自身が魔法を使う道具のように、体を改造されている可能性があることをあっけらかんと伝えられ、カノアは開いた口が塞がらない。


「んー。村まで少し歩くから、向かいながら魔法についても教えるね」


 滞在に使っているという村に着くまでの間、ティアの魔法講座が始まった。


「こほん。それではティア先生のよく分かる魔法講座を始めます」


「お手柔らかに頼む」


「本来、人には魔素を操る力が備わってないから、ソフィア無しでは魔法を使うことはできません。かつて魔法を広めようとしてた賢者様も人が魔法を使えないことを知って、代わりにソフィアを作ってくださったとされているのです」


「その賢者とやらは、ソフィアを使わずに魔法を使えたということか?」


「随分と昔の話だから本当のところは分からないけどね」


 何とも信憑性のない話だとカノアは思った。


「仮に俺の体がソフィアと同じ構造をしているなら、その賢者と同じようにソフィア無しでも自由に魔法を扱えるということか?」


「それは止めておいたほうが良いかな。魔法ってソフィアに組み込まれてる魔法式と、取り付けてある魔素石が結びつくことで発動するの。ただ、魔素石が壊れるまで使うとソフィアも壊れちゃうから、それが人だと考えると多分死ぬってことになるのかな? ソフィアみたいに定期的に魔素を取り込めたら大丈夫かもしれないけど」


 定期的に人体実験を受ければ大丈夫かもと、ティアは冗談交じりに恐ろしい言葉を口にした。


「それと闇魔法は火とか水みたいな属性系の魔法とは異なるものだから、ソフィアを使ったとしても人には扱えないはずなの。闇魔法は動物実験の過程で生まれたとされる禁忌の魔法で、体内の魔素が暴走した際に生まれたとも言われてるわ」


「なるほどな。それで闇魔法を使った俺が、その実験とやらの被害者だと思ったわけか」


「そういうこと! それに属性系の魔法にしても闇魔法にしても、それらをソフィア無しで自由自在操れるなんてそれこそアリス様くらいよ」


「アリス様?」


「さっき言ってた賢者様。男性の姿だったり女性の姿だったり、国によっては背中に白い翼を生やした天使のような姿だったとか、悪魔のような姿だったとか、とにかく色んな伝承が残ってる不思議な方よ」


「不思議と言うか、ただのおとぎ話に聞こえるが……」


「どこまで本当の話かは誰も知らないんだけどね。ただどの国にも共通してるのは、かつてアリス様は五つの属性系の魔法に加えて、闇と光の七つの魔法を自由自在に使ってたと言われているの」


「そもそも闇魔法が実験から生まれたものであれば、賢者が扱えたのは順番が逆じゃないのか?」


「そういう話もあるけど、結局何が本当の話か分かってない以上、真実は神のみぞ知るって感じかな」


 最初から賢者は闇魔法を使えていたのか、闇魔法が生まれてから扱えるようになったのか。

 いずれにしても、その賢者も魔物と無関係では無さそうだとカノアは思った。


「ということで、ひとまずカノアはむやみやたらに魔法を使わないほうが良いかな。仮にソフィアを使ったとしても、もしかしたら体内の魔素とソフィアの魔素石が反発して体がボンってなっちゃうかも」


「怖いこと言わないでくれ」


「えへへ。ひとまずそのブレスレットをしてる限り、ソフィアのあるなしに関係なくカノアは魔法を使えないから安心して」


「魔法か。実感が湧かない話だな」


「あ、もうすぐ村が見えてくるよ!」

 

 そういうとティアは一足先に走り出す。

 カノアはその背中を見つめ、時間を気にせず誰かと会話したのはミナト以外に誰が居ただろうかと記憶を遡る。

 ふと心を許してしまうような、そんな安心感をティアに抱きつつあった。


 ◆◇◆◇◆◇◆


 カノアたちが村に到着した頃には、すっかり朝日が昇っていた。


「ここが私たちの泊っているメラトリス村! 王都タラサからは少し離れてるけど、みんな優しくて良い村なんだよ!」


 その村は領地の全体が廃材などで出来た大きな壁に囲まれている、所謂ゲーテッドコミュニティとなっていた。村の大部分は居住区画だが、人口の減少などにより今は人が住んでいない過疎区画の割合も少なくない。

 入り口部分は大きく解放されており、カノアはティアに連れられて村の中へと足を踏み入れた。


「多分みんなは孤児院の方に居るはずだから、行ってみよっか」


 カノアたちがそんな会話をしていると、二人の姿を見た一人の老人が歩み寄ってくる。


「おぉ、ティアじゃないか。昨晩から戻ってきていないと聞いていたから心配しておったぞ」


 その老人は顔が眉毛や白いひげで全体的に覆われており、何処かの山奥にひっそりと佇む仙人のような出で立ちをしていた。


「おはよ、村長さん。無事に帰ってきました」


「うむ、それは何より。そちらの若者は?」


「こちらはカノア。森の中で偶然一緒になってここまで助けてもらったの」


「おぉ、そうか! それは随分と世話になった。大したもてなしは出来んが、ゆっくりしていきなさい。それとティア。早く孤児院に行ってあげなさい。エルネストが朝からティアを探しに出掛けると張り切っておったぞ」


「それは大変! 入れ違いにならないように早く向かわなきゃ!」


 ティアはカノアの手を引き、急かすように歩き始める。

 ここは森の中じゃないから手を持って貰わない方が歩きやすいのだが、とカノアは思いながらも歩調を合わせる。


「エルネストっていうのは仲間か?」


「そう。私たち再生屋のリーダーなの。ちょっと怖い顔してるけど良い人だよ」


「再生屋?」


「私たちは十字架スタブロスって名前で活動していて、普段は例の大魔戦渦マギアシュトロームの被害を受けた国や街を復興しながら旅してるの!」


 カノアはティアの話に耳を傾けつつ、孤児院へと向かった。

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