第5話『デイ・ライク・カンタービレ』
この孤児院は村の人たちが協力して作り上げたものだ。
戦争で親や行き場を失った子供たちがこの村に流れ着いては保護をし、その度に増築を重ねた結果、今ではこの村でも一番大きな建物となっていた。
そんな孤児院は二階建てで、上の階には来客用の部屋がいくつかある。その内の一室でティアとエルネストは今後の計画について話し合っていた。
「昨夜は大変だったろう。まずは無事に帰ってきてくれて本当に良かった。明るくなってすぐに探しに行こうとしていたんだが、ママにちゃんと飯食ってから行けって止められてな」
「ううん、心配かけてごめんなさい。それに王都に潜入出来る抜け道も結局分からなかったし……」
「いや、それについてはこちらで有力な情報を得られた。別で動いてもらっていたギルドの人間が、森の奥で人が出入りしている所を見つけたらしい。どうやらそこが王都内の何処かに通じているって話だ」
「じゃあそこを通れば城門を通らなくても王都内に潜入出来るってわけね!」
「ああ。これで顔を見られずに王都内に潜入出来る。最近になって城門の検問が異常に厳しくなったのも俺たちみたいな存在を排除するためだろうが、ひとまずは第一関門を突破出来そうだ」
ティアは何かを思い出しているように少し黙り込んだ。
「討伐作戦が行われてすぐの今は、やつらも警戒しているだろう。三日後、十六日の夜に改めて抜け道を使って王都内に潜入する。それまでに準備を整えておいてくれ」
「……うん、分かった。もう少し、もう少しなんだね。絶対に私たちが終わらせなきゃ」
「それとこの話はカノアには絶対に秘密だ」
「どうして?」
「素性も分からねぇ奴をいきなり信用するほど俺は甘くない。奴が近隣の村を調査するためにキュアノス王国が手配したスパイの可能性も十分にあり得るし、味方だと分かるまでは安易に情報を流したりするな」
「でもカノアそんな悪い人には……」
「これはリーダーとしての命令だ。少なくとも、この村で抜け道の情報を知っているのは俺とティアだけだ。もし情報を教える前に、あいつの口からこの話が出てきたら王国のスパイだと疑え」
「エルネスト……」
「俺たちの国をあんな風にした奴らを俺は絶対許さない。見つけたらこの拳銃で撃ち殺してやる」
次第に口調の荒くなるエルネストにティアが諭すように語り掛ける。
「気持ちは分かるけど少し抑えてね? ここには子供たちも居るんだからそういう言葉は使って欲しくないよ」
「……すまねぇ、
エルネストはぶっきらぼうに会話を終えると椅子から立ち上がった。それに続いてティアも腰を掛けていたベッドから立ち上がる。
エルネストがドアを開くと、子供たちの声が聞こえてきた。
「何だ? 外が騒がしいな」
部屋を出て廊下の窓から外を見下ろすと、庭に干してある洗濯物の隙間から見慣れない少年が子供たちに振り回されているのが見えて、エルネストは鼻で笑った。
◆◇◆◇◆◇◆
「にぃちゃん! にぃちゃん! なんかおもしろいはなしきかせてよ!」
「いや、そこはおにごっこだろー!」
「えー! カノアはこれからわたしたちとおままごとするんだから!」
「えほんよんでー」
「ティア姉ちゃんとはどういう関係なんだよー!」
カノアは子供というものが、あまり得意ではなかった。
頭に浮かんだ言葉を間髪入れずに口にする。この頃の自分はここまで脳と口が直結していただろうか、とカノアは幼い頃の自分を振り返る。
カノアはシャツやらズボンやらを方々に引っ張られ、ティアに付けられた傷が痛むのを感じた。
「カノアすっかり人気者だね」
洗濯物の間を通るようにして、ティアとエルネストがやってきた。
「何故だろうな。特に自分でも面白い人間だとは思わないのだが」
「がっはっはっ。こいつらは
「誰が
「ふふっ。珍しいのよ。最近は大きな戦争も起きてないし、商人さん以外だと村の外の人を見る機会も少ないの。同じような日常を同じように繰り返す。少しずつ平和が戻ってきてるって感じがして素敵なことだわ」
「毎日代わり映えしないのも退屈だぜ。あ、だからティア姉ちゃんはカノアのこと狙ってんのか! ツバメも一羽じゃ春は作れないもんな!」
「こーら! 大人をからかわないの!」
ティアはこの国の出身ではないと言っていたが、孤児院の子供たちとは良好な関係のようだ。
「カノア。そう言えばお前、何か手伝えることはあるかって言っていたな?」
エルネストが話し掛けてきた。
「ああ、世話になりっぱなしというわけにもいかないからな。もし手伝えることがあれば言ってくれ」
「そうか。それならまずはお前の実力が知りたい。お前は何の魔法が使えるか見せてみろ」
その言葉を聞き、またしてもティアはマズイという表情を浮かべている。
ティアの推測によるとカノアの体には魔素が蓄積されており、むやみに消費して底が尽きると死ぬらしい。仮にソフィアを用いても、体内の魔素と反発して体が吹き飛ぶ可能性があると。
どう言い訳をするか、カノアは思考を巡らせる。
「どうした? 俺たちの手伝いをするなら魔法くらい使えないと話にならんぞ?」
「すまないが俺はソフィアを無くしてしまったんだ。それにこのブレスレット、間違って付けてしまって今は魔素を上手く操れないんだ」
カノアはシャツの袖を捲ると、左手首の辺りに付けられたブレスレットを見せる。
「お前そのブレスレット。……どういうことだティア?」
どうやらカノアは何かマズイことを言ってしまったらしい。エルネストはティアを問い詰めるように言葉を投げかける。
「えっと、あれはね。私がソフィアと間違って渡しちゃって……。ほら! 私、おっちょこちょいだから!」
しどろもどろといった具合に、ティアは身振り手振りで誤魔化す。エルネストは怪訝そうな顔でティアを見ているが、やがてカノアの方を向き直し、今度はカノアに話し掛けてくる。
「間違って付けたなら外せばいいだろう? 貸してみろ、俺が外してやる」
エルネストはカノアの左腕を掴むとブレスレットを外そうとする。
カノアは森の中で何度か試して外れないことを確認していた。ティアが言うには魔封じの力があるらしく、魔素を体内に取り込んでいるカノアの場合、抑える力が強く働いていて外れないはず――だったのだが。
「なんだ、簡単に外れるじゃねぇか。ほら、ティア。次からは渡す前にちゃんと確認するんだな」
エルネストはカノアの左腕からブレスレットを取ると、それをティアに渡した。
「え? あ、うん。気を付ける……??」
森では何度試しても外れなかったのだが、簡単に外れてしまい狐につままれた気分でカノアはティアの方を見た。ティアも不思議そうな顔でカノアの方を見返す。
やはり体内に魔素があるというのはティアの勘違いで、本当は人体実験などされていないのではとカノアは考えた。しかし、それならそれで何故このような世界に居るのかという疑問が振り出しに戻ってしまうという別の疑問も生まれていた。
「俺の持っている土のソフィアを貸してやるから、まずはそれでお前の実力を見せてもらおうか」
カノアにとって未だ分からないことが多い世界だが、まずは目の前のピンチを脱することが先のようだった。
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